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八千草麗は作戦を変える⑥

 そんなわけで僕と会長はチケットを購入して劇場へと入った。


 劇場の中は意外にも多くの人が入っていた。この映画をこんなに沢山の人が観に来ているとは。大丈夫なのか日本は。世も末か。


 僕と会長は端の座席の人に頭を下げて通してもらい、自分たちの座席である上段中央の席に座った。


 椅子に腰を掛けて正面を向くと、大きなスクリーンが視界に入ってきた。少し暗くてひんやりとした空気の劇場に、思わず少し非日常的な気持ちになる。

 うおおおおしかも椅子がふっかふかだ。映画館の椅子ってこんなにいい椅子だったっけ。


 僕が声に出さずにテンションを上げていると、会長はその様子に気付いてクスクスと笑った。


 しまった。見られていた。恥ずかしい。


「だ……久しぶりなんですもん映画館」


「うふふ。ハルくんも楽しそうで私も嬉しいわ」


 ……なんか子供扱いをされている気がする。


 まあいいか。会長も楽しそうだし。


 あ。そんなことより、せっかく映画館に来たのに飲み物も食べ物も買っていなかった。

 映画館の醍醐味である無限に食べれるポップコーンと、大きい紙コップに入っていて氷がシャリシャリのメロンソーダを買わないと。


「ララちゃん。僕飲み物とか買ってきますけど」


「あ、私も行く。一緒に行きましょ」


 で、ポップコーンのLサイズとメロンソーダを二つ買って、いざ「危なくない刑事デカ」の鑑賞開始。


 照明が落ち、スクリーンに光が集まる。


 ふと隣を見ると会長がじっとこちらを見つめていた。そして小声で何かを囁いている。


「……ん……だい」


 ダメだ。良く聞き取れん。ていうか暗闇でその綺麗な目でじっと見つめられるとものすごいドキドキするんですけど。


 僕が小声で「え? なんですか?」と聞き返すと、会長は体を乗り出し、顔を僕の耳元に近づけた。


 ひいいいいいい暗闇で近いいいいいいい! 耳に息がかかる! ど、どうしたんだ会長は。急にこんな耳元で僕に何を……。 


「……ポップコーンちょうだい?」


 あ。そうでした。僕が抱えているんでした。


 僕が会長にポップコーンの入ったバスケットを差し出すと、会長は嬉しそうに左手でポップコーンを数個摘み、口の中に入れた。


 ぐっ……。何を一人で勝手にドキドキしているんだ。昨日までだったらここまで会長を意識することはなかったのに。一つ一つの行動がまるでラブコメのヒロインのように僕の心を揺さぶってくる。


 れ、冷静にならなくては。会長の行動はいつも通りのはずだ。僕が変に意識してしまっているだけだ。ここはとにかく映画に集中をしよう。


 隣の会長を意識しすぎないように、僕は顔をスクリーンに向けた。


『な、何!? 成田空港に爆弾を仕掛けるだと!?』


 スクリーンの中では主人公の刑事、大門豆太郎が犯人からの犯行予告を握りつぶしていた。


 お。早速なんだか熱そうな展開だ。危なくない刑事デカとか言いつつ、結構大きな事件が起こるんじゃないか。


『畜生! 犯人め……。すぐに上に連絡をしろ! 成田空港に厳戒態勢を張るんだ!』


 部下に怒鳴る大門。慌ただしくなる捜査本部。よしよし。在り来たりではあるけどワクワクする展開になってきた。


 そんで話が進んで十分後。


『だ、大門さん!』


 慌てて捜査本部に駆け込む大門の後輩の鬼首桃の助。どうやら何かあったらしい。


『どうした桃の助』


『犯人が自首しました!』


 は。


『何!?』


 驚愕の表情を浮かべる大門。僕も全く同じ気持ちです。


『犯人はやっぱり悪いことは良くないと思ったそうです!』


 刑事映画の犯人が人並みの倫理観を持つな。


『なんてラッキーなんだ!』


 はっはっは! と笑い合う大門と桃の助。なんだこのクソ映画。もしかしてもう終わりなのか? まだ30分くらいしか経ってないけど。


 その後、大門が町内の餅つき大会に参加したり、勤務時間内にパチンコ屋に行ったことがバレて交通課に異動になったりと、色々あって物語はクライマックスに。


『大門さん! 三丁目にゾンビの群れが現れました!』


 おい。展開。


 現場に急行する大門と桃の助。お前は交通課に異動になったんじゃなかったのか。


 そして、


『ぎゃあああああ! ゾンビに噛まれたあああ!』


 突如現れたゾンビに噛まれて苦悶の表情の大門氏。


『大門さん! 大門さぁーんっ!』


 桃の助の叫びと共に、エンドロールが流れ始めた。


 おい。終わりかよ。


 まさかの大門ゾンビエンドだった。


 それにしてもとんでもない映画だったな。しかも恐ろしいのは、この作品がシリーズ四作目だということだ。1から3は一体どんな内容だったのか滅茶苦茶気になる。


 ま、いいか。とりあえず外に出よう。


 声を掛けようと会長の方を見ると、「んっ……」と気持ちよさそうに体を伸ばしていた。こら。露出度がそこそこ高い格好でそれはやめなさい。


「ララちゃん。そろそろ行きますか」


「そうね。行きましょ♪」


 そう言って席を立つ会長の表情は満足気だった。目的とは違う映画だったけど、楽しかったってことかな。


 椅子から立って出口に向かう途中で、ふとスクリーンが目に入った。エンドロールがまだ流れており、制作スタッフの名前が流れている。そしてその最後に、


『制作 (株)悪ふざけ』


 ……またお前らか。とりあえず今度江末にも教えてやろう。

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