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オルファン・ソース  作者: 肩口鰯
エンジェルス・コンフリクト
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34/34

#4-10

 石住にたっぷり絞られた後は、三船の激怒が待っていた。


「この馬鹿者があッ!!!」


「ひぃっ!」


 彼女の怒鳴り声が、会議室と天空の鼓膜をびりびり揺らした。初めて受けた取り調べでもこんなに詰められはしなかった。


「関わるなと再三言ったはずだぞ! それを無視して単独で乗り込んだ挙句、組をボコボコにしただと!? そんな無茶苦茶なことを何故しでかそうと思った!?」


「さ、最初にあっちが殴ってきたから、やむを得ず自衛しただけですよ」


「そうじゃない! どうして警告を顧みず組員に接触して、事務所に行ったかを訊いているんだ!」


 三船はつり目がちな瞳をますます鋭くさせた。


「だって……むずむずしたんですもん。気になって、歯痒(はがゆ)くて、じっとしていられなくて」


 目線を下げる天空。立て続けに糾弾されて、そろそろ参ってきていた。


「西宮の背景は我々も調べていたし、奴の居場所を突き止めて連行するのも時間の問題だった。お前が出しゃばらずとも解決は秒読みだったんだ」


「解決するために行ったんじゃありません。ただ、あの人にどうしても言いたいことができたから。だから、」


「奴と話がしたかったなら、逮捕後に面会でもすればよかっただけだろう。だがお前は勝手に飛び出し、自分と周りの人間をリスクに曝した。ヤクザの的にかけられるリスクにな」


 言い返せなかった。恥ずかしながらも天空は、面会する考えに思い至らなかった。気持ちが先走って、冷静な判断ができていなかったのだ。


「長森組はお前のせいで面目を潰されたと思っている。必ずお前のことを探って『返し』に行くだろう。私としてはそんなことをさせるつもりはないが、もしも同居人に危害を及ぼされたら、お前はどう責任を取るつもりだ?」


「二人は私が守ります。絶対に手出しなんてさせません」


「大きく出たな。もしできなければ?」


「できないなんて許されません。必ず守ります。西宮に会う前に、そう覚悟してました」


 三船を仰ぐ天空と、天空を俯瞰する三船。


「やめましょうよ三船さん。言うべきことは僕の方で言っておきましたから」


 遠くから静観していた石住が割って入った。


「お前もお前だ。途中まで一緒に居たのなら、彼女を放っておかずに最後まで見守るべきではなかったのか」


 三船の矛先は彼にも向く。


「僕の監督不行き届きだと? 東濃さんは先に帰ると言っていたんですよ。それに彼女は十九、自分のことは自分で決められる歳です」


二十歳(はたち)にもなっていない小娘だ。子供を守るのは大人の務めだろう」


「そうやってあまり子供扱いすると自立を妨げてしまいます。自分でやったことのツケは自分で払うべきではありませんか」


 のらりくらりと反論とも言えない反論を述べる石住。不毛なやり取りにうんざりしたのか、三船はかっくり首を落とし、


「短絡的な行動を続ければ、いずれ取り返しのつかないことをしでかすぞ。少しは後先を考えろ、じゃじゃ馬が」


 そう吐き捨てて、話を締めくくった。


「おい、来たぞ」


 そこへ、廊下から四人目の人物が様子を窺ってきた。くすんだ灰の作業着を腰巻にした、愛想の無い声調の男。雷破だった。


「稲見さん? なんで」


「私が電話したんだ。お前を迎えに来させにな」


「そういうこった。さっさと来い」


 雷破に招かれて、天空は遠慮がちに彼のもとへ行った。彼は三船と石住をそれぞれ一瞥(いちべつ)するも、特に言葉を交わさず、天空を伴って玄関に向かった。

 夜の八時を回った警察署は静かだ。連行された西宮やヤクザたちを聴取するために、まだ署員がいくらか残ってはいるが、多くは退勤している。

 雷破の後ろについて歩くのは、なんとなくきまりが悪かった。彼のことだから、突然呼び出されて苛立っているだろう。実際迷惑をかけてしまった。


「あの、」


「なぁ」


 一言謝ろうとしたら、タイミングが被った。


「鎖骨のとこ、どうしたんだ」


「鎖骨?」


「みみず腫れがある」


 触ってみれば、たしかにひりついた。堀田に付けられた傷だった。


「誰にやられた」


 彼は振り返らずに訊いた。


「……自分で付けた傷です」


 天空は答えた。間違ったことは、言っていないはずだった。


「そうか」


 顎を引いた雷破は、それ以上は深堀りしてこなかった。

 ふと、瞼の裏からほろり、と涙が落ちてきた。胸の奥がぎゅうと締めつけられて、ぽろぽろ、ぽろぽろと溢れた。

 だからその日は、声を出さないように、雷破を追い越さないように、背中に隠れながら帰路に着いた。






 西宮洋は犯行を自供し、逮捕された。


 遠からず彼は裁判に掛けられる。重い罰は受けないが、犯行回数や内容を加味すればメモラビリアは没収される、というのが三船の予想だ。自分の能力を犯罪に使ったり、重い罪を犯したりした廻元者は、裁判所の判断でメモラビリアを没収される。人智を越えた力を二度と悪用しないように。

