事件の後始末
読んでいただければ嬉しいです。
本日最初の投稿です。
あと一話で完結します。
夏が終わりに近づいているとは思えない熱気を発している太陽が、厳しい日差しとうだるような暑さを送り込んでくる。そんな暑さにもコーイング家の庭師とユリアーネが試行錯誤したガゼボが勝利した。
この暑い最中、ユリアーネ、カリスタ、キエイマと三人が集まっていても、涼しい風が通り抜けるガゼボは心地良いのだ。
そのガゼボでコーイング家の硬い焼き菓子をいただきながら、ユリアーネとエリアスの顛末を聞いていたカリスタとキエイマの瞳は熱を増していく。
「えっ? ユリアーネはシュスター様の想い人が、自分ではない別の人だと? 本当にそう思っていたの?」
絶句するキエイマに、カリスタが訳知り顔で言う。
「恋した相手が鈍感なユリアーネなのに、はっきりと告げなかったシュスター様が悪い」
バッサリとエリアスを切り捨てたカリスタの横で、納得の表情でキエイマもうなずいている。
王弟の事件の後、ユリアーネ達は学園を休んで後始末に奔走していた。そしてそのまま、学園は夏の休暇に突入してしまった。全ての折り合いがついたのは、夏の休暇も終わりが見えた頃だ。
国中に自分の婚約破棄やら色々な噂が広まっているのに、友達である二人に何も話せていないのが、ずっとユリアーネの気がかりだった。王弟や自分の記憶については話せないが、二人が一番気になっているエリアスとのことが自分の口から伝えられホッとした。
ユリアーネが王弟に拉致されたあの日、『東の棟』から出てこないユリアーネを心配した護衛はすぐに国王陛下の下へ走った。国王の執務室にはちょうど親チームと子供チームが顔を揃えており、大至急でユリアーネの捜索と対応策が話し合われた。
同じ頃、エリアスとローランとフォルカーも一緒にいた。いや、エリアスがローランに「ユリアーネと婚約とは、一体どういうことだ!」と怒りを爆発させて詰め寄っていたのだ。そして、フォルカーはそれを面白そうに眺めていた。
ローランやフォルカーとは違い、エリアスは王弟のこともユリアーネが囮になったことも何も聞かされていなかった。それにローランには、「今までユリアーネを放って悲しませておいて今更何を? 自分の方が大切にできる」という思いがあった。
そんな言葉なく激しい怒りをぶつけ合う二人の下に、「第一王子殿下と婚約予定なのに、アリスティド様にまで色目を使って王城に招待されるなんて、コーイング様は殿下の婚約者に相応しくありません!」と密告してくる勇者がいた。
勇者からの情報を得た三人は、ユリアーネに危機が迫っていると確信して、弾かれるように王城に向かった。
大急ぎで王城に向かう馬車の中で、エリアスは二人から事情を聴き出した。そしてユリアーネのあまりにも無謀な行動に驚き、目を離した自分を呪った。
三人がユリアーネの無事を確認しにアリスティドのところに行くと、出て行ったきり戻ってこず、ついて行った侍女も行方が分からないと言ってアリスティドがめそめそ泣いている。
アリスティドの呆れ果てた様子に、フォルカーは「この愚図が!」と怒り狂っているし、ローランは叔父の動きの速さに頭を抱えていた。エリアスだけが探していない場所や人員を割いていない所がないかを、兵士達に確認して回った。それで浮上したのが、立ち入り禁止の『北の棟』だ。
まずは国王達と作戦を練り直そうと言う二人を振り切って、エリアスは北の棟に向かった。
エリアスが『北の棟』に着いたのは、ユリアーネが本棚の隠し扉から逃げ出すことに成功した直後だった。しかし、隠し通路や隠し扉の存在を知らないエリアスに、ユリアーネの無事が分かるはずもない。
