八千草麗は貫き通す①
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「ふうっ……。二人とも帰ったわね」
二人が帰った後の生徒会室。私、八千草麗は綾辻穂香と鵜久森春が帰ったことを確認すると、部屋の鍵とカーテンを閉めて自分だけの空間を作り出した。
そして生徒手帳の中からいつも眺めている秘密の写真を取り出す。
三年前の四月にハルくんが中学校に入学してきた時に一緒に撮った写真だ。新品の制服に身を包んだ写真の中のハルくんは今よりも顔立ちが幼く、背もかなり低い。
でも優しそうな笑顔と少し子供っぽい可愛らしさは今も昔も変わっていない。いつ見ても素敵だなと嬉しい気持ちになる。
そして、それと同時に私の胸はギュッと締め付けられる。
ダメだ。もう我慢できない。
私はハルくんが写るこの写真を自分の胸でギュッと抱きしめた。
「あああああん! ハルきゅううん♥ 今日もかわいいかわいいかわいいいいんっ! 自分から生徒会室に来てくれるなんてええええん!」
普段私の方からは会いに行けないハルくんが自ら来てくれたことに感情が爆発する。
嬉しいという言葉だけでは足りない、もっと心の奥が熱を帯びるような感情だ。
「背も、背も伸びてたっ♪ 去年は私よりも低かったのに、もう私と同じくらい! 昔はあんなに小さかったハルきゅんがあああああん!」
今度は写真を頬擦りする。写真を相手にここまで気持ちが高まるのだから本物を相手に頬擦りしたら私はどうなってしまうんだろう。
って私のばか!何を破廉恥なことを!あのハルくんを相手に頬擦りなんて……。
改めて写真のハルくんを見る。写真は少しクシャクシャになってしまったが、家にはまだ予備の写真があるしパソコンにもスマホにもデータが保存されているから大丈夫。
何度見てもやっぱりかわいいな。かわいくてかっこよくて、私のことを一番わかってくれていて、一番優しい男の子。
「はぁ…………。頬擦りくらい昔は当たり前のように出来たのに」
私はため息を一つついて昔のことを思い返した。
可愛い弟と思ってたハルくんのことを異性として意識し始めたのはちょうどこの写真を撮った日だった。
ハルくんが中学生になったその日、私は学生服に袖を通したハルくんを見て、
か、かっこいい……。
と不覚にも思ってしまった。外見がどうこうと言う話じゃない。ただ純粋にハルくんがキラキラと輝いて見えたのだ。
そんなハルくんを見た私の胸は高鳴り、ドキドキする気持ちを抑えることが出来なかった。
どうして急に?と自問自答したが答えは簡単だった。
ハルくんは昔から誰よりも私に優しくて、誰よりも私のことを理解してくれている大切な存在。弟と思い込むことによって気持ちを抑え込んではいたが、私はとっくにハルくんのことを異性として好きになってたのだ。
そして私は大人へと変化するハルくんを見て、「弟」という壁ではその気持ちを抑えることが出来なくなってしまった。
でも……。
そんな私をハルくんはどう思うかな。
向こうは私のことを今までと同じように「お姉ちゃん」としか思っていなかったら。
私の気持ちは迷惑になってしまうのかな。嫌われちゃったりするのかな。
そう思うと胸が張り裂けそうになった。
ハルくんに迷惑をかけたくない。絶対に絶対に嫌われたくない。
そして私は決めた。
「お姉ちゃん」としての自分を貫き通すためにハルくんから離れることにした。
前みたいにいつも一緒にいたら、もうお姉ちゃんではいれない。いつ私の中のハルくんへの気持ちが爆発してしまうかわからなかった。
そして私の決意から三年経ち、二人とも高校生になった今。
ハルくんへの思いは今もどんどん大きくなり続けている。
ハルくんへの思いだったら誰にも負けない。
ずっとそう思ってきた。
なのに……。
「あの女は一体なんなの!? 私とハルくんの間に図々しく入ってきて、急に運命の相手ですって!? ハルくんの運命の相手は私に決まっているのに!!」
綾辻穂香。確か昨日付けでハルくんのクラスに転校してきた女子だ。
ということはハルくんと綾辻穂香は出会ってまだ二日。それなのにあんなにベタベタして、運命の相手なんてことまで言い出して。
「ハルくんもハルくんだわ!せっかく久しぶりに会いに来てくれたと思ったらあんな女を連れてくるなんて……!」
もしかして、ハルくんもあの子のこと好きなのかな。
ああいう可愛い感じの女の子が好きなのかな。
私なんて身長も大きくて女の子っぽくないし、あんなに華奢な体じゃなくて色んなところにお肉がついているし、お尻だって大きいし、顔だって、手だって、脚だって…………。
もう二人は付き合っていたりするのかな。だって二人で部活を作るって言っていたし。も、もしかして二人で愛を育むための部活!?
「ダメダメダメダメダメダメえぇーっ!!絶対にダメよ!破廉恥だわ!許さないんだからぁーっ!!」
「…………会長?」
ハッと我に返り声のする方を見ると、ドアのところで生徒会副会長の夏木がポカンとこちらを見たまま立ち尽くしていた。
「……………………副会長。いつからそこに?」
「ダメダメダメえぇーっ!辺りからです。ノックもしたのですが」
そうだった。副会長も鍵を持っているんだった。
「…………そう」
ま、まさか最初のハルくんの写真を抱きしめているところは見られていないわよね……。あんなところを見られたらもう学校にいられない。
「そうだわ。ちょうどいいわ副会長。新規部活動と同好会の申請に関する書類を用意してもらえるかしら」
私はこれ以上先ほどの醜態に関して突っ込まれないようにとっさに話を変えた。
「……? ええ。かしこまりましたが、どうして今の時期に?」
「少し見直さなければいけない箇所があるのよ」
「わかりました。すぐに準備します。あ、あと書類を準備する前に一つよろしいですか会長」
「何かしら」
「ダメダメダメえぇーっ!って何がダメなんですか?」
「……忘れなさい。会長命令よ」