 西宮の家族は、自宅で長森組のヤクザと居たところを警察に保護された。幸い無事だったものの、唯一の働き手だった長男には前科がつき、間違いなく職も失うことになる。物盗りの配達員など誰が雇いたいものか。自業自得と片付ければそれまでだが、これから西宮家にはさらなる苦難が待ち受けている。彼らは果たして、生き抜くことができるのだろうか。

 自業自得といえばもう一つ、長森組はお取り潰しになったらしい。石住曰く、龍王会の本部が話し合って「絶縁」という処分を下したそうだ。天空はヤクザ事情に疎いが、絶縁はその道では最も重い罰だという。今回以外にも度重なる問題を起こしていて、さすがに堪忍袋の緒が切れたそうだ。もちろん、天空は連中に対して一切同情はしていない。筋金入りの悪党が小悪党と結託して、しっぺ返しを食らっただけだ。


 そして天空はというと、当然だが研究所の報奨金は貰えずじまい。それどころか、体を散々痛めつけられた挙句、石住と三船にみっちり怒られる始末。結局、骨折り損のくたびれ儲け――とは、意外にもならず。


「いいんですか……! 本当に!?」


「ああ、うちも早いとこ人が欲しかったからさ。むしろありがたいよ」


 高砂商店の店主、漆原(うるしばら)はにこやかに頷く。レジカウンターの側面に貼られているのは、店員募集を知らせる手描きのポスター。事が終わって数日後、報告がてらに寄った店で、天空は幸運にも就職先にありつけたのだ。


「やったぁ! ありがとうございます、これからよろしくお願いします!」


「よしなさい、安月給で雇うこっちが申し訳なくなってくるから」


 深々と、本当に深々と礼をした天空に、漆原は手を振った。傍らの阿理沙は、困惑とも心配とも取れないポーカーフェイスだった。


「英雄様にはもっといいお給金をあげたいとこなんだけど、うちも厳しいからさ」


「え、英雄?」


 彼の言葉に、天空はぽかんとした。


「あれ、聞いてない? 万引き犯をとっちめて、ヤクザの組を潰してくれた女の子が居るって、すでに結構な噂になってるぞ」


「……へ?」


「君、もうこの界隈じゃ有名人だから」


「…………はいぃ!?」

 おかしい。別に自分は長森組を潰したわけではない。むしろ直接的に解決したのは石住だ。どこでそんな尾ひれが付いたのだ。

 というか噂になるのも広まるのも早すぎる。世間が狭いなんてレベルではない。


「お姉さんは派手な動きをしていたそうですから、いろいろな場所でいろいろな人の目に留まったのかと。何日も商店街で張り込んでいるところを、わたしも商店街の人も見ているわけですし」


「かはー……」


 穴の空いたタイヤみたく空気を漏らし、天空はうなだれた。この恥ずかしさも、無謀な行いのツケだというのか。


「ところで伯父さん、この人を雇って大丈夫でしょうか。これまでの傾向からして、厄介なことになる可能性が高いと思います」


「本人の前でそんなことを言うのはやめなさい。それに、俺は彼女の律儀さを買ったんだよ。きっといい店員になる。俺は学校で何人も若者と接してきたんだから、間違いないと思うぜ」


 機械的な阿理沙の分析に反論すると、漆原は「書類を取ってくる」と住居の方へ行った。


「阿理沙ちゃん、なんか怒ってる……?」


 しかめ面の阿理沙。雷破と違って彼女には、いつ破裂するとも読めないような、冷たい恐ろしさがあった。


「いいえ。高砂商店の店長は伯父です。そしてわたしは彼を信頼しています。だから彼の方針には従います。しかし、」


 するとどうだ。彼女は正面衝突しそうなほどの勢いで、天空に肉薄した。


「あなたが雇われた場合、私はあなたを教育します。間違いを起こさないよう、徹底的に、みっちりと。そのつもりでいてください」


「は、はい……」


 ポーカーフェイスから放たれる圧に、天空はすくみ上がった。ヤクザより何より、この小さな少女の方がよほど凄味があった。

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