遊びか本気か
「まずお手本を見せますから」
そういって、ルパートさんが立木の前に立つ。
ぱん!
何かが弾けるような音がして、立木が大きく揺れた。
え、なに。
「はい。じゃあやってみましょう」
なにを。
「今お手本を見せたじゃないですか。しょうがないですね、ではもう一度」
そう言って、ルパートさんがまた立木に正対する。
ぱぱん!
「はい覚えましたね。ではやってみましょう」
「あの」
「はい、どうしました」
「もしかして」
「はい」
「私をからかってます?」
ルパートさんがにっこり笑って言う。
「まあできるとは思ってませんが、一応、ここが目標ですよ?」
「え……、それ、本気ですか?」
「結構、本気です」
「まったく、見えませんでした」
「まあ、そうでしょうね。いきなり見えてたら私の立場がありませんから」
「あの、私、初心者なんです」
「知ってますよ?」
「でしたら、あの、もうちょっとだけ、ゆっくり、分かりやすくお願いできませんか」
「ええ、ちょっとグレイスさんの反応が面白くって、つい楽しんでしまいました」
結局からかってたんじゃないか!
「まあまあ。では順を追って説明していきますね。さてグレイスさん。貴女はどうやって王子様に一太刀与えるおつもりですか?」
「ええっと、こう、ばちんって感じで」
腕を真っ直ぐ伸ばすしぐさをした私に、ルパートさんがばっさり言う。
「それ、避けられますね」
「えっと、じゃあ、こう」
「同じです」
「じゃあ、こんな感じなら」
「変わりません」
「えー!じゃ、じゃ、こう!」
「お茶を飲みながらでも避けられます」
「むー!!じゃあ、こうで!」
「お菓子も頂きましょう」
「うぅうぅうぅ!こう!こうったら、こう!!」
「ごちそう様でした」
私がぶんぶん手を振りまわしている間に、ルパートさんはお茶とお菓子を済ませたらしい。
「むうううううううううう」
「まあそう怒らないで下さいグレイスさん」
ぱんぱんのふくれっ面で睨む私を、ルパートさんが慌てて宥める。
「私がなにを言いたかったかと言うとまず『当てること』それが最優先です」
「当てること、ですか?」
まあ普通のことですよね。
「そうですね。まず大前提として、黙って殴られる人っていませんよね?避けるか、受け止めるかと方法は色々あるでしょうが、自分に害が及ぶと判断した場合、何かしらの対応をするのが普通です」
「はあ」
「ですから、例えばグレイスさんが王子に殴り掛かった場合でも同じです。王子は避けも逃げもしますし、腕でガードして受け止めることもあるでしょう。グレイスさんは王子の腕を弾き飛ばすくらいのパンチを、繰り出せる自信がありますか?」
あー。いや、たぶん私の手の方が、
「ぽっきりいっちゃうでしょうね」
分かってるなら聞くな。
「正直に言いますが、いくら教えてもできないことはありますし、どうやら時間もそれほどにはないようですから、私が持ってる全部を教えることは到底無理です。そこは、すっぱり諦めて下さい」
それは分かってるっていうか、ルパートさんは私にどれだけのことを教えるつもりだったんだ。
私はあの男どもを一発殴れれば良いんで、拳を極めるつもりなんかないんですよ?
「なので、できるだけ確実に当てる方法と、あとはその威力を増す方法だけに集中して教えます」
「はい」
「では、さっきのグレイスさんのパンチがどう駄目だったのかからお話しましょう。グレイスさん、全部のパンチに言えることですが、なぜ振りかぶったんですか?」
「それは、そっちの方が威力があると思って」
「さっきの奴ですが、私達の感覚だと『ぽかぽか』です」
ぽかぽか?
「恋人同士とかでやる、あれです」
ああ、「もうあなたったら」ぽかぽか、っていうあれですか。え?
えええええええ。
私、結構力入れてたんですよ?それだけ?
「正直、いきなり甘えられたのかと思って慌てました。顔を見て違うのは分かりましたが」
な、なに?私の全力は、じゃれてる程度にしか見えないって、そういうこと!?
「言ってしまえば、貴方が振りかぶって増した威力なんて、精々そんなものなんです。逆に肩や腕、肘、手など動かす部分が多いために全体の速度が遅くなって、全然当たる気がしません」
「えええええ」
「そう落ち込まずに。ですから最初は、速度も威力も期待できる『型』を覚えることから始めましょう。グレイスさん、手を胸元まで上げて貰えますか?右手だけで良いですよ」
こ、こうかな。
「そうしたら、そのままその手を前に伸ばします」
こう?
「はい。よくできました。それが『型』です」
「は、そ、そんな簡単なのですか?」
「疑ってますね。でも腕以外もそうですが、身体には動かしやすい方向、と言うものがあります。普段からよくする動きでしょう?」
「ええ。まあよくある動き、ですよね」
「これを曲げる方向ではなく、伸ばす方向に動かす。それが一番体が覚えていて、力も速度も出る『型』です。さっきのこの」
すぱあん!
「動きも結局は、この動作をいかに速く、威力を上げたかですよ。どうです、出来なさそうですか?」
「いや、そんな速く、強くは」
「別に私と同じになりたい訳ではないでしょう?王子に一発入れる、それだけで良いんですから、練習次第ではできなくもないはずですよ」
「……ルパートさんは、出来るとお思いですか?」
正直、自信はない。
「最初に言った通りです。遊び半分程度の覚悟なら、やらない方が良い。できると信じて続けられる気持ちがあるなら、お付き合いしますよ」
「……やります」
最初はただぼんやりと、一発殴ってやりたいと思っただけなのだけに。
こうやって、ルパートさんにお願いしてちゃんと教わる様になって、ルパートさんはおちゃらけたり、いきなり厳しいことを言ってきたりで振り回されることも多いけど、でも少しずつだけど、私もその気になってきた。
胸元まで腕を上げて、真っ直ぐ伸ばす。
この拳をいつか、あの男たちに届かせたい。
その想いが、少しずつだけど私の中で本物になってきた。




