盗賊の秘密兵器
下の方を覗いてみると、崖の下の方にある洞窟に領主軍が次々と入っていくのが見える。
しかし、数十人はなだれ込んだと思うんだがそれでも戦闘が出来るほどの広さというのも中々だ。
これだけの規模の洞窟をアジトにする盗賊団とは、いったいどれほどの規模なのだろう?
少し興味が出てきた。
冒険者の方も、騒ぎを聞きつけて時折姿を見せる魔物を問題なく追い払えているようだ。
その魔物が従魔である可能性も高いが、既に作戦が始まっている以上問題にはなるまい。
冒険者で対応できない魔物が出た場合もアイリスが居るから問題ない。
あとは領主軍が負けたりしなければ問題なく終わるだろう。
「……少し妙ですね」
カノンの横から崖下を覗き込んだイリーナが疑問の声を上げる。
「え?何がですか?」
カノンにはその意味が分からず首を傾げた。
「静かすぎるとは思いませんか?」
言われてみれば……。
最初の爆発音が聞こえてから、そういった音は聞こえてこない。
接近戦での音などは流石にここまで届かないだろうが、魔法による爆発音などは小さいながらも聞こえてくるはずだ。
『それは軍の戦い方の問題じゃないのか?』
全員が甲冑に身を包んでいたので、全員で白兵戦をするものだと思っていたが……。
流石にそれはなかったか?
「いえ、基本的には、先ほどのように規模の大きな魔法で先制攻撃を仕掛けます。そして魔法を撃ちながら接近し、最後に白兵戦となるのですが……。むしろ盗賊相手なら魔法を撃つだけで終息してもおかしくはないのです」
そりゃそうか。
いくら人数が多いとは言っても所詮は盗賊。
冒険者をやる気概も根性もない連中だ。
そんな連中相手に、日々訓練に明け暮れている軍隊が押し負けるはずはないし、そもそも魔法が使えれば就職先を探すこともイージーモードになるのだ。
魔法が使える者が盗賊に身を堕とす理由はない。
話が逸れたが、そういう事を考慮すると、なぜか領主軍側は圧勝できるはずの盗賊相手に魔法を使ってないことになる。
一体何があったのだろうか?
「……あれ?」
カノンとイリーナが首を傾げていると、後ろからリーゼの声が聞こえた。
「リーゼさん?」
カノンが不思議そうにリーゼを見る。
「あ、ごねんね。なんか真下から竜みたいな気配を感じて……」
…………は?
今なんつった?
竜みたいな気配?
真下から?
確か盗賊のアジトになっている洞窟はかなり広いと推測できる。
そして入り口はこっち側の崖の少し離れた場所にある。
洞窟が広い場合、この真下にも広がっているのではないのか?
気配がなかった理由は洞窟の中で気配察知が届きにくく、もし寝ていたりしたのなら余計に分かりにくいから。
そして、先ほどの爆発で目を覚ました竜の気配に気が付いた領主軍は、大きな音を立てる魔法を使えないのではないのか?
アイリスの方を見てみると、真剣な表情でリーゼを見ている。
俺の気配察知にも引っかからないとなると、リーゼの竜感知スキルだけが頼りだ。
それはアイリスも一緒らしい。
「……これ、最悪のパターンじゃないのか?」
冷や汗を拭いながらシグリッドが呟く。
俺もそれには同感だ。
というか、俺のさっきの発言がフラグになってたりしないよな?
「……でも、あんな洞窟に入れるの?」
カノンがそういいながらアジトの洞窟の入り口を見る。
確かに入り口は狭い。
人が出入りするには充分な広さのある洞窟なのだが、流石に竜が出入りできる広さはないだろう。
精々が小さめの馬車で精いっぱいと言ったところだ。
そうなると、まだ子供の竜か、もしくは別の入り口があることになる。
俺としてはまだ小さな子供の竜であってほしいが……。
……いや、それだと倒しにくいし……、かといって成体など勘弁願いたいが……。
「誰かに報告した方が……」
カノンがそう漏らすと、アイリスが頷いた。
「そうね、それで冒険者は全員避難。私が戦うのがベストかしら?」
簡単に言ってくれるが……。
『避難する時間と余裕があればな』
冒険者はあちこちに散らばっている。
それぞれに声を掛けたとして、果たしてどれだけの時間がかかる事やら……。
第一、亜竜と聞いて冷静になれる冒険者は少数だろう。
大混乱に陥ると考えるのが自然だ。
一応緊急時には火属性を空に打ち上げることになっているが、それで亜竜を刺激しても問題だろう。
「仕方ないわね」
ため息をついたアイリスは、右手を上にあげる。
あれ?
