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鵜久森春は真実を知る①


 七月末の土曜日。僕は約束通り会長の家にやってきた。


「……相変わらず漫画みたいにでかいお屋敷だな」


 目の前にある八千草邸を見て、思わず独り言を呟いた。会長の御自宅は純和風のお屋敷で、とにかく大きい。小さい頃の記憶だから実物以上に大きく感じていたんだろうと思っていたが、今日久しぶりに来て、やはり圧倒的な大きさだった。

 そもそも来るのは何年ぶりだろう。中学に入ってからは来てないから少なくとも四年ぶりか。

 あの時はいつも会長と遊んでいたなあ。その後、中学に入ってからは疎遠になってしまって、僕にとって会長はどこか遠い存在になってしまったけど、高校生になってまたこうしてお邪魔することになった。なんか嬉しいような気恥ずかしいような……。

 とりあえずお邪魔するか。外でウロウロするのもお家に迷惑だろうし、会長も待っているだろう。

 僕は和風の玄関には少し違和感のある電子タイプの呼び鈴を押そうと手を伸ばした。しかし、押す直前で指が止まる。

 ……なんかめっちゃ緊張するんだけど。昔は呼び鈴も押さずに侵入していたのに。勝手に冷蔵庫も開けていたのに。「この家何円?」とか超失礼なこと聞いたりしていたのに。久しぶりすぎて初めて来る家よりも格段に緊張する。

 僕が玄関で迷っていると、急にガラガラッと戸が開き、勢い良く誰かが出てきた。


「きゃっ……! あ、ハ……鵜久森くん。来ていたのね。いらっしゃい」


 出てきたのは会長だった。薄い水色の生地に白い襟のついたワンピース姿で、白い脚がスラッと長く伸びている。綺麗な黒髪はいつものように下ろさずに上でまとめていて、頭の形がいいのか、うなじから首筋にかけて綺麗な曲線を描いている。


「あ……会長」


 ……美人なのは前々から知っていたけど反則だろこの私服姿。しかもぶつかった会長から、ふわっと爽やかな香りが漂ってくるんだけど。これが話に聞く香水というやつなのかしら。それとも生まれつき爽やかな柑橘系の体臭なの?


「早かったわね。今迎えに行こうかと思っていたところだったの。久しぶりで迷わなかった?」


「いや、まあ。ははは……」


「? どうかしたの?」


「い、いえ! なんでもないんです」


 私服姿が可愛くて見とれていましたとはさすがに恥ずかしくて言えない。


「そう? まあいいわ。上がって?」


「はい。……お邪魔します」


 会長に促されて玄関から中へと入った。圧迫感の無い高い天井にひんやりとした檜木張りの床。四年前と全く変わっていない光景に、思わず懐かしさを感じる。


「うわ、懐かし……」


「うふふ。鵜久森くんが家に来るのって本当に久しぶりよね。前は毎日ここで一緒に遊んでいたのに、なんだか不思議な気分だわ」


「本当にそうですね」


「じゃあ早速二階に行きましょうか」


 僕が優しく微笑む会長に連れられて二階に上がろうとすると、


「ハルちゅああぁぁーん!!」


 突然、僕の名前を呼ぶ女性の絶叫が聞こえてきた。


「え……!? な、何? 僕?」


 次第にその声は大きくなる。声の方向を見ると、会長にそっくりな顔の和服姿の美人が、僕の名前を叫びながら猛烈な勢いで走ってきていた。


「なな……!?」


 そしてそのまま、僕の体を目掛けてダイブし、覆い被さるようにしてギュッと抱きついてきた。


「げふっ……」


 僕は体にそれなりのダメージを受けつつ、何とか飛び込んできた女性を受け止める。

 この人は……。


「ハルちゃん! 久しぶりに来てくれて嬉しいわ♥ こんなにイケメンになっちゃって♪ でも昔の面影もちゃーんと残っていてホントに可愛い♪ あ♪ おばさん、久しぶりにハルちゃんの頬っぺにちゅーしちゃおうかしら」


「な、ま、ちょ……(みどり)さん! 落ち着いてくださ……」


 僕に抱きついてきた女性は会長の実のお母様だった。八千草緑(やちぐさみどり)さん。いつも和装の大和撫子で年齢不詳。そんでもって見た目や行動など色んなところが会長にそっくり。

 確かに昔、緑さんはは僕にいっつも抱きついて頬擦りをして、とにかく可愛がってくれていたけど、それって幼稚園とか小学校低学年の時だよ? 今もう僕は多感な時期のの高校生だよ? 会長のお母様とはいえ、こんな美人に激しいスキンシップをとられると、死ぬほど恥ずかしいんだけど……。


「ママ!? やめて! 鵜久森くんが困ってる!」


 会長は慌てた様子で緑さんを引き剥がしに掛かった。いつもなら会長が暴走する側なので、こんな状況は滅多に見られない。

 会長が声を掛けながら引っ張ってくれたお陰か、緑さんが僕に抱きついていた力がふっと抜け、


「はっ! あらやだ私ったらいけない」


 と、我に返った。どっかの誰かさんが暴走した後と全く一緒だ。

 緑さんは佇まいを直し、わざとらしく二つ咳払いをすると、僕に向かって、改めて穏やかで優しい笑みを向けた。


「ごめんなさいね、ハルちゃん。ハルちゃんが久しぶりに来てくれたのが嬉しくて、おばさん暴走しちゃったわ」


 良かった。どうやら正気に戻ってくれたらしい。落ち着いている時の緑さんは品があって美しくて、とても先程暴走していた人と同一人物とは思えない。


「……い、いえ。こちらこそご無沙汰してしまいまして」


「うふ。すっかりお兄さんね。麗が最近毎日ハルちゃんのことを楽しそうに話すから、どんな男の子になったのかが気になっていて、ずっと会いたかったのよ」


「会長が?」


「なっ……!! マ、ぐっ…………。そ、そうよ。家で鵜久森くんの話をさせてもらったわ。悪いかしら」


「いや、悪くはないですけど……」


 別にいいんだけど、なんでこの人偉そうに胸張って開き直っているの。


「うふふ。二人が仲良くしているところを見ていると昔を思い出すわ」


 緑さんは僕達二人を交互に見て、うふふと優しく微笑んだ。


「じゃあママ、私たちは上で勉強をしてくるから」


「はい。わかりましたよ。ママは二人の勉強のお供にお茶の準備でもしてくるわね」


「ありがとう。ママ」


「ありがとうございます」


「ハルちゃん、ごゆっくりね」


 緑さんは白くて綺麗な手を上品に振ると、台所の方へと消えていった。


「じゃあ鵜久森くん。私たちも行こっか」


「はい。よろしくお願いします」

 

 僕と会長は今度こそ誰にも邪魔されることなく、二人で二階へと上がった。

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