鵜久森春は真実を知る⑦
「でもあなた。そんなハルちゃんが高校のテストで学年トップなんですって」
緑さんはおじさんに向けて嬉しそうに話した。
緑さんまで僕の成績を知っているのか。うちの母さんが何かの時に話したりしたのだろうか。
でもあの人は勉学には超絶無関心で、この間成績表を見せた時も「……は? 何? 自慢?」と、母親とは思えない表情で言ってきたからなあ。とても息子の成績を他所に自慢するとは思えない。
「ああ。もちろん知っているよ。先週麗が嬉しそうにハルちゃんがすごいって報告をしていたじゃないか」
「へー……。会長がですか」
なるほど。会長が話していたのか。確かにこの間部室で話したときには既に知っていてくれたし、学校での話をお家でしているみたいだもんな。
僕が会長の方を見ると目が合った。
会長はハッとした表情を浮かべた後に、ばつが悪そうに視線を逸らし、
「わ、悪いかしら。旧知の仲である鵜久森くんの努力を両親に報告するのは当然のことだと思うけれど?」
と、腕を組んで、こちらを見もせずに言った。
「いや悪くはないんですけど」
まあ別に悪い気はしない。むしろどちらかと言うと嬉しい。
僕のことを楽しそうにご両親に話す会長……。
目をキラキラ輝かせて、「ねえねえパパ! ママ! 聞いて聞いて! 鵜久森くんがごいの!」とかそんな感じか?
……ヤバい。冷静に思い浮かべると、すごい心にグッと来るんだけど。
「いやあ。すごい頑張っているんだなあハルちゃんは。麗もハルちゃんを見習わないといかんなあ」
おじさんは染々とそう言い、ビールの入ったグラスを口に運ぶ。
「いえ、そんなことないですよ。勉強しかしていない僕なんかより、生徒会長を務めながら学年四位に入っている麗さんの方がよっぽどすごいです」
おじさんの言葉は自分の娘に対しての謙遜であることはわかっていたが、僕は反射的に会長のフォローをしていた。
最近キャラが崩れてきているけど、この人本当は生徒からも教師からも信頼が厚い才色兼備の生徒会長なんだよなあ。
いつも涼しい顔をして何でもこなしちゃうけど、実は陰ですごい努力をしていることを僕は知っている。
「うふふ。ありがとうハルちゃん。ハルちゃんは高校生になっても麗のことをしっかり見ていてくれているのね」
緑さんが柔らかい微笑みで僕にそう言うと、おじさんもうんうんと頷き、
「ハルちゃんのような理解者がいて本当に良かったなあ、麗」
と、会長に話を振った。
……なんかすごい恥ずかしいんだけど。この両親公認の恋人みたいな雰囲気。
まあでもそれもすべて勘違いなんだけどな。この人には中学生の時から決まった婚約者がいるんだ。僕のようなボウフラと深い仲になるはずがない。
会長。ここは否定しないと。あなたには家柄の良いイケメンの婚約者がいるんですから。両親公認のボウフラなんていらないでしょ。
「う、うん。まあそうね……」
しかし僕の予想に反して、会長は少し恥ずかしそうに俯きながらそう言った。
……なんで肯定するんだよ。しかも満更でもなさそうなその態度。これじゃあまるで本当に親公認のカップルみたいじゃないか。
下を向いていた会長は、少し間を置いてからゆっくりと僕の方に視線を向けた。
「……鵜久森くん。その、どうして私の順位を?」
いやいや。そんくらい知ってるわ。うちの学校は十位まで掲示板に貼り出されるだろ。むしろ自分が一位なのは知ってたから、一番最初に会長の順位を探したくらいだし。
「いやそりゃ知ってますって。中間が五位で期末が四位でしょ?」
「……私の順位になんて興味ないと思ってたわ」
「そんなわけないでしょ。そもそも僕がこんなに一緒懸命勉強しているのは会長に負けたくないからですし」
僕の言葉に会長は少し驚いた顔をし、
「そう……なの?」