まさか魔法を……。
俺がそう思った瞬間、アイリスの手から真っ白な炎が立ち上った。
アイリスの持つ聖炎属性だろう。
しかし、音はしない。
派手ではあるのだが、爆発よりもましか……。
その後すぐにロイドがやってきた。
打ち合わせにないアイリスの聖炎を使ったことで、異常事態だと認識したようだ。
その認識で間違いはないが……。
そしてリーゼの竜感知に反応があったことを聞くと、その顔色が一気に悪くなった。
「じゃ、じゃあ領主軍の連中が攻めあぐねているのも……」
『そこまではここからじゃ分からんが……多分亜竜のせいだろうな』
「そ、その亜竜はなんだ?飛竜か!?土竜か!?」
そう言ってリーゼに詰め寄るロイド。
「す、すみません。まだそこまでは……亜竜なのは確かだと思うのですが……」
申し訳なさそうに謝るリーゼに、ロイドははっとして少し離れる。
「すまん、つい……」
「で、どうするの?私が行く?」
うなだれるロイドにそういうアイリス。
気遣うという優しさはないのだろうか?
「あ、あぁ……そうするしか……もしくは……」
何故そこでカノンを見る?
Dランクに何を求めるというのだ。
「え?私ですか!?」
カノンが一歩後ずさる。
「いや、流石にカノンちゃんには頼まない……つもりだったが……」
だった?
なぜ疑問形なのか説明が欲しいぞ?
「アイリスさんに盗賊のせん滅をしてもらってその間カノンちゃんに亜竜を引き付けておいてもらえないかと……」
無茶を言う……。
「あ、動き出した」
いきなりそう漏らしたリーゼに、全員の視線が集中する。
『おい、動き出したって、亜竜か!?』
「う、うん。さっきより気配が強くなったから気配察知でも分かると思う。多分飛竜、ワイバーンだね」
ためしに気配察知を真下に向けてみると、確かに何かが動いている気配が分かる。
これが亜竜か……。
「ハク、どう?戦えそう?」
カノンが不安そうに聞いてくる。
とは言われても……。
『いや、正直分からない。遮蔽物のせいか気配察知でもほとんど気配が掴めないからどれだけ強いのかもはっきりとは分からないな……』
「というか何でお前らは分かるんだ?俺にはさっぱりだぞ?」
ロイドがそういいながら足元を凝視している。
いや、そんなことをしても無理だろ。
そもそも気配察知のレベルから違うんだから……。
「あれ?でもなんか……奥に移動してる?」
リーゼが首を傾げた。
奥?
言われてみると、確かに気配は入り口とは反対側、森の方に移動していく。
「……ハク、追いかけてもいい?」
マジか……。
いや、いいけども……。
『別にいいが……大丈夫か?』
心配なのはカノンの安全である。
「空ならなんとか?」
いや、飛竜らしいし空はむしろ向こうも望むところだろう……。
俺としても望むところではあるが……。
最悪あれを使うか……。
まだ持続時間に難があるが、飛竜相手なら遣り様はあるだろう。
『……いざとなればすぐに逃げろよ?』
「うん、アイリスさん、追いかけます」
カノンはそう言って竜装を発動させる。
「あ、じゃあ私も」
リーゼが慌ててそういうが、今回はリーゼの仕事はこちらではない。
『リーゼはここで警戒していてくれ。まだいないとも限らん』
俺がそういうと、リーゼは少し考えるそぶりを見せたが渋々頷いた。
「……すまん」
ロイドはうなだれるように謝っている。
「カノンちゃん、無理はしないでね。いざとなれば私の所に逃げてきなさい」
そう言って胸を張るアイリス。
頼もしい限りだ。
「はい!行ってきます!」
カノンはそういうと飛び立った。




