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魔術学院のクレナイ魔術師  作者: 芦屋 和希
第ニ章 双子の忌み子
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第ニ章5話 廻り、回り、奥深く



「だーかーらー、金色のメッシュ入れた不良っぽいチャラい奴だって」


「知ってるような、知らないようニャ?知ってたらどうするのかニャ?もし知らなかったらどうするのかニャ?そんな事より遊んでほしいニャー」


「面倒臭い奴だなお前……またスカート捲るぞ、寮長が」


「なんでさ!?顔中傷だらけになってもうこりごりだっつーの!」


 叫ぶようにツッコミを入れるウィルを背に、ソラは自分の周りをくるくる回りながら付いてくる猫人(ねこびと)族の少女に同じ質問を繰り返していた。しかし、七度目の同じような質問に対してもこの全身ピンク色の猫少女はこうやってはぐらかし続けている。

 知っていそうで知らない、知らなそうで知ってそうという絶妙なポイントではぐらかしてくるこの少女はどうやら他人の困った顔が大好きなようだ。不敵な笑顔は少女のデフォルトのようだが、眉間に皺を寄せたソラを見ると眉が跳ね上がって喜んでいる。

 アテもなく森の中を歩く二人と一匹は道なき道を突き進み、最早何度目かも分からない行き止まりという名の高い崖に辿り着くと、一向に進展の無い状況にソラは頭を掻き毟って叫んだ。


「あーもー!どうなってんだこの森は!?また行き止まりかよ!!」


「行き止まりだニャー。何度目かニャー?方角も分からないのに、あっちこっちそっちどっちと歩き続けるのかニャー?迷子の迷子のお二人さん?」


「お嬢さんがいい加減真面目に答えてくれたら、割と解決しそうなんさ。というワケで答えてくれよな?」


「マジメは白ウサギでお腹一杯、満腹でスヤスヤするニャ~。そうだニャ~……チェシャと遊んでくれたらちょっとは教えてあげなくもないかもしれないかもニャ?」


 遊び?と聞き返したソラが振り返ると、遠くで視界の端を横切る影が映った。暗い影が覆う森の奥で、影よりも暗い何かが通ったかと思えば反対方向からパキ!と枝を踏み抜く音が聞こえてくる。

 枝を踏む音、木々のざわめき、揺れる草むらと音は次第に激しくなっていき何処からか聞こえてくる声の低い薄ら笑いがソラ達を取り囲むようにぐるぐると回り出す。

 チッ、と舌打ちを吐き捨てたウィルはソラと背中合わせの状態で周囲の森に目を向け、


「気を付けろよ赤いの、意味わかんねぇ魔力の塊がそこら中に湧いてるんさ」


「変な気配は感じるっすけど……えっ、魔力使えるとそんな事出来んすか?」


「おいおい何言ってんだ、魔力感知は魔術師にとっちゃ常識だろ……ていうか、ムートちゃんはどうしたんさ」


「此処に来てから、ムートとの繋がりがすげぇ薄くて……声が届かねぇんす」


 マジかよ、と吐き捨ててウィルは懐からアイス棒のような細い木の板を数枚取り出した。黒いインクで文字が書かれたそれは仄かな光を帯びており、茶色に光る棒を手に取ると目の前に翳すよう構える。

 ウィルの構えた不思議な棒を見て怪訝な顔で首を傾げるソラへニヤリと笑うと、


「こいつは俺のオリジナルなんさ。本来、魔術の術式は常に発動し続けるか、使う時にだけ式を組み立てて使うという二択しかない。この辺はもう習ってるか?」


「魔術の術式は、()()()()がある……しかも極端に短くて、どれだけ長くても半日程度しか持たない……って聞いたっす」


「見た目の割りに、ちゃんと勉強してんのなお前……じゃあその理由は?」


「見た目は余計っすけど!?えっと……確か、魔力を伴う魔術式は書き込む段階で大気中の魔力を取り込んでしまい、一定時間経つと自動で発動しちまう……だから保存も出来ないんだっけか」


 上出来だ、と軽く笑ったウィルは近付いてくる魔力の蠢きに視線を投げた。波のように緩やかな蠢きはこちらへ近付くにつれて一つの塊へと集まっている感覚があり、いつの間にかいなくなっていた猫少女の代わりに甘い甘い香りが辺りに充満している。

