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有金駆は落ち目の逆を行く①

 七月の下旬のとある火曜日。時刻は午後四時。

 江末の依頼を叶えてからすることの無くなった心から部は、ここのところずっと部室でダラダラしていた。


「平和だねぇー」


 綾辻は机の上にぐでーんと体を投げ出している。


 全く年頃の娘がだらしない。と、僕は冷ややかな視線を綾辻に送る。もっと背筋を伸ばしてシャキッとせいシャキッと。


「平和すぎて罪悪感を感じるレベルですることがないな」


 江末の依頼以降、心から部はポスターを作成してを貼ったり校内の新聞に記事を載せてもらったりと宣伝活動をしてきた。

 しかしこれが思った以上に効果がなく、誰一人として悩みを相談しに来ない。


 とはいえ誰がいつ相談をしに来るかもわからないので、僕と綾辻は毎日部活終了の時間までこの部室で過ごしている。


「とかいいながらハルくんは何かしてるじゃん。何してるの?」


「何ってテスト勉強だよ。だって来週からテストだろ?」


 夏休みに入る前にうちの高校では定期テストがある。正確に言うと今日から数えて九日後。

 うちの高校はそこそこ学力も高いはずなのだが、何故か定期テストに向けて真面目に勉強する生徒は少ない。みんな高校受験で燃え尽きてしまったのかもしれない。

 ただ僕は勉強以外にこれといってすることもないし、勉強は唯一の取り柄でもあるので、今回のテストもサボることなく真面目に取り組んでいる。


「げ。テスト……」


 綾辻は急に眉間に皺を寄せ、苦々しい表情になった。


「期末テストは出題範囲も広いからな。それにうちの学校のテストは難しい」


「ふぇー。そうなんだ。まじめだねーハルくんは」


「綾辻もしておいた方がいいんじゃないか?」


「わたし? うーん……なんかやる気が起きないんだよね」


「やる気ってお前」


「おうちでも勉強しようとは思うんだけど、すぐ本読んだり別のことしたりしちゃって」


 それはちょっとわかる。軽い気持ちで長期連載の漫画に手を伸ばしたら最後。そこからはその作品の魅力にとりつかれてストイックな一気読みが始まってしまう。

 あれをしちゃった後の後悔と罪悪感ってすごいだよなあホント。


「まあ気持ちはわからんでもないが、そんなこと言ってると気が付いたらテスト当日になってるぞ」


「うっ……。もぉー! ハルくんもママと同じこと言わないでよ」


 綾辻は頬を膨らませてぷんすか怒った。 

 なるほど、家でも言われていたのか。だったら尚更ちゃんと勉強した方がいいと思うのは僕だけだろうか。


「後で後悔するくらいなら今のうちにやればいいのに」


「むぅー! これからちゃんとやるもん!」


 綾辻はそう言いながら鞄を漁り、中から筆箱と数学Aの問題集を取り出した。


「わかんないところがあったらハルくんに聞くからね! 覚悟しておいてね!」


 別にいいけどなんでちょっと上から目線なんだよ。


「あ、そうだ♪ 勉強始める前に購買でお菓子買ってこよーっと」


 ぷんすか怒っていた表情から一転、綾辻は自分の思い付いた名案に目を輝かせルンルンの様子だ。相変わらず喜怒哀楽の変化が激しい。


「ハルくんも何かいる?」


「僕もコーラを買いたいから一緒に行く」


「うんっ! じゃあ一緒に行こー♪」


 僕と綾辻は鞄の中から財布を取り出し、購買に向かうべく部室から出ようとドアノブに手をかけた。 


 ドアを開けようとドアノブを握って力を入れようとした時、僕が開ける前に部室のドアが勝手に開いた。予想外の出来事にバランスを崩し、思わず前に転びそうになる。


「おおおおわあ! 危なっ!」


 僕は前につんのめりながらも何とか堪えた。危ない。危うく顎から地面にダイブするところだった。


「ハルくん大丈夫?」


「ああ。ビックリした。急にドアが開くから」


 そう言いながら姿勢を戻し視線を上げると、開かれたドアのところに一人の男子高校生が立っていた。


 短めの茶髪の毛に尖った鼻。背はスラッと高く、全体的に少しやんちゃなメンズモデルのような印象を受ける。

 ネクタイの色を見る限り一年生。どうやら同級生のようだ。


「す、すまねえ。反対側に人がいるとは思わなくて」


 モデル風の男子生徒は申し訳なさそうに僕に言った。 


 うん、こいつ声までイケボだ。外見はモデル並みのイケメンで声は声優もいけそうな美声。完全に天は二物を与えちゃってるなこれは。


「いや、大丈夫だけど。うちの部活に何か用事か?」


「相談に乗ってくれる部活というのはここで合ってるか?」


「そうだよ。心から部はみんなの相談に乗る部活だよ。あ、もしかして相談に来てくれた人?」


 綾辻は首を傾げながらモデル風の男子生徒に聞いた。


「ああ。ある人にこの部活を紹介してもらってな」


 へー。こんなイケメン野郎にも悩みがあるのか。如何にも人生ぬるゲーと思っていそうな容姿だけど。


「ふおぉー!ハルくん久しぶりの依頼者だよ!お茶の準備を!」


「はいはい。今やるよ」


 僕は急須にお茶っ葉を入れて電気ケトルで沸かしておいたお湯を注いだ。

 「お客さんの来る部活だから」と言うことで先週清沢先生が準備してくれたものだ。今まで部員の三人用のお茶を入れるのに使っていただけなので、やっと本来の用途で使うことができた。


 僕がお茶を準備している間に、綾辻はモデル風の男子生徒を依頼者用の席に通した。


「さあさあ、ここにどーぞ」


「わりいな」


 綾辻は男子生徒に席をすすめた後、反対側の自分の席に「よっと」と腰を掛けた。そして鞄の中から大学ノートを取り出し、それを開いて自分の前に置いた。

 

「えっと……まずお名前は?」


「……カケル」


「かけるさん? 名字は?」


有金駆(ありかねかける)。一年F組だ」


 またこいつも江末に続いてすごい名前だな。


 ありかねかける……。名前からは嫌な予感しかしないのだけれど。


 やめてね。名は体を表すのだけは本当にやめてね。


「ふむふむ。有金くんはどんなお悩みで心から部に?」


 綾辻はノートにメモを取りながら話を進める。


 さて、今まで何不自由なく生きてきて何の悩みも無さそうなこのイケメンが果たしてどんな悩みを持っているのか。

 そもそも顔がいいやつの悩みなんて大抵はクソくだらないと相場が決まっている。


 「僕って家ではだらしない人間なのに学校では無駄に好印象を持たれてしまうんだ」とか、「クラスの女子に女装を要求されて困っているんだよね」とか。揚げ句の果てには「知らない女の子に告白されちゃって」とか。

 言っておくけどそれ悩みじゃなくてただの自慢だから。ホントよろしく。


 綾辻の質問に対し、有金は少し間を置いてからスッと真剣な表情になった。


 そして、


「……ギャンブルだ」


 と一言。


 ん? 何だって?


「え? えーっと……はい?」


 綾辻も何を言っているのかわからないといった様子だ。

 僕としても出来れば聞き間違いであって欲しい。


「ギャンブルが止められねえ」


 しかし有金の口から出てきた言葉は同じだった。


 まさかのギャンブル依存症高校生。

 突然部室にやって来たイケメン高校生の悩みは予想の斜め上を行くとんがり具合だった。


 自称宇宙人の次はギャンブル依存症か……。


 うちの学校、本当に大丈夫なのこれ。

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