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鵜久森春は真実を知る⑥

 会長に連れられ居間に入ると、おじさんは既に帰ってきていた。

 凛々しい眉毛に、眼鏡を掛けていてもわかる会長に似た力のある目。顔は少し日焼けをしており、白髪混じりの頭髪は整髪料で整えられていて清潔感がある。

 相変わらずかっけえ……。まさしく渋い四十代といった感じだ。うちの父親と高校からの同級生で親友ということらしいけど、とても同じ高校生活を送っていたとは思えない。

 あの人この間、「好きなもの? ガンダム☆」とか満面の笑みで言ってたもん。小学生か。会長のお父さんは絶対言わないよなあ。


 そんなことを考えたまま、僕が居間の入り口に立っていると、銀縁の眼鏡の下から鋭い眼光がこちらに向いた。


「おお! ハルちゃん!」


 低音の渋い声でハルちゃん。そうだった。おじさんにもそう呼ばれていたんだった。

 僕に気付いてくれたようで、鋭い眼光から一転、穏やかな笑顔でこちらに向かって手を挙げている。


「ど、どうも。お久しぶりです」


 僕がペコリとお辞儀をすると、おじさんは立ち上がって僕の方に向かって歩いてきた。そして僕の目の前までやってくると、爪先から顔までを染々と眺めて、


「いやー本当に大きくなったな」


 そう言われると何だか少し恥ずかしい気分になった。確か最後に会ったのは中一の時だったっけ。その時からは三十センチ以上大きくなっているもんなあ。


「久しぶりにおじさんや緑さんとお会いできて嬉しいです」


「はははっ。ハルちゃんもそんなことが言えるようになったか。嬉しいのは私たちも一緒だよ」


 おじさんがそう言うと奥から緑さんも出てきて、


「うふふ。昔のハルちゃんだったら挨拶なんか後回しで、『ねえ晩御飯まだ?』って言っているわね」


「いや、いくらなんでも言いませんよそんなこ……」


 と、言っている途中で、緑さんが両手に持つ物体に一瞬で心を奪われた。

 ふ、船だ……。木でできた船に見たことのない量の刺身が鮮やかに盛られている。

 ……何このとんでもないご馳走。こんなに豪華なの美味しんぼでも見たことないんだけど。これって船盛ってやつだよなあ。家庭の食卓にでこれが並ぶ家があるのかよ。


「どうしたの? 口を開けたまま固まって」


 会長は不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。


「いや、すごい豪勢なお刺身だなと思いまして……。何かお祝い事でもあるんですか?」


 普通だったら余程のお祝い事がないと出てこないだろう。まあうちだったらお祝い事があっても唐揚げとかだけどな! 好きだからいいけどね、唐揚げ。


 僕が聞くと、緑さんは優しく微笑んで、


「うふふ。何を言っているのハルちゃん。あなたが来るって聞いていたから準備していたのよ」


「え、僕のためにこんなご馳走を……?」


「私たちはハルちゃんと久しぶりに食事が出来るのを楽しみにしていたんだ。これくらいするさ。さあ、二人とも手を洗ってきなさい。皆で食事にしよう」


「そうね。鵜久森くん、行きましょ」


 会長は未だに棒立ち状態の僕の手を引いた。


 ええええええ何その暖かすぎる歓迎! 幼馴染みが久しぶりに来ただけだぞ!? 普通なのか? この家庭ではそれが普通なのか!? 来客があったら船盛が出てくる家なのか!?

 あ、だったら僕、FA宣言してここの家の子になろうかしら。唐揚げも好きだけど、やっぱり船盛の勝ちだよね☆



 そんなわけで食事になった。船盛以外にも天ぷらやら鶏肉の煮たやつやら美味しそうな料理が食卓を埋め尽くした。

 しかもこれ、刺身を含めて全て緑さんが用意したらしい。刺身の魚はわざわざ漁港近くの市場で買って、それを自ら捌いて盛り付けたということだった。


「ハルちゃんが来るから頑張っちゃったわ。お口に合うといいのだけれど」


 と、胸を張りながら少し自慢げに微笑む緑さん。

 なんて素敵な人なんだ……。さっき僕に突撃してきた人とはとても思えない。


「どれもすごい美味しそうですね。なんか自分には勿体ない気が……」


「うふふ。遠慮しなくていいのよ。今日はハルちゃんのために作ったんだから」


「で、では、いただきます……」


 まずは船盛の白身に箸を伸ばす。そしてそのまま口へ……。


 なっ……何!? て、適度に乗った脂に、舌の上にじわりと拡がる淡白な味わい。しょ、醤油を付けていても魚の味がしっかりと自己主張をしてくるだと……!? 一体どれだけ新鮮な魚を使っているんだ……! そ、それに見ろ! この切り身の端を! くたびれることなくピンッと立ったまんまだ! 魚の身の組織を極力傷付けない大胆で繊細な包丁捌き……! これが出来る職人は日本でもそう多くは……。


「鵜久森くん。うるさいわ。頭の中が」


 会長はピシッとした姿勢で食事をしながら、こちらを見もせずにそう言った。


「あ、ごめんなさ……っていや待て。頭の中は自由だから! そこは僕の聖域(サンクチュアリ)だから!」


 ちいっ! 興を削がれた。まあいい。刺身だけではなく他の料理の味も見させてもらおう。もぐもぐごっくん。


「ひいいいいい! 美味しいいい! 全部美味しいいいいいいい!」


 叫ばずにはいられなかった。料亭だよお……。これ、完全に高級料亭の味だよお……。外食なんて日高屋しか行ったことないけど。


「うふふふ。良かった。なんだか昔のハルちゃんに戻ってきたみたいね」


 緑さんは嬉しそうに僕の方を眺めている。


「ははははっ。そうだな。あの頃のハルちゃんはとにかく元気でやんちゃだったなあ」


 おじさんは懐かしそうにそう言うと、グラスに残っていたビールをグイッと飲み干した。


「え、な、僕がやんちゃ……?」


「特に小学校低学年の時はとにかくやりたい放題でな。いやー、本当に可愛かった可愛かった」


「え、そうでしたっけ……?」


 やんちゃでやりたい放題? 確かに昔は常に元気で活発だった。でも他所様のお家でやりたい放題をした覚えはあまりないんだけど。


「うちの和室の畳と畳の隙間に食べ終わったアイスの棒を捩じ込んだり」


「な……!」


「和室の掛け軸の書家の署名の下に『(前科三犯)』と付け加えたり」


「が……!」


「知らない間に冷蔵庫の豚肉を全部しょうが焼きにしていたり……」


「ばあああああああ何をしとるんだ小学生の僕はああああ! う、嘘ですよね? おじさんの小粋な冗談ですよねえ!?」


「母さんのブラジャーをヌンチャクにして私に戦いを挑んできたこともあったな」


「ひいいいいい! もうやめてえええええ!」


 しかもそれはちょっと覚えているううううう!


「そんなハルちゃんがなあ……」


 いや、どんなハルちゃんだよ! 恥ずかしすぎるわ! 何なんだ僕は! 無政府主義者か! 世紀末覇者か! 人間は己一人(おのれひとり)か!

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