明日へ
最終話です。
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「ユリアーネ! 久しぶりだね、会いに来てくれて嬉しいよ。エリアスも久しぶり。二人共婚約おめでとう。あっ、ローランもいるの? 毎日来なくても大丈夫だって言っているのに……」
少し瘦せたように見えるアリスティドは、いつも通り子猫のような笑顔で三人を迎えてくれた。
「お久し振りです、アリスティド殿下。もしよろしければ、私を王族専用の中庭に案内していただけませんか?」
「ふふふ、僕が部屋から出ないから、外に連れ出せって言われた? でも、いいよ。ユリアーネのお願いなら、聞くよ」
アリスティドのエスコートで、ユリアーネは再び王族専用の中庭を訪れた。
円の中心に立ち、三百六十度ぐるりと見渡して、「本当に美しいですよね」とユリアーネはため息を漏らす。
アリスティドはユリアーネの前に立った。
「ユリアーネは、僕に何を聞きたいの?」
そう言ったアリスティドは、全てを諦めた悲しい微笑みをユリアーネに向けてくる。その表情を受け止めたユリアーネは、無意識の内に眉が下がって情けない顔になってしまう。
最後のピースを見つけた時、このまま見ない振りをしようかと思った。パズルが完成しなくても誰も気が付かない。ユリアーネが目をつぶれば、穏やかな日々が続いていくのではないかと期待した。
だがズルが嫌いなユリアーネが、自分を騙し続けられるはずがなかった。すぐにエリアスに気が付かれ、洗いざらい喋らされた。
そして、最も危険な物の存在に気が付いた時に、隠しておけば最悪の結果しか待っていないと悟った。
「王弟殿下が私を殺そうとした事件をお膳立てしたのは、アリスティド殿下ですね?」
「僕は、こう見えても王族だよ? 不敬罪は覚悟の上での発言?」
「もちろんです。ローラン殿下は立会人です。口を挟んだりしません」
「第一王子に口を挟ませない時点で不敬なんだけど……。相手がユリアーネだからねぇ」
アリスティドの口調はいつも通り緩いが、姿勢は空に向かって真っすぐ立っていた。いつもみたいにフラフラ揺れたりしない。
「王弟殿下が計画したのであれば、あまりにも手際が良すぎます。王弟殿下の周りには多くの密偵が様子を窺っていたのに、誰も気づけなかった。有り得ないことです。」
「そう? 王弟はユリアーネが思っている以上に、優秀だったのかもしれないよ?」
「私のお会いした王弟殿下は、まともな状態ではなかったと思います」
「それはユリアーネの印象でしょ? それは証拠にはならないな」
「王弟殿下には、お茶会をする予定がありませんでした」
ユリアーネの硬い声を聞いたアリスティドは、放射状に延びる細いタイルの上を落ちることなく器用に歩いていく。そのまま真っ直ぐ進み、王族が自由に草木を植えるエリアに立った。
「陛下が、またハナミズキを植えたね。前回の木は、『自分には王妃の木を植える資格がない』と言って抜いたのに……」
他の木と比べてまだ細く小さいハナミズキにアリスティドが優しく触れた。ゆっくりとユリアーネへ振り返ったアリスティドは、迷子の子供のような不安な顔をしていた。
「僕も、このハナミズキみたいに、人間の気分によって育ててみたり、抜いたりできる存在なんだよ」
そう言ったアリスティドは、ローリエの木を一瞥した。
「ふふふ、先にユリアーネの話を聞こうか。お茶会の予定なかった? 王弟が僕に間違えて教えたのかな?」
「間違いであっても、この時期に行われる王城でのお茶会で出される紅茶に、新茶が一切含まれない訳がありません。むしろ、新茶がメインとなるはずです。ですから茶葉の選定に新茶がないのは、お茶会が偽りで私を王城に呼びつける口実だったと分かります」
「僕や王弟の足を引っ張ろうとする者の策略かもよ? 策を張り巡らせていたのは王弟だけではなく、実際に第一王子派がいて争っていたのは事実なわけだしね」
「誰かがアリスティド殿下に嫌がらせをしているのだと、私も最初はそう思いました。ですが、跡継ぎが産まれた後にも関わらず、陛下は王弟殿下を臣下に下らせず自分の右腕として重用しました。王弟殿下はいわば、この国のナンバー2なのです。その方のお茶会で新茶を準備しないような大失態を犯したら、国としての資質が問われます。いくら足の引っ張り合いをしているにしても、国が弱体化しては意味がありません」
ユリアーネは慎重にタイルの上を歩き、アリスティドに迫る。
「王弟にユリアーネを王城に連れて来るように言われて、仕方なく嘘をついたとは思わない?」
「仕方なく嘘をつく人は、少しは動揺するのではないでしょうか? あんなに堂々と演じられないと思います」
「ふふふ。でも、それだけで疑われちゃうの? 酷いな……。嘘をついたのは悪かったけど、僕はユリアーネと少しでも一緒にいる時間を作りたかっただけだよ?」
