町内攻防戦⑤
急に空気の感じが変わった?魔剣『靄』から生み出された【雲霞】の中で不思議と動きを止めて急激に気温が下がったような違和感を感じながらも魔剣に魔力を流して再度【雲霞】と『靄』を同化させて攻撃を仕掛けようと試み、魔剣を通じてジェバルがいる場所を【雲霞】を通して輪郭だけを感じ取り狙いを定めて魔剣を振る。
魔力感知を機能させないこの靄は魔法職の人間だろうと魔物だろうと感覚を容易に狂わせる、ましてや戦闘を平行している中得体のしれない靄の中にいれば大抵の人間は対処するなんて考えには至らずに攻撃を受けて息絶えているのが大半だ。
戦闘の常套手段として自分が手始めに優位な立ち位置を確立するために自身に利益のある魔法を使うのだが、フリデップが手にしている『靄』はその基礎を固める手段として相手の攻撃を避けたり、受け流しすると確実に【雲霞】が生み出す事ができる。
所持者の視界さえも奪うほどの【雲霞】は『靄』だけに多大なる恩恵を与える、一見切先が全く届かないような所であろうと振られた刃の出口は必ず【雲霞】全体となる。身を隠しながら安全に攻撃できる事を聞いた者がいたら狡賢いやら、意気地なしだと何も知らない故人が勝手に後ろ指を指すのだろう。
だが死地とも言える渓谷で生き続けた孤独の探索者がこの魔剣にどれだけ助けられたか、そんな探索者が手にしていた魔剣が何時しかある男の為の贈り物として再びこの世を靄で埋め尽くす刃として振るわれるのだろうか。遠方からの攻撃を隠すために存在する魔剣は着実に力を取り戻し始めたが、そんな完璧な物であろうと突如として現れた靄を打ち払う風には抵抗など出来なかった。
「【雲霞】が…!」
「厄介な目隠しは全部押し込んでやる」
【雲靄】でちゃんとした姿は見えなかったがスラっと長い剣身が靄の中でも目に輝きを届かせると一気に靄を吹き飛ぶ風がジェバルを中心に荒れ狂いながらもどこか正されているそんな不思議な感覚だった。目が霞んで別の何かに見えてしまったのだろか、目の前でこちらに歩み寄る存在は全く感じ取れずジェバルの特徴の一つとして挙げられる膨大な魔力はどこに行ったんだ?いつも頼みの綱としている魔力感知はこの時だけ何も捉えずにいた。
『靄』も目の前の風そのものに最大の危険信号を鳴らし続けており脅威からの脱却に、身の安全を優先するかのように蓄えていた魔力を容赦なく搔っ攫っていき最大の反撃に備えていた。【雲霞】などはここに存在しないこの状況下自分が出来るのはたった一つ…
「【風牙】」
「【朧霞】」
この圧倒的な靄を払い飛ばすであろうこの暴風に死ぬ気でしがみついて生き延びる事だ。耳元で鳴る風の音に体は後ろに下がるが、心すらも包み隠す靄に絶対的な信頼を置いて振るい続ける。
◆
以前【鑑定】で一番目を引くような言葉として形を得た風の剣…何て書かれていたのを見て正直な所勝手に期待していたが【宝物庫】から取り出した途端魔力を吸い上げると灰色だった剣身が気持ち的に白くなったのだろうか、目に見える変化に自分も少なからず驚いていたが勝手に取り込んだ魔力を覇動刃が思うように働きかける。
こちらの考えを読み取ったのか『勝手にさせて貰うぞ』とでも言われたような感覚を後に何も纏わずにいた魔剣に風が吸い寄せられていった、背後に気配を感じ取って覇動刃を振るうと風が厄介な靄を吹き飛ばすと物陰に隠れていたフリデップが目を見開いて驚いていたがそのまま風に流されるがまま剣を動かす。
「厄介な目隠しは全部押し込んでやる」
再び守りの体勢に移ろうとするフリデップの動きを覇動刃から出る風で強制的に留めさせると身を隠すためか再び靄を生み出して器用に攻撃から身を遠ざけていた。
すぐにでも靄からの脱出を考えるが前方に二つの刃が現れこちらに迫っていた。覇動刃から風を出そうとするがあの勢いを感じれなく身に迫る危険をひしひしと感じていたが姿を得た時に見せたあの留まることのない風が今になって弱まっている理由が解った。
「【刻風】」
それまで息を吸うことを忘れていたのか、勢い良く魔力を吸い込んだ覇動刃は迫っていた刃を自ら生み出した風によって弾き飛ばした。そのまま生み出た風は勢い良く覆い尽くしていた靄すらもいとも簡単に払い飛ばして靄の中に隠れ攻撃を仕掛けていたフリデップが姿を現していた。靄が晴れた時は再び防御の姿勢に入っていたが、そのまま魔剣で斬りかかろうとしていた。
思ったよりも魔力を奪われることに少し驚いていたがそれをカバーするように『忠義』の賢者の石が何も言わずに使って消えた魔力の穴をすかさず埋めてくれたので魔力管理を考えずに近づいてきたフリデップと顔を合わせるように互いに剣を叩きつける。
「……やっぱり、その風を操るその魔剣は自分のとかなり相性が悪いみたいだ」
「後手に回ると直に詰むぞ、フリデップ」
「そりゃどうも!」
