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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第ニ章 双子の忌み子
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第ニ章6話 智慧者の裁定

――――…


「やばい、やばいやばいやばいやばいニャ!なんであんなのが……!」


 桃色の猫人(ねこびと)族の少女、チェシャ猫は流れる汗と肩から滴る血を無視してひたすらに逃げていた。頭の中を支配するのは痛みではなく、自分の役割を果たせないことの悔しさでもなく、身を凍らせるほどの原始的な恐怖だ。

 ――――数十分前、紫頭に辱められて突き飛ばしたあと、ハンプティダンプティと入れ替わっていたチェシャ猫は()()()()()()を追い払うようにと言われて向かっていた。仲間達と比べても腕には覚えがあり、何年も門番として立ちはだかってきた自負と責任があったし、何よりもこの森の全てを知り尽くしているチェシャ猫はサッサと侵入者を追い返してまたあの二人と遊びたいと思いながらその侵入者を木の上から視認する。

 背格好はチェシャ猫よりも小さく、森の中から見える学生達よりは幾分か幼い二人の少年と少女だ。どうせいつも通り、お遊び気分で入り込んだのだろうと嘆息したチェシャ猫は周囲の魔力に意識を飛ばして喋る木々達の協力を仰いだ。

 薄ら笑いを浮かべる木々達と魔力に釣られて集まり出すのは狂った獣達だ。森の仲間達が少年と少女を取り囲み始めると少女が怖がりはじめて、隣の少年が辺りを警戒しはじめる。

 ここでダメ押しだ、とばかりに二人の近くに向かって餌となる魔力を集中させる。その仕草はまるで指揮棒を振るオーケストラのようで、操られるように獣と木々達が二人へと一斉に走り出した。


「きゃああああああああああっ!?」


「うわぁあああああああああっ!!」


 これであの二人は森から出ていくだろう、とチェシャ猫はつまらなそうに溜息を吐き出した。あのまま森の仲間達に追われて真っ直ぐに戻ればすぐに学院だ。二度と会うこともないだろうと興味を無くしてチェシャ猫は来た道に振り返る。あの紫頭と赤頭は今頃ハンプティダンプティと何をして遊んでいるのだろうか。特に紫頭に関しては一度ギャフンと言わせなければ逆立った尻尾が落ち着かない、というかあんな方法で負かされた事は初めての経験だったので気になってしょうがないのだ。


「ニャ~……遊び潰してないといいけどニャ。あの紫はミーの物ニャ」


 木の枝を蹴って、木から木へと飛び移りながらチェシャ猫はデフォルトの不敵な笑顔ではなく可愛らしい乙女のような笑みを浮かべて帰路に着く。

 次はどんな遊びをしようかな、どんな遊びなら付き合ってくれるかな、今度はどんなヘンテコなやり方で破ってくるのかな。頭の中はあの面白い紫頭との遊びでいっぱいだ。


「あはっ。変なのがいるよぉ、お兄ちゃん」


「っ!?」


 今、この瞬間までは。

 突如、移動しているというのに真横から悪魔のような笑みを浮かべた少女の顔が出てきた。ぐりんと目を動かしたチャシャ猫は振るわれる一撃に辛うじて反応して、肩口を引き裂いていったその一撃によって地面へと吹き飛ばされる。

 追い付かない思考によって受け身すら取れず、背中から落ちたチェシャ猫は地面を跳ねながら数メートル先に転がって苦悶の息を吐き出す。なんで、どうして、追い払った筈なのに何故。

 ざりっ、と地面を踏みしめる音と共に先程見た少年がチャシャ猫の頭側に立っていた。血に塗れたその少年の見下ろしてくるその目は他人の感情を見続けてきたチャシャ猫ですら感じ取れない、無感情の目。それは生物を見る目でも、道端の石を見る目でもなく、()()()()()()()()()()()()と全てを否定するような目だった。

 どうして、生物に対してそんな目が向けられるんだ。生命に対して向けて良い目ではない。本能的な恐怖に襲われたチェシャ猫は痛みなど全て忘れて、恐怖に支配された脳は喉から短い悲鳴を上げさせ涙すらうっすらと浮かべてしまう。