 薄い霧のように目に見えるその香りはソラの鼻を通り、植物特有の匂いが鼻腔をくすぐると眉を顰めて拳を握り締めた。 


「こいつはある場所にしか生えていない特殊な木から作った物なんさ。脆いしすぐ湿気るし薪にもならねぇ、おおよそ木材としてはショボすぎるんだけど唯一の特性として、魔力の吸収量が半端ねぇって利点がある」


「すげぇ悠長に喋ってるっすけど、段々声が近付いて来てるんすからね?でも聞きたいから続けてどうぞ」


「分かってるっての。つまり、こいつは大抵の魔術なら発動に必要なだけの魔力を蓄えて置ける性質があるんさ。そこで、一般的な術式に俺独自の術式を組み込んでおけば……」


「――――寮長ッ!」


 ソラが叫んだ瞬間、斜め上の樹木から何かが飛び掛かって来た。ウィルの正面やや右から感じていた気配とは全くの別、無警戒だった方向からソラに向かってだ。気配を囮にされて完全に裏を突かれた状態のソラは反射的に頭を庇って腕を上げようとするが、脊髄反射では到底間に合わないタイミングによる強襲である。

 「やられる」と脳裏に過ぎった瞬間、ソラの目の横を横切るのはへし折られたウィルの木の棒だ。スローモーションで視界を流れていく木の棒はソラの目の前で淡く輝き、光は暴発する。


「へぶっ!?」


 暴発した光に誘発されて地面が打ち出されるようにせり上がり、その大地は不格好ながら壁となってソラに突撃してきた何かを防いだ。間抜けな声を上げて地面に墜落した何かを尻目に、ウィルは得意気に棒を振ってソラの横に立つ。


「威力、形状形成、持続力、ほとんどが出来損ないも良いレベルだけど数週間は持つ即効性に優れた物なんさ。俺みたいな手数と搦め手の奴は一度味わうとクセになるぜ?」


「痛たたた……」


「魔術を書き込むって時点で俺には使えない事が分かったんで割と絶望……んでもって、マジでナイスフォローあざす寮長」


「このくらい楽勝だって。さぁ、遊びは終わりさ子猫ちゃ……」


 言葉の途切れたウィルと同じく、ソラも目の前で額を抑えてうずくまる人物に目を見開いた。

長い栗色の髪とスラリとした体躯、可愛さと美しさを兼ね備えた美形の仲間である風吹がそこにいたのだ。はぐれた筈の仲間が現れたことにより、ソラは慌てて手を差し伸べて助け起こせば微かな違和感が走り抜ける。


「風吹、お前どこ行ってたんだよ!?変な音が鳴ったと思ったら急にはぐれちまうから、心配したんだぞ!」


「……優華ちゃんは、どうしたんさ?」


「あ、ありがとう。それが、はぐれちゃって……でも、二人と合流出来て良かったよ」


 はにかむ風吹とは裏腹にウィルは訝し気に眺める。風吹が突然現れたのは嬉しい誤算ではあるが、問題なのは先程まで漂っていた甘い香りが無くなっていた事、強襲を掛けてきたのは風吹で間違い無いという事だ。

 だがしかし、ウィルにとって判断材料がないのもまた問題だ。その人間が持つ人格や気質、魔力の性質や感触は暫くの間一緒に居た人間でないと掴めないとウィルは思っている。寮長という立場から見える人と人の繋がりはウィルの目を肥やしたが、故に会って間もない風吹に対して疑心を抱いてしまう。

 風吹という人間は、本当に善良な人間であるのか。


「ていうか、なんであんな所から降ってきたんだよ?木にでも引っ掛かってたのか?」


「まぁ、そんなところ……かな?」


「木に引っ掛かるってどういう状況さね……ともかく、最優先は優華ちゃんだな。神楽はまぁ、もうちょい遅くても大丈夫だろ」


 へらりと笑って言ってのけたウィルにソラと風吹は苦笑い。行き止まりだった崖から引き返して、三人は暗い森の中を再び歩き始める。

 結局、あの猫少女におちょくられただけで成果は何もない。その為、一旦風吹が来たという道を引き返すことになった。前を歩くソラと風吹の後ろで、ウィルは思考に走りながら歩き続ける。


