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八千草麗は作戦を変える⑤

「で、どこに行くんですか?」


「とりあえず私に付いてきて♪」


 会長は嬉しそうにそう言うと、ルンルンの様子で歩き始めた。


「な、ちょ……待ってください」


 僕は慌てて隣に並び、会長の歩くスピードに合わせる。僕が隣に並ぶと、会長はこちらを向いて「うふふ♪」と微笑んだ。


 ……ぐっ。普通に可愛い。


 いつもは可愛いというよりも、綺麗とか美人とかのイメージが先行する会長だが、今日は一挙手一投足がまるで少女のように可愛いらしい。

 隣を歩く会長の薄手のブラウスからは、きれいな腕がスッと伸びていて、洗練された美しさを感じる。でも表情はおもちゃを買ってもらった小学生のように満面の笑みだ。

 品行方正で自分に厳しいあの会長が、こんなにウキウキと心を弾ませている。その事実だけで胸の当たりに何かグッとくるものがある。


 それにしても昨日も今日も会長に良く似合ったセンスのいい私服だよな。小六くらいまでの会長は、ウサギさんのキャラクターを中央にあしらったトレーナーとかを着ていたのに。 


「? どうかしたかしら」


 会長は不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んだ。どうやらまじまじと眺めすぎていたらしい。


「いや、あの……昨日もそうですけど、私服似合ってますね。いつの間にそんなにお洒落になったんです?」


 まあファッションセンス皆無の僕に褒められても嬉しくはないだろうが。


「なっ……! ちょ、そん……あばだっ!?」


 会長は目を見開き、顔を真っ赤にして謎の言葉を口走った。そしてそのまま涙目で「くぅ……」と言いながらうずくまる。


「……大丈夫ですか? ていうか『な、ちょそん、あばだ』って何です?」


「……と、特に意味はないわ。ビックリして舌を噛んだだけ」


 恥ずかしそうに立ち上がり、髪を整える会長。


「し、舌を?」


「血の味がするわ」


「そんな強めに!?」


 大丈夫なのか。血が出るほど舌を噛んだら激痛な気がするんだが。


「そ、それよりハルくん。何の話だったかしら?」


「いや会長の私服が可愛いって話ですけど」


「がふっ…!」


 会長はまたその場にうずくまった。


「え。大丈夫ですか? どうかしました?」


 僕が声を掛けると会長はよろよろと起き上がり、


「本気で言っているの?」


「いや、ララちゃん相手にお世辞を言ってどうするんですか」


「そ、それもそうよね! 私たちは気心の知れた仲だものね!」


 爽やかにそう言う会長の口の周りは、舌を噛んだせいか血まみれだった。

 怖い。ホラー映画か。


「ちょ、ララちゃん! 血、血!」


「え? あ!」


 口の周りに付いた血を手で触り、初めて惨事に気付く会長。慌ててティッシュを取り出して口の周りを拭いた。


「口、大丈夫……じゃないですよね。どうします? 一旦帰って治療した方が……」


「こ、こんなの日常茶飯事よ! 全く問題ないわ!」


 この人は口を血まみれにするのが日常茶飯事なのか。それはそれで問題だと思うんだが。


「まあララちゃんが大丈夫っていうならいいですけど」


「全然ぜんぜーん大丈夫よ! さ、気を取り直して行きましょ♪」


「気を取り直すのはいいんですけど、結局今日はどこに行くんです?」


「ふふーん♪ いいとこよ♪ ついてくればわかるわ」


 会長は楽しそうに僕の半歩先を歩いた。



 そんなわけで会長に連れられて歩くこと十五分。やってきたのは市内に唯一ある映画館だった。


「今日は映画を観るわけですか」


 会長がやたらともったいぶるから、とんでもないところに連れて行かれるんじゃないかと思っていた。なんだよ。普通に映画館かい。ビビって損したわ。


「そうよ。私、観たい映画があるの」


「へー。ララちゃん映画観るんですね。僕あまり詳しくなくて」


 映画館に来るのも小学生の時にコナンの劇場版を観に来て以来だ。チケットをどこでどうやって買うのかもよくわからん。


「私に任せておけば大丈夫よ」


 会長は自信ありげに胸を張った。


「ちなみに何の映画を観るんですか?」


「今一番人気の恋愛映画の『年上の彼女』よ」


「……え。恋愛ものですか」


「私に任せてくれるんじゃないの?」


「ぐっ……。確かにそうでした。いいですよ。観ましょう」


 今日の会長の楽しそうな雰囲気からして、きっとよっぽど観たい映画なんだろう。別に僕も他に観たいものがあるわけでもないし、観てみたら意外と面白いかもしれない。ここは会長に任せるか。


「じゃあ早速チケットを買いましょ。えっと上映時間は……」


 会長はチケット売場の上にある上映時間のモニターを見上げた。

 なるほど。あそこに映画と上映時間が載っているのか。


 えーっと今からすぐ観れるのは……。まず第一スクリーンがソ連崩壊を描いたドキュメント映画の『冬の闘争』か。で、第二スクリーンが『危なくない刑事デカ4~ねずみ捕りの夏~』と。


 うん。どっちもミジンコの糞ほども興味が湧かない。会長が観たい「年上の彼女」はどこに行った。


「ララちゃん。なんか変なのしかやってないですけど」


「な、これしかやっていないの!? 『年上の彼女』は!?」


 それは僕が聞きたい。ちなみにどっちか観なきゃいけないなら『危なくない刑事デカ』の方がいい。


 会長は慌てた様子でチケット売り場のおばちゃんの元へと駆け寄った。


「あ、あの! 今日は『年上の彼女』は上映してないんですか?」 


 鬼気迫る様子で詰め寄ると、おばちゃんは面倒臭そうな顔で、


「あーあれ。今日の分の上映は終わったよ。朝の五時半に」


 早えわ。何時からやってんだ。老人と漁師専用か。


「な……つ、次の上映は!?」


「明日の朝五時半」


 と、平然とした顔で言うおばちゃん。

 なんて酷い映画館だ。若者向けの恋愛映画を早朝からやってどうする。せめて夕方にもう一回上映してやれよ。


「そんな……。他の映画は!? さすがにあの二つだけじゃ無いですよね!?」


「いんや。あの二つだけだね。あの二つを四回ずつ回して今日はおしまい」


 一体どの層をターゲットにしているんだこのアホ映画館は。


「……」


 会長はおばさんの言葉に俯いたまま黙ってしまった。


 そりゃそうだよな。あんなに楽しみにしていたんだから。「観れません」と言われて「はいそうですか」とはいかないだろう。


「……ララちゃん」


「……」


 僕が声をなけても返事はない。


 そこまで落ち込んでいるのか。でもここでこうしているわけにもいかないしなあ。


「ララちゃん。とりあえずどこかでお茶でも……」


 と、僕が話しかけている途中で会長はパッと顔を上げた。


「ハルくん。どちらかと言えば『危なくない刑事デカ』の方がいいと思うのだけど、どうかしら」


 観る気なのかよ。切り換えが早いなこの人は。まあいいけど。


「実は僕もどちらかといえばそっちだと思ってました」


「よかったわ。じゃあチケットを買いましょ♪」


 全くめげていないメンタルの強い会長を逞しいなと思いつつ、僕たちは『危なくない刑事デカ』のチケットを購入した。


 果たして『危なくない刑事デカ』は本当に危なくないのか。映画の内容や如何に。

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