「あぁ、コレのことですか……確かに普通の亜人とも、僕とも違う変な生き物ですね」


「お兄ちゃん、その王子様みたいな口調沁みついちゃったの?気持ち悪いよぉ~?」


「プロです……だからな。日本語の勉強ついでに、無意識に出来るようになるくらい練習したんだよ。このくらい出来なきゃあの人に会わせる顔がないだろ」


「でたでた、ブラコンみたいで気持ち悪いお兄ちゃん。可愛い可愛い妹がいるのにそっちばっかり見てて、嫉妬しちゃうなぁ~もう」


 兄妹喧嘩を始めた二人を尻目に、息を呑んだチェシャ猫は逃げる為に必死に視線を動かす。地面に散らばった肉片と夥しい量の血だまり、少年と少女の指先から落ちる血の雫は殺すことなんて容易いと物語っており、恐怖で締め付けられる胸のせいで呼吸が定まらない。それでも、死にたくない一心で探し続けたおかげか一つだけ活路が見えた。

 ベリウスの大森林の最奥、誰にも見つけられず()()()()()()()()()()()、暴虐の形をしたものが大きな足音を立ててこちらに向かっている。

 全身を包み込む赤黒く刺々しい甲殻と、怒りを体現したような鬼の面の額には一本角が雄々しく生えており、二束歩行のそれは禍々しくも巨大な両手の鋭い爪で木々をなぎ倒して、森の仲間を殺めた大罪人達へと歩みを進める。


「わーぉ、あれがジャパニーズデーモン?鬼ってやつかなぁ?」


「さぁ、どうだろうな。森の防衛機構みたいなものだろうけど……あの化け物、かなり強そうだ」


 傍らでケラケラと笑う少女とは裏腹に、目を細めた少年がチェシャ猫を無視して歩んでくる化け物へと身体を向ける。

 人間の倍はある強靭な肉体とそれを覆う分厚い甲殻の鎧。両手の五指はもはや悪魔のような鉤爪になっており、恐竜のような太い脚で地面をへこませながら異常に発達した牙をカチカチと鳴らして二人の少年少女達を視界に捉えると聞いたこともない言語で雄叫びを上げた。


「――――――――ッ!!」


「わっ、うるさっ!」


 雄叫びに驚いた一瞬の隙に、チェシャ猫は身を翻して飛び跳ねるようにして森の中へと逃げ出した。あの二人は興味を失ったのか振り向きもせず、しかしチェシャ猫はただただ獣の本能に従って逃げ続ける。

 あの異形の化け物の名前はジャバウォック。森の動植物達の怒りと怨嗟が募る時、人の持つ悪意のイメージを汲み取り形を成して現れる規格外の怪物だ。例えるならば平穏な野山に太古の恐竜を放つような、核弾頭シェルターを纏った熊がミサイルを連射しながら都市を闊歩するようなものであり、待っているのは一方的な虐殺と蹂躙。種が根絶するまで貪り尽くして喰い荒らすような理不尽な存在である。


「やばい、やばいやばいやばいやばいニャ!なんであんなのが……!」


 ありえない、ありえないありえないありえないありえない。頭の中で広がり続ける恐怖が無意識に脳内で警鐘を鳴らして、胸の内で何度も何度もそう叫ぶ。

 ジャバウォックが現れてしまった。チェシャ猫が生まれてから一度だって見た事のなかった暴虐の使徒がこの森で生まれてしまったのだ。

 罪を犯した種族を根絶やしにするまで、ジャバウォックは止まらないだろう。つまりそれはあの面白い紫頭と赤頭の二人もその対象だと言うことであり、延いてはこの境界に住む人の形をした者の絶滅を意味する。

 ありえない、あってはならない事だ。

 あの二人が――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「早く、早く女王に……あの二人から逃げないと、森が殺され……っ!?」


 直後、ブゥンと物体が高速移動するような音が聞こえた瞬間、汚らしい音を立てて血がブチ撒けられた。樹木に跳ね飛んだ大量の血が滴り、肉塊が無様に落下して転がっていく。

 声を上げることすら出来ず、自分を()()した何かを見上げれば無数の弾痕のようなものが樹木を穿ち、自分の()()が木にぶら下がっていた。その光景を最後に、口から血を零してチェシャ猫の意識が暗転する。


「当たったー?」


「さぁ、どうだろうな……撃った弾の感触なんてどうでもいいし」


 左手に構えた大き目の黒い拳銃をズボンの後ろ側にしまいこんで、少年はコキンと首を鳴らした。そのまま両肩をぐるぐると回して調子を確かめると、一つ息を吐き出して空を見上げる。


