婚約破棄
「分かりました。お申し入れの通り、リチャード様との婚約は解消させて頂きます」
私がそう答えると、ふん、と鼻を鳴らして
「随分とだだを捏ねた割には冷めているのだな。その程度なら最初から話を受けても問題なかったろうに。それ程王妃の地位が惜しかったか」
リチャードの言葉に、私は何も答えない。答えてなるものか。
「まあ良い。言質は確かに取った。聞きましたね?父上、母上?」
「うむ。グレイスの意思は確かに受け取った。では今週のうちにも布告せねばな」
「本当に良いのですか?グレイス」
リチャードに追従して話を進めようとする王様と、私を気遣って声を掛けてくださる王妃様。
申し訳ございません王妃様。私にはこれ以上、彼の言葉に耐えられません。
「はい」
「……そうですか。貴女の意思はそこまで」
「何を考えているのかは知らんが、これ以上余計なことは言うなテレーザ。もう決まったことだ」
「ですが」
「解消に同意したのはグレイス本人だ。本人が諾と言っている以上、お前の出る幕はない。口を慎め」
王様に逆らえず、口を噤む王妃様。
もう良いのです王妃様。王妃様までこの茶番に付き合う必要はありません。
私ももうこれ以上話すことはない。黙って退出の命を待つ。
「ああ。これは言っておかねばならなかった。今回の婚約解消はお前から申し出たことにしておく」
「は?」
思わす声が出た。リチャードは何を言い出すの?話を切り出したのも貴方なら、私をここまで追い詰めたのも貴方でしょう。それがなぜ、そうなるの?
「こちらから断ったとなれば王家の信に関わる。王子は約定も守れぬ不誠実な男かとな。それにもう次の相手は決まっている。お前も知っているだろうが」
知っていますとも。ブガッティ家のアデリーヌ様でしょう?あれだけ露骨にやられて、気付かない筈がない。
「彼女との婚姻は来月と決まった」
「えっ?」
王妃様が驚いたようにリチャードを見る。
「リチャード。そのような話、いつ決めたのですか」
「儂が決めた。リチャードと二人でな」
王様が王妃様の言葉に被せて答える。
「あなた、何故そんな大事なことを二人だけで」
「お前に話す必要はない」
「そんな。私はリチャードの母であなたの妻ですよ!必要がないとはどういうことですか!」
思わず声が大きくなる王妃様。
「声を荒げるな、臣下の前で見苦しい」
「私が父上に頼んだのですよ母上。グレイスに漏れないように」
「……リチャード、あなたは」
「母上がグレイスに肩入れしているのは存じています。ですがそれで横槍を入れて貰っては適わない。私はグレイスと結婚する気なぞないし、すこしでも早くアデリーヌを娶りたい。隠さず言いますが、母上には邪魔をして頂きたくないのですよ」
「あなた、と言う子は」
「何が気に入ったのかは知りませんが、こんな面白みのない女をなぜそんなに庇うんです?母上」
「なんてことを口にするのですか!面白いとかそうでないとかで、王妃を決めて良い道理はありません!貴方は自分が何を言っているのか分かっているのですか?答えなさい、リチャード!!」
王妃様の剣幕に、うんざりしたように答えるリチャード。
「……父上」
「いい加減にしろテレーザ。これ以上口を出すのであれば退出させるぞ」
「あな……た」
「本当にお前たちは良く似ているな。融通は利かん、考え方は古めかしく頑なで、説教くさい。おまけに馬鹿のように信心深く、仕来りだ教えだとやかましい。リチャードの言う通り全く面白みのない、つまらぬ女共だ」
「そ、んな」
「それ程我らのやることが気に食わぬのなら、離縁してやるから神の御使いにでもなれ。お前の望むようにしてやる。だからこれ以上余計な口を叩くな」
そこまで言うのか、この男達は。
「王妃様。もう結構です。私のためにこれ以上王様の機嫌を損ねては、王妃様のお立場が悪くなります。王様、リチャード様」
「何だ」
「それがお望みであるなら従いますが、筋書きはそれだけですか?」
「ふん。『筋書き』とは舞台好きのお前らしい物言いだな。そうだ。お前に袖にされ傷心の私が、アデリーヌに慰められて恋に落ち、ついには王妃として娶るまでになる。どうだ、絵に描いたような恋愛物語だろう」
そんな安っぽい話など、私に見る趣味はありません。
「その主役に私を抜擢して頂けると?」
「馬鹿を言え。主役は私とアデリーヌだ。お前はただの当て馬だよ」
「なんという、惨いことを……」
王妃様はそう言うのがやっとだ。お分かりですか王妃様?私はずっとこれに付き合わされてきたのです。多少慣れはしましたが、一生これではさすがに。
「そうですか。引き際の潔さでは私が主役かと思いました」
「辛気臭いお前はそういうのが好きそうだからな。どう取るかなぞ好きにしろ。大筋は変わらん。お前は私を弄んだあげくに袖にして民から嫌われる稀代の悪女、アデリーヌはそんな私を陰から支え、慰めてはお前に虐げられてきた哀れな娘。そういうことだ」
「なぜ、結婚を来月に?急なお話ですが」
私の質問に、鬱陶しそうに答えるリチャード。
「うるさい女だな。理由はさっき言った通り、お前や母上に横槍を入れられないため。あとはその方が劇的で民の受けが良いからだ」
「アデリーヌ様から望まれて、というのが抜けているようですが」
「小賢しいことを。その賢しさが私に嫌われた理由だとは考えんのか?」
「生まれ持ったものですから、そうそう変えることはできません」
こめかみをぴくりとさせて、それでも冷静さを失なわず、
「まあいい。どうせこれが最後になる。せいぜい遠吠えておけ」
最後?それはどういう意味だろう。婚約は解消しても会う機会などいくらでもあると思うのだけど。
「話は済んだか?」
王様が確認というか、暗に催促をしてくる。あと一つだけ。そうしたら貴方達の望み通り、私は退場しましょう。
「父と母はどうなりますか?」
「どう、とは」
「私とリチャード様の婚約に伴って、父には領地と侯爵への陞爵が予定されていたはずですが、その約定は未だ果たされておりません。父母はそれに備え、大金を使って資材や人員を多く求めていますので」
「そなたから申し出た婚約の解消で、約定を果たせとは随分図々しいことだな」
「解消の有無に関わらず、先に決めた約定は果たされるべきではないでしょうか?もしそれがならぬとしても、父母がここまで準備してきたものは決して安くはありません」
「要するに『金を出せ』と?子爵の娘風情が王を脅して金を無心するのか。つくづく卑しい娘だな」
ぎろり、と私を睨む王様。その位のことで引くわけにはいかないのですよ。このままでは領民が路頭に迷ってしまうかもしれないのですから。
「婚約の解消を申し出てきた子爵の娘にすら温情を掛ける度量を持つ王様は、さぞ民から慕われるでしょう」
「人気取りなど不要だ。この国は儂が居らねば立ち行かぬ。その位のことも分からぬ民なぞいらん。ましてお前の力など借りる必要はない」
リチャードも同意見なのか、薄ら笑いでこちらを見ている。
王妃様は顔色が真っ青を遠り越して土気色だ。言いたいことは多々あるが、これ以上話しても意味はないだろう。これ以上王妃様を困らせるのも嫌だ。
「分かりました。尋ねたいことはもうございません」
「そうか、ならば退出して良い」
「では、失礼致します」
そうやって、私、子爵令嬢グレイス=スタンレーとローレリア王国皇太子リチャード=ローレリアの婚約は破談となった。