第ニ章4話 大は良きなり、小も良きなり
「……全く、どうなってるのかしらこの森は。男二人がはぐれて、か弱い女の子達が取り残されるなんて」
「あはは……あれ?もしかして僕も女の子の方に数えられてる?」
「貴方はいいのよ、見た目女の子だもの。暑苦しい奴と胡散臭いチャラ男より全然マシだわ」
頬を掻きながら覗き込む風吹に胸を張って言い放った優華は暗い森の中を歩き続ける。
場所は変わらずベリウスの大森林の中だが、風も吹かなければ暗すぎて数メートル先すらも朧げだ。せめてもの救いは変わる事の無い上からの明かりなのだが、空を見上げれば悪戯な子供が天井に月の絵を描いたような歪な丸がこちらを覗いてくる。
気色悪い、と素直に吐き出した優華とは裏腹に後に付いてくる風吹は物珍しそうに辺りを見回しつつ、手頃な木を見つけると人差し指を軽く振って円を描き、生まれた風の輪を木に向かって押すと木が輪っかに強く締め付けられ大きな目印を付けた。
「さっきからやってるけど、それは何かしら?」
「これは目印とサインだよ。おじいちゃんに教わったんだ。見慣れない森の中を歩く時は、こうやって通った証とどういう道筋なのかを木にメモして、後から来た人にもわかるようにって」
「へぇ……通った道の目印は道理として分かるけど、サインも含むのは初めて見るわね」
まじまじと木に付けられた跡を見て、優華は興味深く見つめながら「このサインの意味は?」と風吹に問いかける。
「木を一周する目印は迷いやすいとか、ずーっとそこをぐるぐるするから気を付けてねって意味らしいんだ。他にも危ない動物とかがいる場所は×印だったり、崖とかで行き止まりだったら〇の中に×を書いたり……エルフに伝わる目印なんだって」
「なるほどね……良い知識を貰ったわ。貴方のお爺様にも感謝しないと」
「ふふ、代わりに僕が貰っておくよ。おじいちゃんはありがとうって言うと照れて怒っちゃうから」
二人は小さく笑い合うと、再び歩みを進める。念のため取り出したスマフォは電源すら付かない鉄の塊と成り果てており、液晶に映る闇はこの場所が異常な場所だと思い知らせてくる。
携帯端末などの数々の端末や機械は全て魔力を含む材質で作られている。主には内部の電子盤などがそうだ。電気エネルギーの超効率化伝導やら非常電源代わりやら防水やなんやらと小難しい術式や極微量の魔石が内臓されているそれらは、数えきれないほどの実験の果てに今や何処に居ようとも電波すら届けば魔界から電話も出来る代物だ。
加えて、魔力の含まれた材料と術式を組み込むことで魔力によるコーティングもされている。火で炙ろうが象に踏ませようが深海に沈めようがほぼ無傷。内部の魔石が寿命を迎えるまでは一般的に生活していて壊れる事は絶対にあり得ない。
惜しむらくは、境界ですら使えるのに電波が来ていない事か。学生達にとってはただの目覚まし時計代わりである。
そして、魔力を含んだ機械類にも唯一弱点がある。極端に魔力が濃い場所になると内部の魔力循環に異常が発生して動かなくなるのだ。しかし、現行世界や境界ですら起こらなかった事であり、優華は手に汗を掻きながら沈黙するスマフォを握り締めた。
「(楽観的に考えれば、夜になると魔力が濃くなる森ってところだけど。最悪の想像をすると私達は……)」
「うーん、思った通りの形を作るのって、結構難しいなぁ……ロレナは簡単にやってたんだけど」
パシュッ、と軽い音を立てて風吹が木を一周する円形の印を刻む。所々がぐにゃりと曲がりかなり不格好な円だ。まるで手で描いたような傷跡にクスッと笑みを浮かべて、