アリスティドの目の前で、タイルにつまずいて転びかけるユリアーネをエリアスが支える。エリアスに笑いかけるユリアーネを見たアリスティドは、助けようと伸ばしかけた手を引っ込めながら、悔しそうにエリアスを睨んだ。もちろんエリアスも、その目を睨み返す。
「理由はお茶だけではないのですよ? アリスティド殿下」
エリアスの言葉にアリスティドは、「お前と話はしたくない」と言いたそうに息を吐いた。
「ユリアーネが行方不明になり居場所探しに躍起になった私は、衛兵や近衛兵といった捜索に関わった者の話を聞いて回って捜索していない場所がないかを確認しました」
大事なユリアーネを自分の背中に隠したエリアスは、面倒そうに仏頂面を見せるアリスティドに言葉を続ける。
「それで『北の棟』に辿り着いた訳ですが、改めて全員の話を総合してみると不思議なのです。全員があえて『北の棟』を回避するように動かされていました。指示を出していたアリスティド殿下におうかがいしたい。どうして『北の棟』を捜索させなかったのですか?」
アリスティドの赤茶色の瞳から子猫のような可愛さが消え去った。その代わりに、凶暴な獣そのものの視線をエリアスに向ける。声まで今までの少し甲高い少年のような声から、呻くような低い声になり、まるで別人だ。
「だからエリアスは嫌いなんだ。あの時だって、フォルカーみたいに俺の愚図さに怒り狂って時間を無駄にしたりしない。ローランみたいにユリアーネより国を優先して、最悪の場合を想定した国の対応で頭が一杯になったりしない。エリアスはいつもユリアーネが最優先で、ユリアーネに辿り着く最短の道を探すんだ。本当に嫌な奴だよ」
「俺にユリアーネより大事なものはありませんから」
躊躇いなく言い切ったエリアスに、アリスティドは盛大に舌打ちした。
「わざわざ会いに来たくらいだから、ユリアーネは俺の母親のことも調べているんだよね?」
「……王弟殿下の元婚約者であるエルシー様が生んだ、モリー様です」
「正解。あの糞野郎はさ、ライサと離婚するなり、汚い手を使って母を無理矢理自分の妻にした。そして生まれたのが俺だよ。俺は糞野郎の自己満足と私利私欲のためだけに生まれてきたんだ」
アリスティドの言う通りだった。プライドを傷つけられた王弟は、エルシー一家の動向をずっと見張っていたのだ。エルシー夫婦へ復讐するために、家族の幸せを奪うために、モリーを妻にした……。
「十五年生きてきて、俺が糞野郎に褒められたことは一つだけだ。『よくモリーを殺してくれた。赤目黒髪ではない失敗作を生んだ女など不要だ』ってな」
激しい怒りのせいなのか、アリスティドの瞳は赤味が増していく。
アリスティドが母を殺したわけではない。モリーはアリスティドを生むと、そのまま息を引き取った。
両親から引き離され望まぬ結婚を強いられたモリーは、『あの男の子など生みたくない』と言って出産を拒んだ。妊娠が分かってから、食べ物を摂らず身体が衰弱していったのだ。出産に耐えられる身体ではなかった。
「まぁ、あの糞野郎と一緒にいるくらいなら、母はそのまま死ねて幸せだったと思うよ。俺は生まれてからずっと、いかに祖母と糞野郎が愛し合っていたかという妄想と陛下の幸せを奪った手柄を聞かされてきた。『だから次の国王に相応しいのは、この素晴らしい俺の息子であるアリスティドお前だ!』てね」
そう吐き捨てたアリスティドの全身から、強い怒りと憎しみが湧き出てくる。もう子猫とは呼べない。獰猛な捕食者だ。
「恐ろしいことに何も知らなかった頃の俺は、糞野郎の言葉を信じ、国王に相応しいのは自分だと信じてた。でも、祖父に会って、糞野郎がした全てを知った……。祖母が『娘が悪魔の手に墜ちたのは全て自分のせいだ』と嘆き苦しんで死んだことを知った。糞野郎が自分の行動を正当化する駒として、俺はこの世に存在していることを知った。糞野郎以外には、誰にも望まれない子供だと知った!」
アリスティドは王弟の木であるローリエを蹴りつけると、「全部この糞野郎のせいだ!」と叫んだ。
「お前達が糞野郎を追い詰めようとしているのには気が付いていた。だから、ローランとユリアーネが婚約するという罠に乗ったんだ。『ユリアーネを殺さないと国王の座は手に入らない』と言って糞野郎を唆し、全て準備してお膳立てしてやった。
頃合いを見て『北の棟』に行って、ユリアーネが殺された現場の目撃者になる予定だったんだ。それなのにエリアスが場所を嗅ぎつけて先に行ってしまうし、ユリアーネは逃げ出してるしで、予定とは大きく変わってしまった。まぁ、糞野郎は捕まってくれたから良しとしたけど」
「ユリアーネを殺させるつもりだったのか!」
