4 二人仕事
「目標に一歩近づけた」
ブロンズのライセンスカードを懐にしまい、酒を煽る。
カウンターに空のグラスを置くと、氷がからりと音を鳴らす。
それもすぐ後ろで大騒ぎする酔っ払い冒険者たちの大声で掻き消されてしまったけど。
「あら、お兄さんも祝勝会?」
「まぁね、もう一杯同じのを」
グラスに酒が注がれる音は癒やしだ。
「今日は冒険者の昇級試験があったとか。お陰で今日は売り上げがいい。大騒ぎする客とやけ酒してる客で騒々しいのが玉に瑕だけど」
「普段はもっと落ち着いた雰囲気なのか?」
「そうよ。大人のデートにぴったりなね」
「おおい! 俺のつまみだぞ! 勝手に喰ってんじゃねぇ! くそったれが!」
「本当よ?」
「信じるよ」
実際、店の雰囲気にあのうるさい冒険者たちは合ってない。
次くる時は是非ともこの店の本当の姿を見てみたいものだ。
「キャシーこっちにもおかわりー」
「いま行くわ。じゃあ、夜を楽しんで」
「あぁ」
キャシーが去り、注がれた酒を口に含む。
酒の力は偉大だ、嫌なことを洗い流してくれる。
見なくちゃいけないモノをぼかして、現実から逃がしてくれるのはありがたい。
これに溺れたくなる連中の気持ちもわかる。
俺はほどほどにしとかないと、本当の目的までぼやけてしまいそうだ。
「隣り、いい?」
綺麗なブロンドの髪が視界の端でふわりと揺れ、紅い瞳と目が合う。
「ここは十代がくる場所じゃない」
「この街の法じゃ、もう大人よ」
「そうだっけか。悪かった」
街によって法律が微妙に違ったりするからややこしい。
統一してくれないかな。
「それでご用件は? ナンパ?」
「ナンパよ」
「当たってたのか」
ちょっとびっくり。
「まぁ、ナンパって言ってもパーティーにってことだけど」
「あぁ、なるほど。ならスカウトって言うべきじゃないか?」
「どっちも大して変わらないでしょ? 相手を口説き落とさなきゃならないんだから」
「そうか。でも、悪いな。しばらくは誰とも組む気はないんだ」
長年、仲間だと思っていたパーティーメンバーに見放された。
いや、鞍替えされたというべきか。
結局、俺たちを繋いでいたのは人と人との繋がりではなく召喚魔法だった。
俺に仲間なんて最初からいなかったし、そのことに気づけなかった俺は間抜けだ。
また間抜けになるのは避けたい。
「なら、その気にさせるわ」
「どうやって?」
「説得する。何日でも」
「どうして俺に執着するんだ? 他に幾らでも冒険者はいるだろ」
「どうしてもプラチナランクの冒険者になりたいからよ」
そう語る彼女の目には口先だけではない本物の意思が宿っていた。
「えぇ、そう。あたしはあんたの獣化魔法を当てにしてる。その恩恵にあやかりたいわ。でも、あたしはそれだけの女じゃない。今は無理でもいつか追い付いて必ずあんたの役に立つ」
「あけすけだな」
「それくらい必死なの」
話をしていて感じるのは強い意志と焦燥感。
なにかのっぴきならない事情を抱えているに違いない。
聞けばその理由も教えてくれるのだろう。
でも、それを聞けば今度はこちらも過去を話さなければ筋が通らない。
裏切られたあの日のこと話すのは嫌だ。
だから俺も彼女の過去は詮索しない。
その上で考える。
彼女の提案を受け入れるか否か。
「……明日の十時、ブロンズランクで一番難易度の高い依頼を受ける。来るか?」
「行く、行くわ」
「なら、その依頼で実力を見させてもらう。ダメそうならそれまでだ」
「わかった。必ずあんたの期待に応えてみせる」
グラスの酒を飲み干し、カウンターに一杯分多く代金を置く。