「魔力操作の年季が違うわよ。ロレナは推定でも百年は現役の魔術師だったのよ?そこから更に数百年……植物を操る魔術という、独自の魔術すら開発したまごう事なき天才と比べても意味無いわ」
きょとん、と呆けた顔をした風吹は瞬く間に嬉しそうな笑みを広げた。眉を顰めた優華に満面の笑顔を向けて手を掴むと、今度は真正面から全力で抱き着いた。
思わぬ行動に困惑と、美形に抱き着かれた事による赤面が混ざり合って甲高い声で変な声を上げては逃れようともがき始める。
「ひぁ、えぅ……ちょ、風吹?」
「あっ、ごめんね?ロレナの事を褒めて貰えると嬉しくて嬉しくて……つい抱き着いちゃった。顔紅いけど、大丈夫?」
「い、いいいいいから離れにゃさいよぉ!私の理性があるうちにぃ!」
「理性って……そんなにイヤだったんだ。ご、ごめんね?」
言葉同時に身体を離すと、優華はその場に座り込んでしまった。耳まで真っ赤になってしまった優華を見て申し訳なさそうに頬を掻いて、風吹はふと耳に届いた違和感に気付く。
微かに聞こえたのは息遣いのような吐息だ。ともすれば話しかけているような、息を長く吐き出すような良く分からないテンポで何かが聞こえる。
近いようで遠いその音を確かめる為に、うずくまっている優華から離れすぎない距離をゆっくりと一歩ずつ耳を立てて歩く。
「――キノ―――――コ――――食べ―」
「……きのこ?これの事かな?」
不可思議な声に釣られて足元を見れば、おおよそ茸とは思えない毒々しい色をした茸群を見つけた。決まって二色が並んで生えているその茸は明るい蛍光色の緑と青色をしており、大きさは大人が一口では食べれないほどの大きさだ。形はそのまま茸なのだが、森に住んでいた風吹ですら見た事の無い奇妙な茸は一目で怪しいと判断できる。
「……ふぅ。その茸がどうしたのよ」
「えっとね、微かに聞こえる声が「食べろ」って言ってるんだ。「話がしたい」って言ってるんだけど……声が小さすぎて、あんまり音が拾えなくて」
「私には何も聞こえないわよ……風の加護を持つ風吹だからかしらね。それで、どっちを食べればいいのかしら」
「うーん……駄目だ、上手く聞こえない。というか優華ちゃん凄いね、普通こんな色の茸絶対嫌がるのに。エルフでもこんな変なの食べないよ?」
思わず返答に喉を詰まらせた優華は誤魔化すように咳払いして、現状を打破する物がない事を言い訳として事細かく説明する。ポロッと出た豪胆さを隠したい乙女心が返って裏目に出てしまい、早口で説明するも苦笑いを浮かべられてしまった。
恥ずかしくなった優華は半ば奪うように緑色の茸を奪うと、ごくりと唾を飲んだ次の瞬間ヤケクソ気味に齧りついた。
触感は普通の茸、漢方にミント味を混ぜ込んだような爽やかな苦みが身体中に広がっていく。ゲテモノの味に口を震わせながら辛うじて飲み込んですぐ、身体の内側で汗を掻いているような強烈な熱を感じて身体を抱え込んだ。
身体を這いまわる熱が腹から上に集まってくると視界が霞み、背中に強烈な電流が走る。
「あ、つ……い……っ!なによ、これ、やっぱり毒が……!?」
「早く吐き出し……あれ?毒にしては顔色がむしろ良くなってるような?それにその……どんどん膨らんで……あいてっ!」
パァン!と弾け飛んだ何かが風吹の額を穿ち、身体の熱にうなされていた優華は朧気だった視界が次第にクリアになっていく。熱によって流れた涙を袖で乱暴に拭って、落ち着いた時には明らかな違和感に襲われていた。
「嘘……凄い、凄いわ!肩こりが、勉強で疲れてた目が凄いスッキリしてる!なにこの茸、あるだけ持って帰ろうかしら!」
「いたた、一体何が飛んできたんだろ。石かな……ボタン?どこかほつれちゃったのかな?」
