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鵜久森春は真実を知る③

***


 私は二人で一つの机を使うことに驚くハルくんを尻目に、冷静を装って席に着いた。

 ハルくんは気付いていないようだけど、これまでの私の落ち着いた立ち振舞いは、最初から今現在まで全て虚偽(ブラフ)だ。本当は今にも口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしている。

 ここまでは信じられないくらい順調にことが進んでいるわ……。私が思い描いていた通りの、最高の空間が演出されている。ハルくんの反応も、二人の距離感も、場の雰囲気も。全てが理想の状態だわ。自分でもここまで上手く行くなんて微塵も思っていなかった。この日のためにネット通販で買った女の子らしいワンピースと、思い切って変えてみた髪型が良かったのかも。

 いずれにせよチャンスよ。チャンスだわ! このままこの雰囲気を保って行けば、どんどん二人の心の距離が縮まって、もしかしたら今日のうちに……。いやあああん♥ ハルくんったらダメよ! 私にだって心の準備があるんだから。そりゃあ準備ができていないのかった言われたら、もちろんできてるわよ? ハルくんが私の部屋に来たときのイメージトレーニングなんて、何百回も、何千回もしてきたんだから♪ でもいくら私がお姉さんだからって、そういう大切なことは男の子のハルくんにリードして欲しいな。いつもは奥手なハルくんが、部屋で二人きりでいい雰囲気になった途端、私の目を見て「麗、好きだよ」って……きゃああああん♥ 最高よ! 最高だわ!


 私が思いを巡らしていると、ハルくんが遠慮がちに私の隣に座ってきた。

 ひいいいいいい! そう言えば私の部屋に来てるんだったあああああ!

 あ、危ないわ……。妄想に耽りすぎて部屋に自分一人だけだと勘違いしてしまったわ。

 ちゃんと正気を保たないと……って、それにしても近いわね。自分で考えた配置だけど、中々ハードルが高いわ。さっきから左腕を中心に猛烈に汗をかいているし……。おそらく五十センチもない。いつ腕と腕がぶつかってもおかしくない距離……。

 うううぅーっ! ま、またドキドキが、キュンキュンが止まらなくなっちゃううう……! もうこれだけ近いんだから、事故に見せかけて、ぎゅって抱きついちゃおうかしら。今日はいつもと違う大人向けの香水もしてるし? お洋服だって可愛いのを着ているし、髪型だって頑張ったし! 

 あ、何だか行ける気がしてきたわ! むしろ今日攻めないで、いつ攻めるっていうのかしら! 決めた……。私、行くわ。やってやるわ! こうなったら粉骨砕身よ!!


「え、えい……!」


 私は意を決して自分の身体を預けるようにハルくんにもたれ掛かった。


 こつん。


 私の頭が優しくハルくんの首元から肩の辺りに触れる。

 まるでベンチに並んで座る恋人同士のように。


「へ……? か、会長!?」


 突然の私の行動に驚いたハルくんが、裏返った声で反応した。


 あ、ハルくんの匂いだわ……。懐かしくて大好きな匂い。うふふ……なんて幸せなの。とてもあったかくて素敵な気持ち。ずーっとこうしていたいな。……あ、でも私の椅子がキャスター付きだから、もたれ掛かった反動で徐々に座っている下半身が反対方向に動いいいいい……。


「でぃいいいいいいぃーっげふッ!」


 私は体重を預けていたハルくんの肩からずり落ち、絨毯に顎を強打した。


「ぐうううぅ。痛いぃ……」


「……大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃない。恋人気分から急行直下の顎ダイブ。精神的にも身体的にもかなりのダメージを食らった。

 私は本当に何をやっているのかしら。自分をメリケンサックでぶん殴りたいと思ったのは生まれて初めてだわ。こんなに変なことばかりしていたら、さすがにハルくんだって……。


「全く。椅子で遊ぶからですよ。たまにそういう子供っぽいところがあるんだから」


 ハルくんは絨毯に倒れたままの私に対して、やれやれといった様子で手を差し出した。


「……へ?」


 私がハルくんの行為を理解できずに驚いていると、


「ほら。立てますか? 勉強するんでしょ?」


 ハルくんは更に手を前に出した。

 ももももしかして、手を取れと言っているの!? ハルくんの御手を!?


「どうしたんですか? しないんですか勉強」 


「ふ、ふぁい……。しましゅ」


 恐る恐るハルくんの手に向かって自分の手を伸ばす。

 私が手を乗せると、ハルくんは私の手をギュッと握り、そのままグッと力を入れて私の体を起こしてくれた。

 ひいいいいい! 何なのこの神展開!! 御手を握り申したああああ! ハルくんの御手を握り申して、起き上がらせてもらい申したあああああ!


「ハルくん、ありが……きゃっ!」


 起き上がった時の勢いが余ってハルくんの方に倒れ込んでしまった。自然とハルくんの胸に飛び込んだような体勢になる。


「……がッ!」


 私は幸せすぎて失神しそうだったので、自ら舌を噛んで正気を保った。

 だ、ダメよ麗! ここで意識を失っては勿体無いわ!口の中からダバダバと血が流れてくるけどそんなもの無視よ!


「ごめんなさい、倒れ込んでしまって」


「……い、いえ。大丈夫ですけど。ちょっとビックリしました」


 も、もう! そのちょっと恥ずかしそうな感じがいじらしすぎてたまらないわ! そのままギュッてしてくれてもよかったのにぃ♥


「……つ、続きは勉強が終わってからにしましょ? 私たち、一応勉強するために集まったんだし! 焦る必要なんて別にないし……」


「そ、そうですね。まずは勉強を…………」


 ハルくんはそう言いかけたところで言葉を止めた。そして少し考えるような素振りをし、


「会長。続きって何のですか?」


「え……」


 …………。


 ひいいいいいいいい!何を口走っているの私いいいいいいい! 

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