「まだ入ってないみたいだにゃ~、どうやったら行けるんだろうね」


「その内入れるだろ、多分。サッサと見つけて帰らないといけないのに、面倒な場所だよ全く」


 何の変化もない空を見た少年は嘆息し、少女に目配せすると少女は手に持っていた自分の身体よりも太い腕を投げ捨てる。びちゃり、と血だまりに――ジャバウォックの死体が八つ裂きにされて転がっている所に落ちた。派手な音と共に血を飛び散らせ、ユウの頬に掛かるが拭うことすら面倒なのかそのまま森の奥へと足を進める。

 その姿を草むらの陰からジッと眺めていた白い兎は二人が去ったのを確認すると、足早に反対方向へと走り出す。


「逃がすと思った?あはっ」


 白い兎の首が宙を舞った。狙い澄ました一撃は綺麗に首だけを跳ね飛ばし、眼下に映るのは先程の少女が優しい笑みを浮かべている情景。次の瞬間には、吸血鬼のように尖った犬歯を剥き出しにして笑う悪魔のような少女の笑顔が映った。


「いたダキまス」



――――…



「ふぅー……簡潔に纏めよう。君達は友人を探してこの森に入り込んだ、そしてこの国にまで迷い込んでしまった。私はそんな君達に興味を覚えてこうして対話を持ちかけた」


 背中のランタン型のガラス器から伸びる長い管を首に巻き付け、その先端と繋がっているキセルで煙草のように煙を吸い込み、吐き出すと気怠そうに答えた。

 アイロン掛けという概念があるのか、ピシッと整えられたシャツの上からベストを纏ったその者は見たままを言うならば芋虫だった。大きさは従来の虫と違い手の平にぴったり乗る程度、何故かぬいぐるみ調なのはシャツと同様見た目を気にしているからだろうか。

 ホーンズと名乗ったその芋虫は風吹の肩で優雅にくつろぎながらキセルを吸い、見た目にそぐわない中年男性の声で二人の質疑に答えていた。 


「なんで興味を持ったのかな?」


「ふぅー……簡単だ。学院の教師から入るなと言われているのに入ってくる君達の頭の悪さ……どれだけの馬鹿なのだろうと思った。それだけだ」


「……って言ってるよ」


「ブッ飛ばすわよこの芋虫」


 青筋をヒクつかせながら優華は唇を震わせて低い声で唸る。しかしホーンズはあからさまに煽るような態度でふんぞり返ると追い打ちとばかりに言葉を続け、


「見ただけで怪しいと分かる茸を躊躇なく食べようとする脳筋女はやはり、発言も暴力的だな」


「んな……っ!」


「風吹君を見習いたまえよ、君。包容力、柔軟性、何より見目麗しい。君に足りない全てを持っているのだから……おっと、足りないから君はそんな無駄な脂肪が肥大化したのだったね」


 優華の膨張した胸を見下ろしながら吐き捨てたホーンズに対し、殺意全開で迫る優華を風吹は必死で宥めつつ森の中を再び歩き続けている。

 ホーンズはこの森の住民達の中でも智慧者と呼ばれているらしい。現に風吹達に呼びかけたのは現在の森の状況がおかしい事と、それらに関与している可能性が高い且つ協力を頼めそうだったからだそうだ。


「しかし、この森は少々特殊であるからして、それを学んで貰う為とどれだけ危険性を抱いてくれるかのテストを行った。そこの脳筋女の落第は当然だったようだが……風吹君、君は素晴らしい」


「頭の良さなら優華ちゃんの方が上ですけど……褒められるのは素直に嬉しいな」


「私の言う頭の良さは知識量ではなく、主に道徳的な物が多い。危なそうな物は手を引く、他人の尊厳を損なわない、発言や態度に注意する、適切な対応を取る……等々の当たり前の事が出来ない奴等はどれだけ知識があっても馬鹿と言わざるを得ない。人格を形成するのは学んだだけの知識ではなく、経験してきた感性と体験して育んだ精神だよ」


「はぁ……なるほど?です」


 小難しい言い回しをするホーンズに若干首を傾げながら頷いた風吹は優華の方へと目線を飛ばす。先程まであんなに怒っていたのに、今ではもう通常運転だ。

 自分ではまともに取り合って貰えないとすぐに切り捨てたのか、こうして話している間は優華がしっかりと回りの状況を確認しながら比較的に通りやすい道を選んでくれていた。思考の切り替えの早さ、状況が状況だけに自分の役割を見つけてすぐさま適切な行動を取るその姿は一人前の魔術師のようにも見える。

