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ルパートへの頼みごと

「人の殴り方を、教えて欲しい?」


 私の言葉に、ルパートがきょとんとする。


「そう」

「いや、いきなり何を言い出すんですかグレイスさん」

「駄目なの?」

「いや、そう言うわけではなくてですね。あの、ひとつ聞いても構いませんか?」

「何ですか」

「一体、誰を殴りたいんですか」

「分かりませんか?」


 ルパートさんがうわーと言う顔をする。


「気持ちは分かりますが、難しいと思いますよ?」

「殴り方って、そんなに難しいんですか?」

「いや、そっちじゃなくて」


 ルパートさんが困ったように言う。


 昨日、ルパートさんがした話で、私のおおよそは分かった。

 おまけにこれから、私と両親は本格的に引き離されることが決まった。


 誰の差し金かは言うまでもない、あの男だ。

 私は今の屋敷を出て、一人と言うか、ルパートさんとクリフさんの監視下で離れに住むことになった。

「離れ」と言えば聞こえは良いが、実際は屋敷の奥にある湖に面した雨をしのぐ程度の小さな小屋で、中は間仕切りがいくつかある程度で鍵もなければベッドすらない。

 それでも二人が手を尽くしてくれたおかげで最低限暮らすことはできるようになったけど、もう両親と自由に会うことも、食事を一緒に作ることも叶わない。


 本当に、あの連中はどこまでやれば気が済むのかしらね。


 幸い、二人とも見掛けによらず紳士的な態度で、私が身の危険を感じるようなことはなかったし、どちらかというと「監視」より「警護」に近いように思えて、妙な安心感があった。もし彼らでなかったらどうなっていたかを考えると、ちょっと怖い。

 ともかく、いよいよ何も打つ手がなくなった私にとって、何もせず一日をぼんやり過ごすのは堪えられなかったし、昨日の話がお腹の中で今もぐつぐつと煮え(たぎ)っている。


 実の所、昨日の夜寝室で、枕をリチャードに見立てて叩いてみたのだけど、枕はぽす。と間の抜けた音を出しただけで私は手首を痛めてしまった。今も結構ずきずきする。

 たぶん私の望みは叶うことはないけれど、でも、そんなことでも思っていないとやりきれない。

 今ルパートさんが言っているのもそういうことなんだろう。


「嫌なら別に構いません。自分でなんとかします」

「『自分で何とか』って、グレイスさん人を殴ったことあるんですか」

「ありません」

「そんなきっぱり言われても困るんですが。剣とか格闘技の経験は、って、聞くまでもありませんか」

「何もやっていないように見えますか?」

「やってたんですか?」

「いえ」


 ルパートさんがかく、とこける。


「ま、まあそうでしょうね。そもそもグレイスさんはあまり体を動かすのが得意ではなさそうですし」

「分かるんですか?」

「まあ、身のこなしを見ていれば、身体を動かし慣れている者と、そうでない者の差ははっきりしますから」

「ルパートさんの見立てでは、私はどうなんでしょう?」

「……」


 何で黙るんですか。


「やめておいた方が、良いと思いますけどねえ」


 やはり、乗り気でないルパートさん。


「じゃあ、やっぱり自分で」

「待って下さい、やりますよやります。勝手に『練習』なんて言って、怪我でもされたらこちらも困りますし。ですが、いくつか約束して下さい」

「約束、ですか?」

「はい。私の言うことちゃんと聞くこと。無理はしないこと。勝手に練習しないこと。あと、」

「あと?」

「身に着けたことを無闇に使わないこと。できますか?」


 まあ、その位なら。


「本当に、約束して頂けますか?」

「はい」


 ルパートさんはふう、と息を吐いて、


「分かりました。そこまで仰るのでしたら、お引き受けしましょう。ではまず」

「はい」

「今日は休んで、明日に備えて下さい」


 え?


「私の言うことを聞く。約束ですよね」

「そ、それはそうですが、どうして」

「手首を痛めておられますよね?グレイスさん」

「わ、分かるんですか?」

「そりゃあ分かりますよ。グレイスさん、さっきからずっと右の手首(さす)ってますから」


 あ、自分でも気付いてなかった。


「突然こんなお願いをされるから、何かと思えば。こっそり自分で試したんでしょう?」


 ば、ばれてる!


「慣れない方がやると、拳か手首のどちらかを痛めるのはよくあることです。そのまま練習を始めても余計痛めるだけですから、まずはその痛みが引いてからです。腫れはありませんか?」

「たぶん、ありません」

「ですが一応、今日一日は手首を冷やして安静にして下さい。見えない所が炎症を起こしていることもありますから」

「はい」

「二、三日様子を見て、動かしても痛みがないようでしたら改めて練習を始めましょう。いいですか、絶対に一人で練習したりしてはいけませんよ?」

「私、そんなに信頼ないんでしょうか」

「始める前から怪我されてる方が何を言ってるんですか。クリフにも言っておきますので、勝手に習ったりしては駄目ですよ?良いですね?」

「ルパートさん、ちょっと厳しくありませんか?」


 ルパートさんが、ちょっと真面目な顔で言う。


「……人を殴るというのは、傷付けるということですから、遊び半分ではできませんよ。もしグレイスさんが本気であの方を殴りたいと思うのでしたら、真面目に学んでください」

「……分かりました。治ったら、改めてよろしくお願いしますね」

「はい」


 いきなり(つまず)きはしたけれど、私の練習はこうして始まった。


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