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出会いから破局まで

 がらがらと軋む音を響かせて、馬車が進む。


 王宮で婚約を解消して3日。

 私は父が治めるスタンレー子爵領へと向かっている。

「領地」と言っても所詮は子爵。小さな村2つと、そこに住む領民50名程を治めるこじんまりとした領地だ。

 麦の収穫量も税を収めれば食べていくのがやっとだし、特産品らしい特産品もないので、遠からずじり貧になるような土地だけど、私にとっては生まれ育った所だ。そう簡単に諦めきれない思いもあり、少しでも収穫を上げる方法を模索するために入った王都の学校で、私はリチャードに見初められたのだった。


 最初はちょっと出来の悪い王子様の面倒を見ているだけのつもりだったのだけど、何故かリチャードは私を気に入って、声を掛けてくるようになった。

 正直、構っている余裕はなかったのだけど、私にも打算があったことは否めない。無下にもできず相手をしている間に、いつの間にか公認の恋人同士のように周囲に思われて、手も握ってないのにかなり濃いお付き合いをしているような噂が上がり、気が付いたらリチャードから求婚されていた。


 スタンレー家は古いだけの貧乏子爵で、家柄から言っても釣り合う訳がないし、他の貴族からのやっかみもすごかったから乗り気ではなかったのだけど、王子様の求婚を断る度胸はなかったし、特に約束しているような異性もいなかったので、はっきり拒絶する理由がなかったというのが本音だったりする。


 結果、リチャードと私の婚約は強引に進められ、国から正式に布告された。

 父母は狂喜乱舞し、周囲に「自慢の娘」と吹聴して回ったらしい。その時に、何が起こるか分からないから、式を挙げるまでは騒ぎ立てないよう釘を刺しておいたのだけど、浮かれる父母の耳には入っていなかったらしい。だから言ったのに。


 その後は領地の建て直しのための勉強と、王妃になるための教育に追われる日々だった。王妃様はこんな田舎貴族の娘の私にも良くしてくれたし、私も王妃様を慕っていた。教育は女性がほとんどだから、接する機会も多かったし。

 逆に婚約の発表以降、リチャードと距離が開いてしまったのは失敗だった。リチャードは甘々な関係を思って望んでいたようだったけど、領地を良くするための勉強はそうそう止める訳にもいかなかったし、教育もあるしでそんなことをしている余裕はなかった。それは、多少は辛抱して貰えると思っていた私の甘さでもある。


 王様は最初から好意的でなかったのは気付いていた。

 この国は王様の意見がとても強く、最初はそれで破談になりかけていたのだけど、リチャードが父親に食い下がって何とか婚約に持ち込んだ経緯がある。リチャードとしては父親の覚えを良くして欲しかったみたいだけど、私のようなタイプはそもそも好きではないらしい。言ってしまえば「女は家の中のことだけしていればいい」といった信条の持ち主で、余計な知恵や小賢しさは不要と思っている節が度々伺えた。

 リチャードにも父親のそういった所は受け継がれてしまったようで、婚約発表以降は私を束縛しようとすることが多かった。結構強引に迫ってきたこともあって、それを強く拒んでから私とリチャードの間には溝が出来た。


 こうやって落ち着いて考えてみると、情に(ほだ)されて求婚を受け入れたものの、最初からこの婚約は間違っていたんじゃないかと思う。


 私とリチャードとでは生まれ育った環境も、取り巻く状況も、考え方も何もかもが違い過ぎたのが悪かったし、私がリチャードに対して、本当の意味での恋愛感情を持てなかったことが一番の原因だ。


 だから、婚約の破棄を申し出られた時、一度は直そうと頑張ってみたし、安易に受け入れてリチャードを傷付けるのが憚られたから破棄には応じなかった。でも、今となってはそれがお互いの関係を最悪のものにしてしまったことは否めない。

 ただ、そうなってしまってからのリチャードと王様の態度の変貌ぶりは酷かった。

 事あるごとに皮肉が多くなり、露骨に悪態をつく。リチャードは女性を侍らすことが多くなってわざわざそれを私に見せつけに来る。それが歪んだ愛情表現だとしても、度々やられれば私だってそれなりに(こた)える。部屋に呼びつけられて、女性と同衾している姿を見せられた時にはさすがにもう建て直す気力も尽きていた。その時の相手が今の婚約者であるブガッティ侯爵家のアデリーヌ様だ。

 貴族らしい、艶と華のある奔放そうな女性で、化粧も碌にしない私とは似ても似つかない。

 そういう意味ではリチャードには相応しい女性だったのだろう。


 結局、納まるべきところに納まった、ということで、私は多少嫌な思いもしたけど、原因も私にある以上、異論を唱える気はなかった。

 それでも全く心に傷を受けなかった訳ではないし、もう残る理由のない王都から離れて、故郷の地へ帰るのが一番だと。それで私は馬車に揺られている。


 外に見える景色が少しずつ見慣れたものに変わり、やがて小さな村に到着する。

 外には私が知る幾人かの村人たちの姿が見えるが、どうも少し様子がおかしい。


「ねえ。止まって頂戴」


 御者にそう言うが、私の言葉が聞こえていないようだ。少し声を大きくして


「聞こえないの?村に立ち寄りたいから、ちょっと止まって!」


 そう言った。が、馬車は止まらないどころか、加速し始める。なぜ?


「申し訳ありませんが、どこにも立ち寄らず、真っ直ぐ屋敷に向かうよう、旦那様に言われております」

「でも」

「飛び降りるのは構いませんが、そうするとお嬢様がお怪我をなさいますよ」


 その位は。


「そうしたら、私の首も飛びます」


 そう言われて、私はなにもできなくなった。


「少し傾きます。ご注意を」


 屋敷は小高い丘の上にある。

 馬車は屋敷に繋がる坂を緩やかに上り、玄関の正面で止まった。


「着きました」


 御者が扉を開けると、出迎えが……なかった。


「旦那様と奥様はいつもの部屋でお待ちです。『一人で来るように』との伝言です」


 そう言うと、御者はさっさと馬車を動かして去って行く。

 いつもに比べて御者の態度もそっけない。普段、移動中はそれなりに会話もするのだけど、今日は先程のやり取り以外はひとことも口を聞いていない。考え事をしていたので話し辛いのだろうと思っていたけど、

 もしかして、避けられている?

 そう言えばさっき通った村もそうだ。馬車を見た途端、村の皆が目を逸らした。

 ただの偶然と思いつつ、気になって降りようとしたけど御者に断られたから確認できなかった。


 理由は、ひとつしかない。


 婚約を破棄したのは形式上、私と言うことになる。それが村や領地に影響しているのか。

 元々の形に戻るだけ、と楽観的に考えていた私は、


 この後、自分の下した結論について嫌と言う程思い知らされることになる。

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