有金駆は落ち目の逆を行く②
「ぎゃんぶる……? 高校生が?」
綾辻は首を傾げながら最もな疑問を口にした。だが目の前の爽やかな二枚目の真剣な表情は冗談を言っているようにも見えない。
ギャンブルか……。あまり詳しくはないけど競馬やパチンコとかが人気なことは何となく知っている。
ただその二つにしたって十八歳未満ではすることが出来ないはずだ。
だとしたら有金は法律を犯して店に忍び込んでいるか、仲間内で何か非合法のギャンブルをやっているのかのどちらかということになる。
どちらも高校生がやることとして容認できるものではない。
「そうだ。今年の春からギャンブルに嵌っちまって抜け出すことができねえんだ」
有金駆は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべた。どうやらギャンブルをすること自体は自分でもよく思っていないらしい。
そんな有金に対して綾辻はいつものほわほわした雰囲気で、ノートにメモを取りながら質問を進めていく。
「ふぇー。ギャンブルねぇ。うーんと……具体的にどんなギャンブル?」
「すべてだ」
「すべて?」
「ああ。賭け事と名の付くことは合法だろうが非合法だろうがすべてやっちまう」
有金は苦悶の表情のまま項垂れた。そしてそのまま誰に向けて言うわけでもなく「畜生……!畜生……!」と繰り返している。
あれ……?こいつさっきまでちょっとやんちゃな感じのイケメンだったよな。なんか徐々に顎と鼻がとんがりだしてギャンブル漫画の主人公みたいな容姿に見え始めたんだけど。気のせいだよな。うん、きっと気のせい。
「畜生……!畜生……!」
有金は下を向きながら繰り返す。
そんなに辛いのか。だったら止めればいいのに。でも実際はそんなに簡単な止めれるものでもないんだろうなあ。
よくニュースの特集とかでパチンコに嵌っちゃう主婦の特集やってるけど、それが原因で離婚する人までいるみたいだし。
「畜生……!畜生……!」
有金は下を向きながら繰り返す。
そうだよなあ。爽やかな高校生活が始まると思っていたらギャンブルにのめり込んで抜けられなくなっちゃったわけだもんな。思わぬ落とし穴だったろうに。そう考えると同情できなくもないな。
「畜生……!畜生……!」
有金は下を向きながら…………おい、有金。さすかにちょっと長くないか。
「ハルくん。どうしよう。有金くんが壊れたCDプレーヤーみたいになっちゃった」
さすがの綾辻も困惑の様子だ。同級生のこんな様子を見てしまったら誰でもドン引きするだろう。
早くなんとか別の話題に転換したいが、今の有金にかける言葉が全く見つからない。
「この様子はかなり根が深そうだな」
「こういう時ってなんて声をかけてあげたらいいかなぁ」
「その『畜生……!』ってやつとりあえず止めて、かな。さあ頼む。綾辻」
「い、言えないよぅ。そんなこと」
綾辻は両手をブンブン振って無理無理とアピールした。
「じゃあいっそのこと有金に乗っかってみるか? 僕たち二人も項垂れて三人で『畜生……!』って繰り返していれば何か新しいものが見えてくるかもしれない」
「そんなことしたら独特の儀式をやっている部活だと思われちゃうよ……」
実際に項垂れて「畜生……!」と繰り返す高校生の三人組を想像してみる。うん。ダメだわ。放送できないわ。現代社会の新たな闇を生み出しちゃう。
「とりあえず落ち着くまで待つか」
しばらくそのまま有金のエンドレス「畜生……!」を見守っていると、ガチャリと部室のドアが開かれた。
「二人とも急にすまん。有金は……よし。ちゃんと来ているな」
部室に入って来たのは心から部の顧問、清沢愛先生(独身)だった。
綾辻の従姉であるこの先生は容姿端麗に加えて竹を割ったような気持ちのいい性格で生徒からも男女問わず人気が高い。
「あ、愛ちゃんだ」
清沢先生の登場に綾辻が「わーい」と手を振る。
それに応えるように清沢先生も軽く手を上げ、
「穂香。学校では先生だ」
「あ。そうだった。愛先生いらっしゃい♪」
「ああ。有金は…………ちっ。またあのモードに入っているのか」
清沢先生は「はぁ」とため息をついた後、ツカツカと有金の方に歩み寄った。
そして項垂れている有金の隣に立つと有金の頭の上で握りこぶしを作り、それをそのまま振り下ろした。
「ぐわっ……!」
突然拳骨を食らった有金は目に少し涙を浮かべ、頭を押さえながらキョロキョロと辺りを見回している。
清沢先生の細い腕からは想像できない重量感のある拳骨だった。ゴッという重々しい音がこっちにまで聞こえたぞ。痛そう。清沢先生は怒らせない方が良さそうだな。
「全くお前は。何が『畜生……!』だ。こっちが言いたいくらいだよ本当に」
「先生。こいつも江末に続いて先生の紹介ですか」
僕の言葉に先生はこちらを向き、
「ああ。大体の話は本人から聞いているか?」
「はい。少し聞きました。高校生にしてギャンブル依存症みたいで」
「そうなんだ。学校をサボってパチンコに行ったり、雀荘で打ち子として働いたり、場外馬券場で学年主任に見つかったり。入学してからのたった四か月で他にも言えないようなことを沢山している」
有金駆は予想の斜め上を行くとんがり具合だった。
しかも何?他にも言えないようなことって。やだそれこわい。これ以上聞きたくない。