自分もフリデップもそれぞれの魔剣を持つ力を強めるが、先程残っていた風が割り込むように攻撃に入ったことで再び戦闘が始まる。フリデップがすぐに魔力を集め靄を生み出して防御に徹すると思うとぼんやりと手の形をした靄がフリデップの魔剣から生み出されると物凄い速さでこちらに飛んでくるので背後にあった家の壁を足場にして風を利用して滑るように移動して靄を避けるとゴリゴリと鈍い音が背後から聞こえた。
振り返ると抉り取られたような穴が壁にいくつも見られ、さっきすぐに攻撃を避けるか何かしなかったら体に大量の穴が空いていたかもしれないと考えるとゾッとする話だ。それまで避けたり防御として活用していた靄とは別にさっきのように攻撃として利用する可能性が出てきたから無闇矢鱈に突っ込むと危険ってことだな…
「【鎌鼬】」
地面を踏み込んで勢いをつけながらも【刻風】による魔力の風を利用して下から上へと薙ぎ払うようにして覇動刃に溜め込まれた風を吐き出させる。弾き飛ばされた【鎌鼬】が目標である靄に触れるとそれまで一つの風となっていたが小さな刃として分裂して、風の刃に何度も触れる靄を斬り付けてフリデップの姿を曝け出させようと【鎌鼬】は縦横無尽に駆け回る。
「【濁靄流】」
靄に身を隠していたフリデップが苦虫を嚙み潰したような顔で振るった魔剣から放たれた靄の波が着地しようとした足元を的確に狙いを定めて飛び掛かるが空中での回避は困難だと判断したのか『忠義』が足元の安全の為にか【土壁】が隔たりを造り出して事なきを得たが…いつも反応するまで喋り続ける『忠義』がここまで静かなのは変だな、何か変な事が無ければいいが
それよりも一時的な盾として現れた【土壁】に波が触れた時にゴリゴリと想像以上に不安になるような音が響く。覇動刃に足りない分の魔力を入れ込んで【刻風】へと変換を一連を通してやっていた時に聞こえた音は既に【土壁】の限界を告げていた、魔力が一瞬の内に消えていきボロボロと形を保てずに朽ちていった。
さっきフリデップが出した量とは比較にならない波は勢いを知らず辺り一帯を覆い尽くす程の物へと変わっていたが、こっちは竜の風だ。これくらい吹き飛ばせないとな!心の中で呟いた言葉に呼応するように【刻風】が自分が望むように形無き風が流れ込む。波唸っていた靄は白蛇へと姿を持ち呑み込もうと大きな口を広げていた。
『魔法は時として動物に、魔物に近しい姿を模す事がある』こんな言葉を残したのは誰だっけ、秘境で物静かに余生を過ごした【書聖】と称される人間だったような…この人は人間から生み出される魔法には感情が込められていて別に意識せずとも昇華の過程にある魔法が見せる一種の成長を見せるとかどうとか、一理ある事だったからいつの間にか覚えていた事だったが目の前にすると圧巻な物だが、こっちに敵意を向けている所は減点対象だけどな
「【塵芥】」
再び覇動刃ヴァルヒュリグを構え、力強く放たれた風は崩壊した家屋の瓦礫を掬い上げるように運び一瞬にして砂嵐へと形を変えて近づいた真っ白の大蛇を容易く呑み込みギリギリだったが迫っていた脅威は打ち払えた。着地すると壁に押し付けようと勢いをつけた攻撃を体を捻りながら受け止めるが抑止力と慣性が消えた体のせいで上手く踏ん張ることが出来ずに体が浮いたような感覚に陥ったので素早くフリデップの攻撃を弾き返し、追い風を吹かせて前方に滑りながらも方向展開をして再び覇動刃を構える。
風を器用に、自由に扱えるという利益しかないように聞こえた話も裏があった。覇動刃が生み出す自由をそのまま表した【刻風】という魔法は端的に所持者に『行き過ぎた恩恵』も授けてしまう、理屈としては身体全身に一時的な加護として与えられた効能として位置づけられる副産物だが自分にとっては扱いに困る物だった。
少しでも気を緩めると空を踏んであらぬ方向へ滑り、風の向きを決めて魔力を流し込んで魔法に組み替えるいつもだったら単純で鼻で笑うくらいの事だというのにあまりにもマルチタスクを強いられるとは思いも知れず振り回されている感じが拭いきれなかった。覇動刃の魔力回路は今になって順調に動き始めた途端これだから…変光星のように全力で扱うには一人ではかなりキツイのが現状だった。
建物に覇動刃を差し込み無理矢理体を振り切ってフリデップの方へと向いてこちらに近づきながら準備を整えるフリデップを見て、制御云々にどこまで自分が扱えるか後先考えるのも吹っ切れて【刻風】を再び使用し体が不自然に浮きながらも背後から力強く押し込む風に身を任せて覇動刃を滑らす。
「【風蜘蛛】」
八つの風の刃が目の前で膨れ上がる靄を断ち切り露呈したフリデップに横に薙ぎ払っていた覇動刃を受け止めるため靄を生み出す魔剣をこちらに振り翳すが、風に触れる事はなく空を滑り目の前の障壁を斬り開いた。
「お見事…やっぱ強いや、ジェバルは」
「視界を潰す靄も相当だよ」
力無く倒れるフリデップを背後に制御の効かない風にこの後頭を抱えながら壁に衝突する。
張り詰めた空気感の中で互いに攻撃を与えて通り過ぎるんだけど【刻風】の副作用で片方がその場で留まって倒れるのに一人だけ止まることが出来ずに前に進み続けるというシュールすぎる図が誕生してしまった。