 しかし、風吹の思考を見抜いたのかホーンズはそれを否と断じた。


「アレは違うぞ、風吹君。()()()()()()()()()だけだ……それこそ強固に、誰の手も加えられないほど厳重に、それが正しいと教え込まれているんだ。それよりも、君達の方も私に用があるんじゃないのか?」


「あっ、そうでした。実は……」


 事のあらましを説明して、聞いたホーンズは指の無いぬいぐるみの手で顎を撫でた。ふむふむ、と頭の中で話の順序を組み立てているのか、それとも現在の状況に組み合わせているのか、しばらくの沈黙を経てキセルを一吸いする。


「ふぅー……まず、君達の探しているという男は私の知り合いが救護している。そして君達が友人達とはぐれたのは、君達が森と国の境界線を越えた為に()()()をされたからであり、この現象は……」


「ちょっと、いいかしら。今救護って言ったわね?何で神楽がそんな状況になっているのよ」


「ふぅー……存外目敏いな、君は。彼がどうして救護の必要な状況に陥っているのかなんて興味がないから知らん」


 一蹴したホーンズは優華が激昂すると踏んでいたが、予想は外れて真っ直ぐにこちらを見つめてくる。何が重要で、その為に感情を抑えつける知性はあると認識したホーンズは「だが推測はできる」と言葉を続けた。

 するりと風吹の胸の前に降りようとすると慌てて支えてやり、両手の手の平に着地したホーンズは周りを見渡すように二人に身振り手振りで伝えると、キセルを口に咥えて腹が膨張するほど吸い込んだ。そのまま一気に溜め込んだ煙を周囲に吐き散らすと、周囲の木々達が薄緑色の煙に包まれる。

 すると、煙を掛けられた木々や草むらがざわめき出し今までなかった大多数の視線に晒される気配が二人に向けられる。同時に、いきなり増えた魔力反応へ反射的に臨戦態勢を取った優華に半ば呆れながらホーンズは風吹の両手から飛び降りると、ざわめいた草花へと歩み寄っていく。


「ふむふむ……やはりな。大方の予想通り、その友人とやらはこの近辺で何者かと戦ったようだ。そして怪我を負って倒れていたところを私の知り合いに拾われたと」


「草とお話出来るんです?」


「メルヘンな発想だな風吹君。だがこれは魔力を介したただのイメージの共有だ。この国の草花や木々には知能があるが記憶することしか出来ない……だから先程の煙で波長を合わせて読み取った」


「……一応聞くけど、相手が誰か分かるかしら?」


 情報を収集し終えたのか風吹を手招きすると再び肩へと昇り始め定位置に座り込むとキセルを一吸いしてふんぞり返る。ホーンズが見たのは草むらに倒れ込む学生の姿と、倒れた学生に歩み寄る知り合いの姿。情景を記憶する事は出来るがただそれだけの草花達だ、それ以上の情報は何も得られなかったがさして興味のないホーンズは優華の問いかけに「無理だな」と簡潔に答える。


「そんな事よりも、君達には手を貸して貰いたいのだがね」


「私達にメリットは?ただ手を貸せというのは横暴じゃないかしら」


「ふぅー……こんな状況になっている一端を担っているかもしれないというのに、責任を果たさないのはそれこそ横暴というものでは?」


「まぁまぁ……あっ、あれがホーンズさんの言ってた場所かな?」


 売り言葉に買い言葉、あまり良くない空気を醸し出す二人に挟まれて風吹は冷や汗を掻きつつ周囲に目を泳がせる。最初に言われた通りの道を進み続けて数十分だが、ようやく目的地に辿りついた。

 通常よりは大きく、しかし人間が暮らすには小さすぎるドールハウスだ。丁度ホーンズくらいのサイズ感ならば快適に過ごせそうなその家からはパンの焼ける香りと鼻を刺激するコショウの香りが漂ってくる。

 明らかに怪しいその家を訝し気に眺める優華と、面白そうに色んな角度から覗き込む風吹、そして肩口から降ろせと促したホーンズが地面に着地すると小さな手で傍らに生えている紫色の茸を指さした。


