鵜久森春は真実を知る②
そんなわけで二階の会長の部屋の前にやってきた。会長はドアを開けてそのまま中に入ったが、僕は入り口の前で止まったまま。会長はそんな僕に気が付き、後ろを振り返った。
「どうしたの? 入って?」
会長が不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「いや、入りたい気は山々なんですが、心の準備がその……」
幼馴染みとはいえ高二の女子の部屋だ。女子高生の部屋は男子にとって秘密の花園。昔のように「それーっ☆」と気軽に入るわけにはいかない。
しかし会長はそんな僕の気など一切知らず、
「? 何をおかしなことを言っているの?」
と、訝しげな様子で首を傾げた。
「だ、男子には色々あるんです! 女子の部屋なんて久しぶりだから緊張するんですよ!」
「緊張……? 鵜久森くんが? 私の部屋で?」
ダメだこの人。男子が女子の部屋に入るのがどういうことか全然わかってない! ていうかそもそも会長は僕を部屋に呼ぶことを何とも思ってないのか……?
「……まあいいです。とりあえず失礼します」
これ以上説明するのも面倒だったので僕は会長の話を遮り、恐る恐る部屋の中へと入った。
こ、これが会長の部屋か……。
カーテンやベッドのシーツなどが白系の淡い色で統一されており、机や棚も主張の強くない色味の木目調のものばかりで、爽やかな空間が演出されている。それに加えて部屋の隅々にまで整理整頓が行き届いており、とても清潔な印象を受ける。女の子特有のきゃぴるん☆した感じが一切無いのもいい。まさか会長の部屋がいつの間にかこんな女子力の高い部屋になっているとは……。
「……あまり部屋をジロジロ見ないでくれるかしら」
しまった。どうやら知らぬ間に見入ってしまっていたらしい。
「え? あ、いや……。素敵なお部屋ですね。昔と全然違うのでびっくりしました」
「確かにそうね。机も変えたし、あの頃はまだベッドも無かったかしら」
「はい。僕は勝手にあの頃のままを想像していたので、これだけ変わっていると、何だか変に緊張しちゃいますよ」
「うふふ。いいのよ? いつも通りで」
簡単にそう言うけど、それが中々難しいんだよなあ。可愛らしくて爽やかな私服姿の会長に、モデルルームにでもなりそうな清楚な部屋。すべてが非日常的すぎて、僕は先程から一人で勝手にドキドキしている。
「そうですよね。ははは……。善処します」
「それともあれかしら。もしかして二人きりだからドキドキしているのかしら」
会長はいたずらっぽく笑った。胸の内を見透かされたようで、思わず心臓が跳ねる。
「そな……! ま……」
否定しようとしたが動揺して言葉にならなかった。ぐっ。なんて情けない。こんなちょっとからかわれたくらいで動揺するなんて。
しかし会長は僕の動揺など気にも止めず、
「さ、早速勉強しましょ♪」
と楽しそうだ。
「そ、そうですね! やりましょう!」
僕の方は空元気で返事をするのが精一杯でなんだか悔しい。この余裕の差。どうしてこうなった。
「荷物は適当に置いて?」
「はい。ありがとうございます……」
会長は部屋の端に置かれている椅子を「よいしょ」と持ち上げた。その椅子は多分僕の椅子だよな……。当たり前だけどこの部屋には勉強机が一つしかない。会長は勉強机で勉強して、僕はちゃぶ台か何かを出してそこでやるものだと思っていたけど、その椅子を運んでいるということは……。
「会長」
「何かしら?」
会長は運んだ椅子を勉強机の前に置いた。
「この部屋でどうやって二人で勉強するんですか?」
「どうやってって、この机で横並びでやるのよ」
「え! この机で!? 隣で!?」
完全に一人用の勉強机だ。自習室や図書館の長い机を二人で使うのとはわけが違う。
「当たり前じゃない。わざわざ家にまで来てもらったのに別々にやってどうするのよ」
「ぐっ。まあ確かにそうなんですけど……」
この一人用の勉強机で、会長と肩を並べて勉強か。全く集中できる気がしないんだけど……。
「さ、座って? 始めましょ?」
狼狽えている僕に対して、会長は全く意に介していない様子で、鼻歌を唄いながら勉強の支度を始めた。
そ、そうか。よく考えたら勉強をするだけだもんな。何も緊張する必要ないじゃないか。会長とはテスト前に部室で一緒に勉強したことだってあるんだし。それにどんな環境であっても一度集中してしまえば一緒だ。
あ、そう考えたら何か気持ちが楽になってきたかも。
「じゃあ僕はこっちの左のスペースをお借りしますね」
「わかったわ。じゃあ私はこっちね」
会長は右側のスペースに参考書と筆箱を重ねた一式をドカッと置き、椅子に腰を掛けた。早速数学Ⅱの問題集をパラパラと捲っている。
よし。僕も座って始めるか。スペースの狭さ以外はいつもと同じ環境だし、二年生と一緒に勉強ができるいいチャンスなんだから集中しないと。
意を決して席につく。
……近い、近いぞ。これはもう気を付けていないと腕と腕がぶつかる距離だ。こんな状況で勉強なんて厳しいだろ。僕は会長の様子を確認するためにチラッと右に視線を送った。
すると、予想以上に距離が近く、至近距離の会長の横顔が視界を覆い尽くした。
だあああああやっぱり近ええええええ!! これはもう息づかいまで聞こてくえる距離だなあ! 絶対に集中できないなあ!?