「キャシー、この子にも同じの一杯。それ飲んだら明日に備えて帰るんだ、いいな」
「えぇ、ありがとう」
席を立ち、店の外へ。
夜風に当たりながら帰路につく。
「あの目にやられたな」
真っ直ぐで強い意志の篭もった紅い瞳。
口先だけの女じゃないとそう思わせる真実味があった。
しばらくはソロで活動するつもりだったけど、どうなるかな。
なんにせよ、明日にはわかることだ。
今日は早めに眠ろう。
§
ロゼは依頼書を見つめて眉間に皺を寄せていた。
「リョクノカプスの討伐……」
鳥に似た骨格と蜥蜴のような鱗の装甲を持つ中型の魔物。
雑食性で森林に好んで生息している。
「ミュルフ商会からの依頼だ。商品の運搬路にそいつが出たらしい。物流が停まって困ってるって話だ。すぐに討伐してくれとさ」
「あたしの実力を見るってことは、一人で斃すのよね」
「あくまでメインで動いてもらうってことだよ。自信ない?」
「……いいえ、やってやるわ」
ブロンズランク最高難易度とあってリョクノカプスはそこそこ強い。
シルバーランク冒険者がギリギリソロ討伐できるくらいだと言われている。
正直、ブロンズに上がったばかりのロゼには厳しい相手だとは思うが、そのくらいのほうが実力を測りやすい。
格上に挑んでこそ、真の実力が見えてくる。
「飯は食ってきた?」
「もちろん」
「じゃあ、ちょっと待ってて。俺はこれから」
テーブル端のメニューを手に取り、朝食を選ぶ。
「なんで時間指定したあんたがまだなのよ」
「残念。まだなら奢ろうと思ってたのに」
「急にお腹が空いてきたわ。あたしパンケーキ」
「随分と都合のいい腹してるな。すみません、サンドイッチセットとパンケーキお願いします」
「かしこまりました」
今のロゼは勇み足になっている。
パンケーキでそれがいくらか解消できるなら安い出費だ。
「ここのパンケーキ美味しい。また来よっと」
「腹もふくれたし、そろそろ行くか」
「えぇ、リョクノカプスなんてぶっ飛ばしてやるわ」
パンケーキのお陰か、ロゼにすこし余裕が出てきた。
これなら大丈夫そうだと安心しつつ、街の外へ。
城門を潜ると草原に伸びる街道が延々と続く景色に出迎えられた。
道沿いに歩けば森に行き当たり、そこにリョクノカプスが陣取っている。
「そろそろだな」
街道の両側に緑が増え始めた。
このまま進めば森の半ばに差し掛かる。
そろそろ出て来てもいい頃だ。
「き、緊張して来ちゃった」
「ぶっ飛ばすんじゃなかったのか?」
「ぶっ飛ばすわよ。ぶっ飛ばすけど」
「心の準備なら今のうちにしとけ。いつ姿を見せるかわからないぞ」
「わかってるってば。大丈夫、あたしはやれる、あたしは強い」
パンケーキで得たゆとりを使い切ったようで体が強張っているのがわかる。
今から喫茶店に戻ってパンケーキのおかわりをする選択肢はない。
プラチナランクを目指すと宣言したロゼの実力をしっかりと見せてもらおう。
「あたしは――」
響く咆哮、折り重なる羽ばたきの音。
一斉に森から逃げ出した鳥たちが落とした影が次々に過ぎていく。
見上げた空が鳥で覆い尽くされる中、流れに逆らうように一つの影が太陽を背に現れる。
それは数多の鳥たちを蹴散らし、無数の羽根が舞い散る最中に舞い降りた。
鳥類の骨格に蜥蜴の鱗。
それはリョクノカプスで間違いなく、そして――
「ま、ぞく……」
その背には人間の姿に酷似した魔族が騎乗していた。
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