「それを喰え。丁度良いサイズになる筈だ……詳しい話は中で話そうじゃないか」


「えっ、でも僕達は入れないですよね……サイズ的に」


「安心するがいい、君達が食べたのは私の実験品で欠陥品だ。適切な茸を食べれば適切な形に変わるだろう……郷に入っては郷に従え、と形を変容させてくれるその茸を調べるのが私の趣味でね」


 よく分からない、と首を傾げる風吹に茸を一つもぎ取ったホーンズは風吹に差し出すとそれを受け取り、半分に割いて優華に手渡した。もの凄く嫌な顔で受け取った優華は渋々といった表情で一口齧ると、みるみるうちに身体が縮んでいき、ホーンズと同程度のサイズへと変容する。ついでに肥大化した胸も治ったのか、自分の胸を見下ろしてガックリと膝を付いて絶望する。

 おぉー、と目を輝かせて風吹が続くと、同じサイズ感になった三人は連れられるようにして家の扉をくぐる。中には誰もおらず、テーブルには焼き立てのパンが大量に置かれ、台所には色とりどりの液体が入ったフラスコが飾られており一般家庭の風景と研究者の実験室的な風景がごちゃ混ぜになっていた。

 適当に座れ、と促したホーンズはパンを片手間に取りながら奥へと進み、手紙が大量に投げ出された棚から赤色の封筒に入った物を選び取ると、パンを齧りながら適当な椅子にどっかりと座り込んだ。


「むぐ……やはりパンには胡椒だな。さて、この赤い手紙は招待状だ。君達に頼みたいのは正にこの内容でもある……私は忙しくてね、こんなどうでもいい事に割く時間はないのだ」


「なんで私達が貴方の面倒事を手伝わないといけないのかしら」


「正しく、君達が求めているのはコレだろうと推測するが……そんなに見返りが欲しいかね?ならば達成した暁には帰り道を教えてやろう」


 最後の一口を口へ放り込んだホーンズが面倒そうに吐き捨てると、ようやく妥協点を越えたのか優華が鼻を鳴らして了承する。苦笑いを浮かべながら風吹が手紙を受け取り、中身を取り出すと日本語でこう書かれていた。


「女王がご乱心、森の平和の為に女王を討つべし……?」


「……本気で、言ってるの?」


 一気に張り詰めた空気を醸し出しているのは優華だ。女王とはその土地を統べる者、それを殺せというのはその土地を混乱の渦へと叩き込み破壊する事を意味する。つまり、この森に対して大罪人になれとこの芋虫は言っているのだ。

 しかし、ホーンズは「そうじゃない」と言葉を補足する。


「此処は気の狂った不思議の国(マッドワンダーランド)、狂っているのが当たり前の場所でそんな手紙が届いたのはおかしいだろう。つまり、外部の者の手によって()()()()()()()()()()()()()という事だ。当たり前のように怒り、当たり前のように嘆き、当たり前のように復讐に駆られる。それが今の女王だ」


「えーっと……ごめんなさい、どういう事かな?」


「つまり、女王が普通になってしまった要因を探れば君達にとっても欲しい答えが見つかるのではないか?という話だ。何も本当に女王を殺せと言っているわけではない」


「…………私達は、貴方も含めて容疑者になっているという事ね」


 正解だ、と満足気に答えたホーンズはキセルを一吸いすると一気に吐き出した。水色の煙が部屋中に撒かれ、煙たそうに咳をする風吹と手で払いのける優華を尻目にふんぞり返って言葉を続ける。


「傍迷惑な話だが、普通になってしまった女王がこれから行おうとしている事はもっと迷惑な事だ。君達も無関係ではない」


「それってどういう……」


 優華の言葉が最後まで言い切られる前に、風吹が過剰な反応で窓の外へと勢い良く振り向いた。チッ、と舌打ちしたホーンズと遅れて気付いた優華が同時に反応し、立ち上がった瞬間。


「伏せてッ!!」


 風吹の叫びと共に家が業火に包まれた。ボン!と爆発じみた炎を浴びた家は一気に燃え上がり、屋根を吹き飛ばして瞬く間に火が燃え広がる。

 外にはトランプから手足と頭の生えた大勢の兵士達が槍を持って構えており、その後ろから杖を持ったチェスの駒の形をしたローブの兵隊達が次々に魔術を詠唱、トドメとばかりにもう一度爆炎を放つと一瞬にして家が吹き飛ばされる。