ユリアーネの無事を祈って極限状態であったエリアスの目が捉えたのは、家具を投げ壊しながらナイフを振り回してユリアーネの名前を叫び暴れ回る王弟だった。
その姿を見て王弟がユリアーネに害を成したと判断したエリアスは、振り回すナイフなど全く気に留めずあっという間に王弟を制圧した。
しらばっくれ人畜無害を装う王弟に対し、エリアスは押さえつける力を緩めることなく「ユリアーネを、どうした?」と地底から魔物が寄ってきそうな声で問い続けた。その時のエリアスの顔は悪鬼のようだったと、ユリアーネに教えてくれたローランの青い顔は忘れられない。
明らかに普段のエリアスからは程遠い常軌を逸した様子に驚いたローランとフォルカーが、息ができず顔が紫色になり始めた王弟を見て、慌ててエリアスを引き剥がしたほどだ。エリアスの剣幕に怯えた様子の王弟は、息も絶え絶えに「ユリアーネが、消えた……」と壊れたおもちゃのように何度も言葉を繰り返した。
王弟の様子を冷ややかな目で見下ろすエリアスに、ローランとフォルカーはまるで凍った湖に放り込まれたような悪寒と恐怖を感じざるを得ない。
王弟はユリアーネの居場所を知らないと判断したエリアスは、怒りの矛先を王の執務室に集まる連中に向けた。大切なユリアーネをこんな危険な目に晒した者共を許す気は、毛頭なかった。
吸ったら死んでしまうと思えるほどの禍々しい空気を放ったエリアスが、今度は王の執務室へ向かって飛び出して行く後姿を見送ったローランは、ユリアーネを諦めるしかないと悟った。
自分がユリアーネに好意を持っているのは間違いないが、エリアスを敵に回す気には到底なれない。下手したらハイマイト国が滅ぼされかねないからだ。
そして、王の執務室でユリアーネを抱きしめるエリアスを見たローランとフォルカーは、無駄な血が流れないで済んだことに安堵したのだ。
国王は王弟の罪を公にすることを望んだ。
国王が王位を譲らなかったのは、今度こそ黒幕と真相を公に晒すと心に決めていたからだ。
王弟による醜聞の責任を取って自分が罷免され、その真実を暴いた王太子が新しい国王として即位することで事態の収拾を図ろうと考えて長年準備してきたのだ。
しかし、国王が罷免されることはなかった。もちろん国王は罷免を望んだが、王太子を始めとした全員が止めたのだ。
頑なに自分の意見を曲げない国王に、王太子まで『王妃を信じられなかった罪滅ぼしが罷免であるなら、自分は国王になる資格がない』と言い出す始末。シルヴェストルと宰相が必死になって説得にあたり、日に日に二人の目の下の隈が濃くなった。遂にはユリアーネにまで仲裁の依頼が舞い込んできたほどだ。
みんなの努力の結果、国王は退位して、秋に王太子が戴冠し、冬にはローランが立太子することで話はまとまった。それをまとめきった、疲れ果てた宰相が、もう辞めたいと言っているとか……。
国としては急なお祝いごとが続いて街のみんなは大賑わいで、王城で勤める者は寝る間も惜しんで準備に明け暮れている。
国王の罷免が許されなかったように、王弟の事件は公にはされなかった。
国王は公にすべきだと強く望んだが、ハイマイト国の今後を考えると失う物が多すぎる。王族内の権力闘争で国力を下げ、敵国に付け入る隙を与える訳にはいかない。
王弟は城を離れて病気療養中ということになっているが、実際は北の強制労働所で囚われの身だ。極寒の一冬さえ越せる者のいない劣悪な環境に身を置いて、何を思うのか……。
この結末に国王は当然納得していなかったが、ヴィルヘルミーナの兄であるクリステンス国の元国王が言った一言で事態を受け入れた。
「自分が罰せられることで、妹にした仕打ちから逃げることは許さない。妹が、王妃が、命を賭けて守った国の未来のために、お前も命を賭すのだ」
そう言った元国王は、静かに悔し涙を流した。