「会長は知らないでしょうけど、中学校の時もずっと勝手に勝負してましたよ」
中学校に入り、会長と疎遠になった後も、僕は会長に勝ちたくて、認めてもらいたくて、気が付いて欲しくて、ずっとずっと勝手な勝負を続けていた。
……あれ。今考えるとこれってストーカーっぽいか? まあいいか。誰にも迷惑は掛けてないし。
「う、嘘……」
「僕が中一になってから今回ので十二回目の勝負だったんです。で、今までの戦績は……」
「……知ってる」
僕の言葉を遮った会長の目には、何故か涙が溜まっているように見える。
「え……?」
「六勝四敗二分けで私の勝ち越し。でしょ……?」
「そ、そうですけど、どうして……」
僕が誰にも言わずに勝手にやっていた勝負の勝敗を会長も知ってた。
これはつまり……。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」
会長は目に涙を溜めたまま、僕に非難の目を向けた。
「いや、会長は僕のことなんてどうでもいいと思ってましたし……」
僕の言葉に会長は両目の涙を拭い、
「……そんなわけないでしょ! 昔みたいに『ららちゃんテスト勝負しよー!』でいいじゃない! ハルくんのバカ!」
涙声から一転、僕に向かってそう叫んだ。
な……僕が悪いのかよ! 婚約者がいるなんて聞いたら、今まで通りに接するわけにいかないだろ。
「言えないですよそんなこと! ていうかバカじゃないし! 今回のテスト順位は勝ってるし!」
叫び返した言葉は自分でも驚くほど幼稚なものだった。でもこうなったら言い返さずにはいられない。
「な、何よそれ! 小学生みたいなこと言って! 次のテストは絶対、ぜえーったい負けないんだから!」
会長も力一杯僕に向かって叫ぶ。まるで小学生の口喧嘩だ。
でも、そう叫ぶ会長の表情は、心なしか嬉しそうでもあった。
「やってみればいいですよ! 絶対に返り討ちにしますから!」
そんな僕たちの、五年経ってもちっとも変わらないやり取りを見て、
「あらあら。ここまで仲が良いとなんだか恥ずかしくなってきちゃうわね。ねえ、あなた」
と、緑さん。
あ、やばい。そういえばご両親の前だった。お二人の一人娘を返り討ちにするとか言っちゃった。大丈夫かしら。
「はははは! そうだな母さん。これはもうハルちゃんにうちに婿に来てもらわないとなあ」
お酒が回っているのか、おじさんもかなりの上機嫌だ。
「な、ば、ちょ……! 何を言ってるのパパ!」
会長は即座におじさんに向かって叫ぶ。しかしおじさんはそんなことを気にも止めず、
「ん? そんなにおかしなことを言ったか? 麗はいつも絶対にハルちゃんと結婚するって言ってたじゃないか」
「そ、それは小学生の時の話でしょ! 今はもう二人とも高校生なのよ!?」
顔を真っ赤にして全力で否定する会長。
「……はははは。そうですよおじさん。それに麗さんには婚約者がいるじゃないですか」
「婚約者……? 麗に?」
おじさんは怪訝そうな顔で僕に聞き返した。まるで「何の話をしているんだ?」と言わんばかりの様子だ。
「……えーっと、麗さんには高身長高収入高学歴に加えてスポーツ万能のイケメンで料理上手で口や体から嫌な臭いがしない婚約者がいるんですよね?」
「……? 母さん。ハルちゃんは何のことを言っているんだ?」
「うーん……。そうねえ。私にもわからないわ。麗?」
待て待て待て待て。二人が決めたんじゃないの? 婚約者って普通そういうもんだよねえ? 両親が知らないなんて有り得ないよねえ? 会長!?
僕たち三人の視線が会長に集まる。
会長は自分に集まった視線に一瞬表情を強張らせたが、すぐにコホンと一つ咳払いをし、
「…………わ、私も知らないわ。一体何のことかしら、鵜久森くん」
……そんな馬鹿な。




