鵜久森優里は許さない③
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会長の家から帰る間際のこと。僕が会長が持ってきてくれた鞄を玄関で受け取っていると、話し声が聞こえたのか、おじさんと緑さんが玄関に出てきた。
二人は大きくなった優里の姿を見て感嘆の声を上げ、その成長を、まるで実の娘のように喜んでくれた。
「お母さんからお話は聞いていたけど、まさかこんなに可愛いお嬢さんになっているなんて」と緑さんが褒めれば、「走り幅跳びで活躍しているんだってなあ。おじさんも一度観に行きたいよ」と別の角度からおじさんが褒める。
そんな二人の言葉に我が妹は、エヘヘと照れを隠すように笑っていた。
優里はその後もご両親から質問攻めにされ、ずっと恥ずかしそうにしていたが、やはり褒められると嬉しいらしく、満更でもない様子だった。こういうところは中学生らしくてちょっと可愛い。
そして話に区切りがついたところで、会長とご両親にお礼とご挨拶をして、僕と優里は帰路についた。
そんなわけで帰り道。
「いやー、八千草家の方々はみんないい人だなーっ♪」
ふふーんっ♪ と嬉しそうにしながらルンルンの様子で歩く優里。会長のご両親に褒められたのがよほど嬉しかったのか、かなりご機嫌の様子だ。
「全く。みんなお前に甘すぎる」
僕は肺の空気をすべて吐き出すほどの大きなため息をついた。
「違うもん! お兄ちゃんが厳しすぎるんだもん」
優里は僕に非難の目を向けた。
いや、僕はむしろお前に激甘だから。ていうか今日のお前にそんな目で見られる筋合いは一つもないから。
「訳のわからないウソまでついて会長の家に突然やってきて。どういうつもりなんだお前は」
「あ、エヘヘ。やっぱりバレたか」
優里は小さな口からペロッと舌出した。なんだそのリアクション。昔の漫画のウザいヒロインか。
「バレたかじゃない。僕が何年お前の兄をやっていると思っているんだ」
「エヘヘ。やっぱり兄妹は心が通じ合っているんだね、お兄ちゃん♪」
僕は厳しく言ったつもりだったが、全く効果はないらしく、優里をニコニコと嬉しそうにこちらを見ている。
「で、何でわざわざ僕を迎えに来たんだ」
「何でって、九時を過ぎたからだよ?」
優里はキョトンと、当たり前でしょ? と言わんばかりの顔で僕を見つめた。
「は?」
そしてニコッと満面の笑みを浮かべ、
「お兄ちゃんはまだ高校生なんだから、こんなに遅くまで女の子の家に行ってちゃダメなんだよ?」
「……いやお前、たかが九時で」
優里はどういうわけか、僕が会長の家に遅くまでいたことにご立腹のようだった。遅くまでっていっても九時だけど。
「だめ! お兄ちゃんはいつもみたいに九時前にはおうちにいなきゃ」
「確かにいつもは帰ってるけど。でも逆にいつも早く帰りすぎて、父さんと母さんは心配しているみたいだぞ」
恥ずかしい話だが、実際に僕は遊びに行かなすぎて両親から心配されている。こいつ友達いないんじゃないかって。
一ヶ月ほど前も母さんが、
「あんたたまには夜に遊びに行ってきなさいよ。もう高校生でしょ」
と言ってきたので、
「夜? 夜にどうやって遊ぶんだよ。暗いのに」
と真面目に返したら、大きなため息をつかれて、「もういいわ。さよなら」と諦められた。解せぬ。
「いーの! パパとママが何て言おうと、お兄ちゃんはゆーのために早く帰ってくるの!」
我が妹ながら中々可愛い発言だった。どこまで本気なのかはよくわからんけど。
「……まあ別に普段は用事もないから帰るけどな。でも今日は会長の家に用事があったんだから仕方がないだろ」
「麗お姉ちゃんでもだめ! お姉ちゃんはすっごく優しくて素敵な人だけど、それでもだめ! むしろ素敵すぎるからだめなの。お願いお兄ちゃん。夜はどこにも行っちゃやだよ?」
「また訳のわからんことを」
「うぅー! お兄ちゃんが全然わかってくれない! あのね、未成年はね、夜は家族と過ごすべきなんだよ? だからね、お兄ちゃんは九時以降はゆーと一緒にいるべきなの」
優里は両手を上下にブンブン振りながら、高校生には通用するはずもない暴論を捲し立てた。
「……まあ夜は外出するつもりもないし、しばらくはそうするけど」
僕が曖昧な答え方をすると、優里はむーっとこちらを睨み、
「もー! ゆーはね、怒ってるんだよ? ほんとはね、お兄ちゃんが九時前までに出てきたら、偶然近くに来ていた風を装って一緒に帰ろうと思っていたの。でもお兄ちゃんぜんぜーん出てこないんだもん!」
と言って、ぷくーっと頬を膨らませた。そしてさらっと、
「ゆーは四時からお外で待ってたのに」
……何を言っているのかしらこの子。
四時から外で? 五時間も? ずっと?
「……冗談だよな?」
「いつもと違う場所にいるなあと思って駆けつけたら麗お姉ちゃんのおうちだし。全くゆーがどれだけ心配したか……」
…………。おい。
いつもと違う場所にいるなあと思って、だと? 何の連絡もしていないのにどうしてそんなことがわかる。
優里さん、全然グレーじゃなく、真っ黒だった説浮上。
「……優里。どうして僕が会長の家にいることがわかったんだ?」
僕が恐る恐る聞くと、
「ゆーはお兄ちゃんがどこにいたって居場所がわかるんだよ♪ ……大気圏内なら地下でも海外でもどこでも」
…………。
妹に監視され過ぎワロタ。これにはワシも大草原。
「お前、もしかして発信器か何かを僕の服や鞄につけていたり……」
こうなってくると考えられるのはそれくらいしかない。
何せ兄の部屋に盗聴機を仕掛けるほどの狂乱戦士だ。良く考えたらそれくらいしていても不思議ではない。
しかし優里は僕の言葉に吹き出し、
「発信器? あははははっ! いやだなーもうお兄ちゃんは! なんでゆーが発信器なんて付けなきゃいけないの?」
「そ、そうだよな。はははは。ちよっと安心した」
へ? 違うの? じゃあ別に僕のことを監視している訳じゃないと……。
「ゆーはそんな時代遅れな道具は使わないよ?」
はい。斜め上でした。ただ発信器以上の最新機器を使っているだけでした。
「そもそも発信器って時代遅れなのか!?」
「んー……。説明すると長くなるから内緒♪」
いや、そんな可愛い笑顔を向けられても。知識がありすぎて恐怖しか覚えないわ。
兄に対して予想を超える狂気を見せ続ける我が妹。どうやら兄の言葉にも社会のルールにも縛られるつもりはないらしい。
この子、本当に不安。どうしよう。