ちなみに念のため改めて言っておくと十八歳未満のパチンコと競馬は法律で禁止されている。つまり有金駆は完全な無法者。本来であればうちのような私立の進学校にはいられないはずだ。
当の本人はと言えば清沢先生の隣で相変わらず苦悶の表情を浮かべながら「ぐっ……!」とか「がっ……!」とか良くわからないうなり声をあげている。うん、こわい。
「……なんでこいつ退学にならないんですか」
僕が聞くと先生は「はぁ」とため息をついてから、
「それがな、有金は校内で四人しかいない特別奨学生なんだ」
「あー。それで」
なるほど。そういうことだったか。それならこんなに滅茶苦茶な男が退学にならない理由も頷ける。
「とくべつしょーがくせい?」
綾辻には聞きなれない言葉だったようで、はてと首を傾げた。
「入試の成績が飛び抜けて良かったり学校指定の模擬試験で好成績を取ると学費が免除になって、しかも塾や予備校の費用まで工面してくれる制度だ」
と、先生。
「塾や予備校のお金まで!? 至れり尽くせりだね」
「だからその分ハードルがとても高い。東大に入るよりうちの学校の特別奨学生になる方が断然難しいと言われているくらいだ。なあ鵜久森」
「……ええ。まあ」
「ふぇー! すごい。有金くんってそんなに勉強ができるんだ」
「確かに少しはできる。でもまだだ。こんなもんじゃねえっ……!」
有金は綾辻の言葉に拳を握りしめた。
どうやら勉強の方には向上心があるようだ。ホントにもったいないなコイツ。こんだけイケメンで勉強もできるのにこの謎のキャラとギャンブル癖。人間として傾きすぎな気がする。
「有金は前回の定期テストも学年一位で、今年の春に受けた高校一年対象の全国模試で一万八千人中五位だ」
「全国五位!? ハルくん、有金くんは超天才だったよ!」
テンションを上げてはしゃぐ綾辻をどうどうと嗜める。確かに全国五位はすごいな。ちょっとした努力でどうにかなるものではない。
今の学力からして有金は旧帝大や医学部にも合格できる可能性が高い。そうなると実績を大きく打ち出したい私立の進学校としてはとても重要な存在になる。だから学校はこいつの悪行には目を瞑っているのだろう。
「有金。お前そんだけ賢いならギャンブルが如何に不毛なものかもわかるんじゃないのか?」
当たり前だがギャンブルはすべて店側が勝つように出来ている。パチンコだって競馬だってやり続ければいつかは確実に負ける仕組みになっているのだ。
トータルの収支をプラスにする一握りのプロも存在するが、たかがギャンブルに半生を捧げなければいけないことを考えると、とても正気の沙汰とは思えない。
「わかっている……。だから毎日やめようとは思うんだが……多分ダメ。いや、絶対的に不可能」
有金は今度は薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言った。その様子からは全く覇気が感じられない。ダメだこいつは。平日の朝からパチンコ屋に並ぶ人間の顔をしている。
「どうして? そこは有金くんの心ひとつじゃないの?」
「何度も止めようとはした。いや、むしろ毎日思っている。こんなことをしている場合ではないってな。でも、止められねえんだ。どんなに強い気持ちで家を出ても気がついたら駅前のパチンコ屋の前で吸い込まれちまうんだ……!」
有金は悔しそうに歯を食いしばり、涙を流し始めた。その様子に僕たちは思わずギョッとする。
「とりあえず落ち着け有金。あと結局パチンコ屋に行ってしまうのならそれを強い気持ちとは言わない気がするんだが」
「お前に俺の何がわかる!俺だって苦しいんだ……!畜生……!」
あ、しまった。地雷を踏んでしまったようだ。このままではまたエンドレス「畜生……!」が始まってしまう。
「先生。このクズはうちの部活では面倒が見きれないと思います」
江末の時とは違い、こいつにはちゃんとした専門家のカウンセリングが必要な気がする。
「うーむ……。やはりしかるべき場所に連れていくしかないか」
先生は顎の辺りに手をやりながら考えている。すると綾辻が、
「そんなこと言わずにせっかく来てくれたんだからさ、なんとか私たちで解決してあげようよ」
「綾辻。そうは言っても本人がこの様子では厳しくないか?」
「うちの部活に来てくれたったことは有金くんもきっと何とかしたいって思ってるんだよ。だったら協力してあげよ? ね?」
綾辻は大きな瞳で懇願するように僕の顔を覗き込んだ。
ぐっ……。慣れてきたとは思っていたけど綾辻の美少女具合は反則級だ。これで断れる人間がいるなら教えて欲しい。
「まあ部長がそう言うならやってみるか」
「さっすがハルくん♪そう言ってくれると思ってたよ」
綾辻は嬉しそうな笑顔をこちらに向ける。
「有金。そういうわけでうちの部活はお前の相談を受け入れることにした」
「ほ、本当か……!?」
「うんっ!私たちはどんな悩みでも心から全力でサポートするよ!頑張ろうね、有金くん」
綾辻の言葉に、有金は再びポロポロと涙をこぼし始めた。
「か、感謝……!圧倒的感謝……!」
なんだその言い方は。お前は地下の強制労働施設からの脱出でも決まったのか。
そんなわけで心から部の二人目の依頼者はギャンブル依存性男、有金駆に決まった。
さて。相談を受けたはいいがどうやって解決したものか……。




