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鵜久森春は真実を知る⑨

 僕と会長は無言のまま二階に上がり、会長の部屋の中へと入った。


 会長は一体これから僕にどんな話をするんだろうか。


 今までの状況を整理すると、会長に婚約者がいると思い込んでいたのは僕だけで、実際にそんな人物は存在しなかった。僕が三年間、ずっと一人で勝手な勘違いをして、勝手に会長から離れて、勝手に自分自身を納得させていたということだ。


 ……何この圧倒的なピエロ。超絶怒濤の一人相撲。自分が愚かすぎて辛い。最寄りのお寺で出家しようかしら。


 会長は部屋の中央辺りで足を止め、僕に背を向けたまま大きな深呼吸をした。


 後ろ姿だから良くは見えないが、自分の気持ちを落ち着かせるために、胸の辺りに手を当てているようだった。

 そして会長はクルッとこちらを振り返り、真っ直ぐ僕の目を見て、


「先に言っておくけど、私に婚約者なんて存在しないわ」


 と、強気に言い放った。

 

 しかし強気に言いはしたものの、真っ直ぐな瞳は徐々に泳ぎだし、顔には不安な表情が露骨に表れている。


 どうなら虚勢を張っているようだ。


「じゃあ今まで言っていたのは何だったんですか」


 と、僕は冷静に聞き返す。


「そ、それは……これからちゃんと説明するわ」


 強気な様子は既に消え失せ、少し俯く会長。


「ていうかさっき言ってましたけど、婚約者がいるのと結婚する相手が決まっているのって何が違うんですか」


 僕が追及すると、俯いていた会長は顔を上げ、眉を少し八の字ににして、


「それは……全然違うの」


「僕にはそこが全然わからないんですけど」


 どう考えても一緒だろ。でも緑さんは会長にそこを聞けって言っていたしなあ。


「……婚約者っていうのは、親が決めたりした結婚を約束した相手ということよね」


「まあそうでしょうね」


「私が結婚する相手はそんなじゃないわ。私か自ら、私の意志で決めたの」


「会長が?」


「ええそうよ」


 なるほど。だからご両親がご存じなかったのか。


「じゃあ親関係なく、その相手と二人で結婚の約束をしたってことですか?」


「ぐっ……! そ、それは本当はそのつもりだったんだけど……上手くいかなくて……」


 会長は徐々に声のトーンを落とし、下を向いた。


「……え」


 衝撃的な発言だった。


 本当はそのつもりだった、ということは、実際は会長とその相手は結婚の約束をしていないということになる。


「それって、会長が勝手に言っているだけってことですか……?」


「うっ……」


 会長の表情は図星をつかれたと言わんばかりだった。

 

 ……マジか。


 全身を言葉に表せない脱力感が襲った。

 約束をしたわけでもない相手だったら、あの時の僕にもチャンスはあったんだろうか。でも会長は未だに相手に気持ちかあるみたいだし、どの道どうにもならなかったかもしれない。


「……つまり会長の片想いだったと」


 僕が誰に言うわけでもなくぽつりと言うと、


「ち、違うもん……。ぜったいぜったい両想いだもん……」


 と、会長は瞳を潤ませた。


「いや、ちょっ……! 会長! 泣くのは無しですって!」


「だって……」


 そうか。そこまで強い想いで片想いを続けていたのか。これはどっちにしろ、僕が入り込む隙間なんて無かったんだな。

 勘違いをしていてもしていなくても、どっちにしろピエロじゃないか。

 ははは……。何年も前に諦めたことだけど、何だか寂しいな。


「だってじゃないですよ。はぁ……。全くそいつも幸せ者ですね。会長にここまで想われて」


 少し皮肉めいたことを言ってしまっただろうか。いや、でもこれくらいは言っても構わないだろう。


「幸せ、なのかしら」


 会長は再び困ったように眉を曲げた。 


「そりゃそうですよ。一体どんな人間なのか教えて欲しいくらいです」


 しょうもない人間だったら嫌だなあ。どうせだったら僕が勝手に妄想していた婚約者くらいにメチャクチャなスペックであって欲しいな。まあ知ったところでどうにもならないし、知る機会も無いんだろうけど。


「……いいわ。教えてあげる。その代わり、ちゃんと聞いててね?」


 僕は軽口で言ったつもりだったが、会長の表情は真剣だった。僕は上手く口から言葉が出て来ず、「あ。はい」と気の抜けた返事をしてしまった。


 会長はゆっくり僕から視線を外し、部屋の壁を見つめながら話し始めた。  


「その人とはね、小さい頃からずっとずーっと一緒なの」

  

 僕はただ立ち尽くし、会長の言葉を聞くしかなかった。

 これから僕は、昔大好きだった人の、一番好きな人間の話を聞くことになる。

 逃げ出したい衝動に駆られたが、自分から聞いた手前そんなわけにもいかない。


「その人の顔を見るだけで元気になって、一緒にいると楽しくなって、お話をすると暖かくて幸せな気持ちになるの」


 会長はそんな僕の気など知らず、緊張感を漂わせながらも淀みなく言葉を進める。


「周りからは無愛想とか勉強サイボーグとか言われてるけど、本当はすっごく優しくて、私のことを一番理解してくれている男の子なの」


 無愛想で勉強サイボーグか。そこは僕と一緒じゃないか。ははは。親近感を感じている場合じゃないか。


「そうですか……。でも良かったです。会長が好きな相手が心優しい人間みたいで」


「うん……。本当に優しいの。飼っていたクワガタの三回忌を開くくらい」


「それは相当やさ……」


 待て。飼っていたクワガタの三回忌……? それは僕が小学生の時にやっていたことじゃないか。会長の片想いの相手も偶然同じことを……。


 いやいや待て。そんな愚行を働く人間が身近に二人もいてたまるか。

 会長の幼なじみが偶然二人ともクワガタの三回忌を行う確率なんて、はぐれメタルを三匹連続で仲間にする確率より低いだろう。


 僕が会長にどういうことなのかを追求しようとすると、それと同時に、部屋の壁を見ながら話していた会長が、僕の方へと視線を戻した。


 その瞳には少し涙が溜まっていたが、僕を見つめる視線は力強く、そして真剣な眼差しだった。


「……ハルくん。あのね。私がずっと言っていた相手っていうのはね」


 会長は少し間を置いた。


 その静かな一時に、心音が速まる。


 恐らく時間にすると二、三秒のことだったが、これまでの色々な思いが頭の中を駆け巡った。


 そして、


「ハルくんのことだよ?」


 と会長は言い切った。

 瞳から流れた涙が一筋頬を伝い、その唇を震えているようだった。


「……え」


「小さい頃からずっとずっと」


 思考が追い付かない僕に対し、会長は言葉を進める。


「あなたのことが好き」


 僕と目が合った会長は潤んだ瞳のまま、優しく微笑んだ。

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