「――――」


 言葉を発さない兵隊達は家が燃え尽きたのを確認すると、家の中に見えるのは消し炭になった三つの物体と、焼け焦げた数々の家具だけだ。フラフラと覚束ない足取りでその場を去っていく兵隊達はまるで亡者のように次の場所へと向かって行き、燃えカスとなった家の周りに静寂が訪れる。


「――――間一髪ね、助かったわ風吹」


「ううん、僕は守っただけだから……逃げ道を用意してくれてたホーンズさんのおかげだよ」


 三人は地下洞窟を歩きながら来た道を振り返る。パリッ、と電気が走る優華の制服は少しだけ焦げており、煤を払うようにスカートを叩いて大きく息を吐き出した。

 あの瞬間、風吹が魔術で風の防護壁を展開。同時に優華が雷を纏って高速で三人を抱えるとホーンズが「下だ」と指示を出した。床板を踏み抜いてみれば地下洞窟へと繋がっており、今に至る。


「これで分かっただろう、女王がご乱心だと」


「向こうは容疑者を探し出して殺そうとしているってワケね。それなら確かに私達も無関係ではないわ……こんな意味不明な森じゃあ、帰り道も分からないし」


「私の提案が妥当なものだと、ようやく理解したか?」


 はいはい、とぞんざいな言い方のホーンズに慣れたのか優華は呆れながらそう答えると、頭にランタンを乗せて先を進むホーンズに問いかける。


「それで、そもそも女王が普通になったのは何が原因か目星は付いてるのかしら?」


「…………おそらく、あの時だろうな。ここ二、三週間前だ。この国に一人の少女がやってきたらしい。森が晴れていたからな」


 ホーンズの話によると、この国は招いた者がちゃんと来訪すると晴れるらしい。誰が招いたのかは分からないがその少女はこの国を楽しみながら進んで女王と謁見し、その少女が帰った後から女王に変化が起き始めたらしい。

 それからというもの森には怪しい霧が立ちこみ始め、普段はおちょくるだけの木々や獣達が魔力を求めて暴走して走り回り、迷い込んでしまった学生達を追い出す為の()()()がデタラメに配置されてしまったという。そのせいで無闇に動き回ることも出来ず、また国の外へと出ることも困難だったらしい。

 明らかに外部の人間による犯行だ。しかも狂っている事が普通の権力者を、正常に戻したというのが何よりも厄介だと優華は思考する。

 いつの時代であろうとも、狂気の王を据えた国は滅ぶ。問題なのは理性的な判断と行動力を持っていることであり、()()()()()()()()()()()()()()ことだ。見た目がおかしいとはいえ兵隊は兵隊、軍事力に他ならずそれを真っ当な方法で運用してくるという事はつまり、


「小さいとはいえ摩訶不思議な一国の兵力が、森を抜けて人間達に牙を剝くだろう。なにせ、国だ。領地の拡大は行って当然の蛮行だと思うが」


「いつの時代の話よ、全く……狂王が理性的な判断を下すと蛮行に走るっていうのは分かったわ」


「そうなると学院の皆も危ないよね……ソラやウィル先輩とか、神楽君も危ないしなんとかしないと」


 意気込む風吹に小さな笑みを零した優華は洞窟の先に見える光に目を細める。久方ぶりの光に誘われるように前へ出た二人の目に広がるのは王宮のような場所だった。

 切り揃えられた植物の壁が迷路のように入り組み、右奥には見てわかるような白く大きな城が建っている。外側にいるせいで全容は把握できないが訓練場と同じくらいの広さに思える。絵本に出てくるような絵に描いたお城に感嘆の声を漏らす風吹と、あまりの広さにげんなりする優華の二人をホーンズは後ろから眺めつつ口を開いた。


「そういえば、一つだけ聞き忘れていたな」


 訝し気に振り返る二人に対して、ホーンズはキセルを杖のように振って魔術の発射準備をした。キセルの先に赤色の魔力が凝縮され、炎の弾丸は二人に標的を定めると冷たい声で問いかける。


「――――君達のどちらが、アリスだ?」


 女王に手を掛け、気の狂った不思議の国(マッドワンダーランド)を混乱に陥れた者――『アリス』はお前らだろう、と。ホーンズは怒りに震えた声で見下した。



 


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