飛んできた物を拾い上げた風吹はすぐに自分の身体を見渡した。ここにある筈がないボタンという人工物は、どうやら風吹の物ではないと見渡して分かった。自分でないとするならば優華の物なのかもしれない、と何故か喜んで茸に頬ずりしている優華に目を移すと、
「あっ……えっと、優華ちゃん」
「聞いてよ、ていうか聞きなさい!この茸って凄い効能があるみたいで……」
「う、うん……それはいいけど、風邪引いちゃうから前仕舞った方がいいよ?」
「はっ?」
風吹に言われるがまま、自分の身体の前面に目を向ける。そこには見慣れない物が、いや見慣れてはいるのだが明らかに形のおかしくなったものがあった。
多感な時期の女子であれば一度は夢を見るたわわな果実。たわわを行き過ぎて実り過ぎたその果実はともすれば二次元にしか存在しないレベルで大きく、張りのある美しさすら感じられるその造形は完全に露わになって放り出されていた。
つまり、爆乳になった優華の胸が丸出しになっていたのだ。
「~~~~~~っ!?!?」
「その、女の子は胸とか見られるのって恥ずかしいんだよね?一応、見ちゃってごめんね」
「あ、ああああんたも喰ってみなさいよぉおおおおおおっ!!」
「もがぁ!?」
半狂乱に陥った優華は青い茸をふんだくり、風吹の口に無理やり押し込んだ。ほぼ叩き付けたに近しいその行動によって地面に吹っ飛んだ風吹を尻目に、急いで前を閉めようとするがボタンが弾け飛んでしまっていて一向に締まらず、苛立ちながら引きちぎれてしまった下着をスカートのポケットに突っ込むとブレザーを脱いで胸が隠れるように上から被せた。
ようやく人心地付いた優華は改めて倒れたままの風吹に目をやるとそこには、制服の中で蠢く何かが居た。当の本人は見当たらないというおまけ付きで。
「ちょ、ちょっと……風吹?こんな時にふざけて……!」
「あ、優華ちゃん?突然周りが暗くなっちゃって……どこにいるの?」
「……………………」
もぞもぞと制服の中で蠢く物体から風吹の声がした。胸が出ないように注意しながら制服に手を掛けて捲ってやれば、「ぷはっ」と息を吐き出した小さな顔が覗いてくる。長い茶色の髪はそのままに、青年らしい骨格は丸みを帯びて幼く、制服の中でもがいていた身体を袖に通して身体を起こした風吹は優華とは対照的な姿をしていた。
小さい、小さいのだ。ただでさえ童顔で可愛らしく、それでいて年相応に美しさを持っていた風吹が可愛さに全振りした状態になっている。簡潔に言えば幼くなっているのだ。
「服、ぶかぶか……優華ちゃんもおっきく見えるんだけど、なんでだろう?」
「きゃ、きゃわわ、可愛いぃぃぃぃぃ!!」
「むぐぅ!?ゆ、ゆうかちゃ、くるし……っ!」
幼くなってより一層可愛くなった風吹の存在は優華の理性を引きちぎるのに十分だった。性別など度外視して激しいスキンシップをする優華にもみくちゃにされて、力の差で抵抗できない事を悟った風吹は借りてきた猫のように成すがままだ。
「ねぇ風吹、お姉ちゃんって呼んでみて頂戴!ほら早く!」
「オネエチャン……」
「もっと感情込めて上目遣いで言いなさい!!ほらもう一回!!」
「お、おねえちゃん……?」
注文通りに呼んだら、がはぁ!と血を吐くような動作で謎のダメージを受けた優華が崩れるように後ろへ倒れていく。その顔はハヅキを撫でていた時よりも遥かに幸せそうで、それでいてある意味で危ない顔をしていたという。
優華は悶絶して倒れてしまい、ようやく解放された風吹だが身体が小さいままでは何も出来ないので、優華が起きるまでその場で暫く待つ事にした。
できれば、優華が起きる前に元に戻っていて欲しいと切実に願いながら。