妹を苦しめた王弟はもちろん、妹を信じ切れなかった義弟も憎いだろう。しかし、妹が守ったハイマイト国を潰す訳にはいかず、苦渋の決断だった。
そしてこの交渉でも素晴らしい役割を果たしたのが、ヴィルヘルミーナの記憶を持つユリアーネだ。
もちろん最初はヴィルヘルミーナの家族達も、ユリアーネが彼女の記憶を持っていることに懐疑的だった。しかし家族しか知らない出来事を知っている点、ふと見せる仕草がヴィルヘルミーナを彷彿させることから、この信じられない事実を受け入れてくれた。
妹と同じ聡明なユリアーネをいたく気に入った元国王が、「是非とも第二王子の婚約者に」と望む一幕もあったほどだ。
もちろん疾風のごとく現れたエリアスが「大変申し訳ないのですが、私の大事な婚約者ですので」と言って、その後はユリアーネの隣から離れず目を光らせていた。
アリスティドは父親がしていたことには関わっていなかった。元来のんびりしている彼は、父親が自分を王太子に押し上げようとしていたと知ると、顔を真っ青にして「無理だよ……」と呟いた。
父親の所業を知るなり「王籍を抜けて修道院に入る」と言い張ったが、みんなで宥めて今は少しずつ落ち着きを取り戻している。
国王と王太子、シルヴェストルとアヒム親子も、ぎこちないが関係改善を始めたようだ。完全にお互いの信頼を回復させるのは、まだ時間はかかるだろう。だが、彼等には時間がある。ゆっくりでも、一歩ずつ進んで行ける。
国王と王太子は二人揃って、ヴィルヘルミーナの墓前に報告に行った。シルヴェストルとアヒムも、二人でアデライトの墓前を訪れた。ずっとすれ違っていた道が、やっと重なり合い前に進み始めた。
ローランは相変わらず口は悪いが、執務や生徒会の仕事を丸投げせず自分でするようになった。
トリスタンは娘が嫁ぐことを見越して、少しでも多くユリアーネと過ごすつもりだ。その時間を作るために、フォルカーに仕事を教え込んでいる。
「ユリアーネは、シュスター様が卒業されたら、学園を辞めてしまう?」
残念そうな表情でキエイマに言われたが、話が見えないユリアーネは「えっ? どうして?」と首を傾げる。
察したカリスタが横から入って情報を補強してくれた。
「学園で学ぶ内容は、ユリアーネは既に習得済みでしょ。シュスター家には女手がないから、シュスター様の卒業後すぐに結婚するのかなぁと思って……」
そう言って涙ぐむカリスタに、そんな予定は全くないユリアーネは驚いて固まってしまう。
シュスター公爵と夫人は正式に離婚をした。結婚自体が重荷でシュスター家にも馴染めなかった夫人は、離婚後は心穏やかに話ができるようになってきたらしい。エリアスにも謝りたいと言っているそうなので、実現する日は近いかもしれない。
アデライトが亡くなってから女手がない状態のシュスター家は、すぐにユリアーネが嫁入りしないといけない状態ではないのだ。だが、シュスター家ではシルヴェストルやアヒムを始め使用人までも、ユリアーネが来てくれるのを心待ちにしている。
結婚の時期がいつになるのかは、トリスタンとエリアスが火花を散らしている真最中だ。
「確かにシュスター家に女手はないから、花嫁修業は始まっているわ。だけど、学園を辞める気はないから安心して」
「良かった、ホッとした。ユリアーネくらい優秀だと、学園に通う意味がないでしょう? だからてっきり退学してしまうかと思ったの」
「通う意味はあるわ。カリスタとキエイマと学園生活を楽しみたいもの!」
カリスタとキエイマはユリアーネの言葉が嬉しくて、泣き笑いだ。ユリアーネも二人につられて、泣きながら笑った。
そして、もう一人の友達のことを思った……。
読んでいただきありがとうございました。
あと一話で完結しますので、読んでいただければ嬉しいです。