エリアスの怒りを真正面から受け止めたアリスティドは、「ユリアーネは邪魔だからね」と不敵に微笑んだ。
「もういいだろう? さっさとどこにでも連れて行ってくれ。あぁ、でも、その前に部屋で一杯だけ紅茶を飲みたい。それくらい許されるだろう?」
弟のように接してきたアリスティドにそう請われ、ローランは静かにうなずいた。
「トリカブト入りの茶葉は捨てましたよ?」
ユリアーネの言葉にアリスティドはぶるりと震え、自分が踏み荒らしたローリエの根元に視線を落とした。
「前回中庭を案内していただいた時に、芽生えたばかりのトリカブトがローリエの根元に生えているのを見つけました」
「あーあ、庭師には気づかれなかったのにな。やっぱり鉢植えにすればよかった。糞野郎の木の下で毒を育てたいなんて、感傷的な真似しなければよかったよ」
アリスティドはローリエの木の下でトリカブトを育てていた。トリカブトは主に山野に自生する植物だし、アリスティドが育てていたものは珍しい品種で非常にトリカブトだと分かり難い。
ユリアーネが見つけられたのは、薬草について教えてくれた医者が変わり者で毒草の研究をしていたおかげだ。
アリスティドがトリカブトの毒を持っていることに気が付いたから、アリスティドの罪に目を瞑ることができなくなった。絶対に自分で飲むつもりだと、分かっていたのだ。
「やっぱりユリアーネは邪魔だった」
苦しんでいるような、諦めたような、でも、さっぱりした顔をしたアリスティドから、ユリアーネへの最後の言葉だった。
アリスティドは自ら護衛の下に歩いていく。
アリスティドに付き添うローランは、「あいつも被害者だ。悪いようにはしない」とユリアーネに約束してくれた。
二人の背中を見送ったユリアーネから「これで、良かったんでしょうか?」という言葉が、涙と共にこぼれた。
「これで、良かったんだ。もう殿下を苦しめる王弟はいないのだから、死ぬ方が楽なんてことは絶対にない。王弟の呪縛から解かれた殿下は、新しい道を進むべきだし、自分の力で歩けるはずだ」
アリスティドに絶望を植え続けた王弟はもういない。エリアスの言葉通りに、アリスティドが光を求めてくれることをユリアーネは祈った。
かつて週末と言えばエリアスがコーイング家に通ってきていたが、最近はエリアスの婚約者となったユリアーネがシュスター家に通って公爵夫人になるべく勉強中だ。
今日も馬車から降りると、シュスター家の大きな屋敷を見上げた。以前に来た時は薄い霧で覆われ強い拒絶を感じてしまう屋敷だったが、親子の仲が少しずつ改善してからは霧が晴れて穏やかな色が屋敷に戻ってきた。
雲一つない青い空を見上げながらゆっくりと伸びをすると、ユリアーネはのんびりと玄関前のアプローチを歩き出す。
少し手前で馬車を降りて、シュスター家の庭を堪能するのがユリアーネの日課になっていた。来る度に花が増えていく庭は、かつての幸せにあふれた場所を取り戻しつつある。
アデライトがシルヴェストルのために作ったと知っているせいか、つい二人の愛の象徴である玄関脇の花壇に目がいってしまう。前に来た時は何も植えられていなかった花壇に、今日は紫とオレンジの大輪のダリアが花を咲かせていた。
「綺麗……」
思わずそう呟くと、嬉しそうに庭師が現れて「紫はエリアス様、オレンジはユリアーネ様をイメージしています」と嬉しそうに教えてくれる。
シュスター親子が和解に進み始めてから、シュスター家の庭にまた花が植えられるようになった。
花はアデライトの象徴だった。だから、親子がアデライトを思い出し悲しむだろうと、庭師は花を植えることを遠慮していたのだ。しかし、そのシュスター親子がアデライトを思い出すために、一緒になって花を植えた。
二人を和解に導いたのがユリアーネだと、使用人達は皆知っている。シュスター家に笑い声を取り戻してくれたユリアーネを庭師は神のように崇めているのだ。
庭師はユリアーネに「とっても綺麗ね、ありがとう」と微笑まれ、子供のように喜んだ。
分を弁えない庭師の行動に本来であれば注意を与えないといけない家令も、再びシュスター家に訪れた穏やかな時間の心地良さに負けて、「次はないぞ」と思いながらも口にできない。
家令もつい一緒になってダリアを愛でていると、おずおずとメイドも自然に輪に入ってきた。
寄り添う紫とオレンジのダリアで盛り上がっていると、愛しい婚約者がなかなか到着しないことに痺れを切らしたエリアスがユリアーネを迎えに外に出てきた。
「あっ、エリアス様、紫がエリアス様で、オレンジが私だそうです。一番大好きなダリアにしてもらえて、嬉しいです」
幸せそうにニッコリと微笑むユリアーネをエリアスは優しく抱き寄せると、ダリアと同じように寄り添った。
読んでいただき、ありがとうございました。
完結しました。お付き合いいただき、ありがとうございました。