「……臭いな」


 ぽつりと呟いた言葉と共に前を歩く風吹を注視する。タイミング良く現れた風吹、消えた猫少女、恐らく何らかの意味があったであろう甘い香り、()()という名のゲームを仕掛けてきたこと。

 集まったピースを繋ぎ合わせる事は簡単だ。だが繋ぎ合わせただけで解けるのなら今すぐに対応できる。ウィルが行動に移さないのは目的が分からないからだ。

 最初から最後まで、あの猫少女は目的が見えなかった。突然現れた理由も、おちょくりながら付いてきた理由も、何一つ。


「風吹、途中でピンク色した猫人(ねこびと)族を見なかったか?なんか神楽みたいな奴で、ずーっと笑顔の変な奴なんだけど」


「ピンク色の猫人(ねこびと)族……その人かどうかは分からないけど、動く影みたいなものは見たかも?」


「マジで?それってどっち?」


 風吹の指さした方向はより一層木々の濃い荒道だった。うへぇ、と舌を出したソラを風吹が宥めつつ、アテもないので仕方なくその方向へ進む一行は草や枝を掻き分けて前へ。

 一体どれだけの時間が経っただろうか。ともすれば三十分、いや一時間は練り歩いただろうか。風吹の示した方向は突き当りに出ることもなく、ひたすらに前へと誘い続ける。


「流石に、喉がカラカラだ……どんだけ広いんだよこの森。さっきから気色悪い色の茸とか触手付きの植物とかやたら見かけるし」


「この森は、東西南北で植生が変わってるんさ……めちゃくちゃ、デカイ畑だと思えばいい」


 明らかに疲れが見えるウィルが荒い息を挟みながら言葉を紡ぐ。その様子に足を止めたソラと、止まった事によりウィルはこれ幸いと近くの木に寄りかかって座り込んだ。

 魔術師の先輩で、頼れる寮長だが彼はまだ病み上がりだ。それこそ体力なんて無かったであろうに、ソラ達と共に森へ入ってくれた。その事を失念していたソラは申し訳なさそうに歯を噛み締める。


「なんつー顔してんのさ。これはお前のせいじゃねぇよ赤いの」


「いや、でも……」


「ちょっと寝過ぎて体力無くなっただけだ、悪いと思ってるなら、何でも良いからこの辺りをちょっと周ってきてくれよ。目印は適当にあげるからさ……」


 数秒の思考の後、頷いたソラは風吹と一緒に待っているように告げて走り出した。体力の残っているソラが辺りを見て回った方が効率が良いと判断した結果だ。

 それはあくまでも、迷っている現状を打破する為の策。本当の狙いは――――


「――――で、お前がしたかった()()とやらは、こんな散歩でいいのかい?」


「……何のこと、ですか?」


「この学院に何年住んでると思ってんのさ、噂くらい聴いた事はある。それにお前自身も言ってたしな……白ウサギにチェシャ猫ときたら、まぁよっぽどの世間知らずな奴じゃなきゃ結びつくわな」


 気の狂った不思議の国(マッドワンダーランド)。グリム童話、『不思議の国のアリス』から名を借りたその名称は、この森の不可思議な現象が由来だ。

 大昔のある日、一人の学生が夜の森へと入った。なんでも昼間に落としたボールペンを探していたらしい。一時間、二時間、三時間と失くしたボールペンを探して歩いているうちに、奇妙な出来事が学生を襲い続ける。

 喋る木々、血走った眼と涎を垂らした獣達、足元には蛍光色に光る怪しい茸、月も星も絵で描かれたハリボテばかりで、少し歩けば目印など意味をなさないほど森が変わる。

 一日、十日、一ヶ月、永遠に朝の来ない森で数々の奇怪と不思議に会いながらその学生は落とし物のことなど忘れて、狂いそうになりながらただ帰りたいと願いながら歩き続ける。すると、学生を更なる摩訶不思議が襲った。

 唐突に解放されたのだ。獣から逃げ惑い、腹を満たす為に奇妙な茸と蜜を啜り、まるで昆虫ケースに入れられた虫のように森自体から嘲笑われ、弄ばれていたというのに唐突に。

 しかし――――その学生が解放された場所は、全く身に覚えのない日本の山奥だったという。

 

「境界が次元の狭間という曖昧な場所であること、魔力溜まりであることから起きる現象……()()()というデタラメな座標に飛ばされる現象さね。だとしても、その現象は当時の教員と管理者の樹精霊(ドライアド)によって抑えられた筈さ」


「――――」


「――――誰が、()()()()()()?」


「……知るワケ、ないじゃないですか。誰と勘違いしているのか分かりませんけど、私は風吹……」


「はい、ダウト」


 ボッ!と淡い光が暴発すると火の玉が空へ向かって打ち上げられた。突然の事態と灯りに目を覆った風吹をまじまじと眺めて、ウィルは爺臭い声をあげながら立ち上がる。


「観察不足だな、風吹ちゃんは自分の事を()って言うんさ」


「……へぇ、次は気を付けるよ」


「あー、あとすげぇ思い違いしてるっぽいから言っておくけど、風吹ちゃんは確かにめちゃくちゃ可愛いけど男なんだよな」


 そう言われて風吹の姿をした者はぽかーんと口を開けて、そのまま自分の身体を見下ろしてみる。顔と髪型、身長までは完璧だがその容姿から勘違いしたのか胸の辺りは僅かに滑らかな曲線を描いていた。正に、男である風吹との決定的な違いだ。

 ウィルの顔と自分の身体を何度も見て、気持ちは分かる、とでも言いたげにウンウンと頷くウィルに力無く溜息を吐き出す。


「……えー」


「いや分かるよ、俺も一目見た時は女の子だと思ったけど、注目して見れば全然違うって分かったんさ。なんせ、目だけは肥えてるからな」


「まさか、こんな形で破られるとは……ね。ちゃんと監察することにするよ。愛しき隣人に感謝を込めて」


 パチン!とスナップした指から軽快な音が響くと、風吹だった者の姿がコミカルな音と煙に包まれて姿を変える。シルクハットに艶のある黒いスーツ、腕に杖を掛けた古き良きロンドン紳士のような中年の男性はちょびヒゲを撫でるともう一度指をスナップさせた。

 現れたのは丸いテーブルと茸柄の椅子だ。ご丁寧にテーブルクロスまで敷かれたテーブルにはティーポッドと三人分のティーカップが置かれており、座るように促してくる。


「生憎と、茶菓子は切れていてね……喉が渇いたろう?諸君の学院からくすねてきた紅茶だ、それで潤すといい」


「毒とか入ってねぇよな?」


「愛しき隣人よ、私は君達を讃えているのだよ。これは無礼な私から君達への謝罪代わりだ。信じられないというのなら、私の眉間を砕いてくれたまえ……私は甘んじで受け入れよう。まぁ私の代わりにチャシャ猫が来ることになるがね」


「それはちょっと、勘弁さね……」


 まるで話が通じない、通じても一向に話が進まなかったチェシャ猫を思い浮かべてげんなりしなが椅子に座ったウィルは良い香りのするティーカップを手に持つと、一気に飲み干した。目をぱちくりさせるロンドン紳士は薄く笑うとその豪胆さに拍手を送り、


「いやはや、素晴らしい。あの赤い少年も目端が利いたが、君はそれ以上だ。良き友人になれそうで大変嬉しいとも」


「そりゃどうも……んじゃあそろそろ自己紹介してくれてもいいんじゃねぇか、紳士様」


 拍手を止めると、紳士はちょびヒゲを撫でて暫くの思考。何かを思い出そうと身体を揺らしては頭をつつくその様はふざけているようで、しかし唸りながら苦悩している表情を見るに本当に思い出しづらそうだ。

 ティーポッドが宙に浮いて勝手に二杯目の紅茶を注いでくれて、ウィルがそれを飲み切ってようやく思い出したのかぽん!と手を叩いて紳士はニヤリと笑う。


「名前はその者の形を現わす……私の名前が、私を形作る。しばらく遊んでいたせいで忘れかけていたとも――――ハンプティ・ダンプティだ。以後お見知りおきを、愛しき隣人よ」


 いつの間にか手に持っていた卵をウィルに投げ渡し、反射的に受け取ると手にべっとりと粘着質な液体がこびり付き、訝し気に見ればその卵には赤い血のような文字でメッセージが書かれていた。

 「Is Alice you?」と。



 


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