第五話 エンバーヴェイル傭兵について/正体の露見
新帝国暦九八九年 五の月、二十三日
レナーデで過ごすうちに、コルニスタンの民と何度か話す機会に恵まれた。彼らの使う共通語はやはり奇妙なものだ。敬語とくだけた話し言葉が入り混じっている。これは最初に西方の民と接触したのが商人であったことが影響しているらしい。やたらと丁寧な話し方を学んだ後、それでは硬すぎると王国人に指摘され、急遽くだけたものを学んだからだと。明快な説だが実際のところは分からない。
今日はまた見られている気がした。周囲を見回すと、この前と同じドヴェルがいたが、噴水に腰掛けて串焼きを食べているだけで、わたしには目もくれなかった。しかし、あの人物はどうにも気になる。彼がわたしに害を成すなら、この場所を離れなければならない。気にしすぎだろうか。ドヴェルは食事を終えると、人ごみの中へ紛れていった。
この都市の中では千里眼もあまり役に立つとは言えない。真価を発揮するのは広大な空間で、生物がまばらにしか存在していない場所だ。そいつのマナをマーキングし、それらにピントが合わさり、位置を把握できる仕組みだ。ここでは使おうとすると頭が痛くなる。
今日はわたしが欠けることなく名前を持っていたころについて書こう。
わたしはエンバーヴェイルで生まれた、斥候の一族という話は前に書いたが、わたしの仕事はまさに、傭兵にとっては必須のものだ。敵の襲撃を阻止できるだけではなく、相手の位置を先に把握して奇襲をしかけられる。
エンバーヴェイルの戦士といえど、剣による白兵戦はごく一部だ。これはカルドランドの冒険者なら誰もが知っていることだろうが、戦いは始まる前に決着が九割がたついていると言っても過言ではない。
最良は、相手が気づく前に攻撃をしかけ、ひとつの手傷も負わぬままに打ち倒すことだ。
ときの声を上げながら、戦場で二つの軍団が真正面からぶつかり合う、などというのは物語の中に存在するイメージで、実際は我々は、巧みに隠蔽を行い、相手の最良の手を潰し、安全に勝利を収める、それを理想としていたのだ。
それではアンブライアの暗殺者さながらだろうか? その通りだ。暗殺者から戦士、魔術師に至るまで、おおよそ戦いに関わる者は皆、直接的な戦闘が始まる前に勝利したがっているのだから。
もしもこちらが奇襲を受けたら? こちらの襲撃が失敗、あるいは未然に露見したら? 撤退が不可能な状況で、圧倒的多数に取り囲まれたら? そうならないように尽力するのが当然だが、それらの場合やることはひとつだ。できるだけ強力な技をできるだけ早く、できるだけ多くの相手に浴びせ続ける。武器を失ったら敵兵や既に倒れた兵士から奪い、それらが無くば素手で、腕が使えなければ足で、どちらも駄目なら噛み付き、敵の肉を咀嚼せよ。魔術? むろん有効だ。遠距離から戦えるし、背中の方角へ放つ術を獲得していれば、四方を囲まれたとしても戦い続けることができる。
死の瞬間まで戦ったのなら、戦神エギラは必ずや楽園の宮殿へあなたを導き、終わらぬ宴が待っているのだから。
わたしは夜明け前に起き、宿の庭で魔剣の使い方の鍛錬を行うようになった。
〈闇浸し〉を影から剣に戻したり、また影に変え、全身を外套のように覆う練習だ。
優れた武器で手放したくはない代物だが、あの賭けの最中のように蠱惑的には見えなかった。やはりあれはあの女が、何らかの手段でわたしを魅了したに違いない。
もしくはこの剣が本当に冥界神のものであったなら、わたしはこれが内包する死そのものに魅せられたのだろうか。しかし我が手中にある剣は、とても心強く思えている。
今やわたしは盗人の呪いと〈闇浸し〉によって、ある種の完成系に近づいた。きっと冒険者たちや盗賊たち、殺し屋たちは誰でもこの力を欲しがるだろう。名前や影など望んで放棄するはずだ。
新帝国暦九八九年 五の月、二十四日
わたしの正体がある勢力に露見した。とはいえ致命的な展開ではない。以下に詳細を記す。
朝方、日課となっている訓練を終えて、朝日が昇り始めたころ市場へ出かけたわたしは、例のドヴェルの男に話しかけられた。
彼はガラールと名乗り、もしやあなたはエルムの使いではないか、と切り出した。
エルムとはハルミナの東方での異名・異相だ。太陽神ダガスが旱の女神スゥレとして崇められているように、ハルミナはこちらで、詐術だけではなく留まらぬ風をも司るとされている。
わたしは質問をはぐらかそうとも思ったが、数人に取り囲まれているのに気づいた。人数的には三、四人といったところか。彼らは一見何気ない市民のようだが武器を帯び、いつでも飛びかかれるような足配りだ。
エンバーヴェイルでも突発的に湧いたトロール五体に包囲されたことがあり、そのときはまず、最も近かった二体の首を刎ね、魔術で周囲をなぎ払い、辛うじて生き延びた最後の一体の頭部を銃撃して事なきを得た。今回は周囲に通行人もいるし、広範囲に及ぶ魔術は使えまい。とはいえ相手があのときのトロールのように問答無用で襲い掛かって来はしないし、腕や足を吹っ飛ばされても再生するといった感じでもなさそうだ。わたしは対話することにした。
――使い、という表現が正しいかは分からないが、わたしはハルミナ――エルムから呪いを受けた身だ。
エンバーヴェイルで傭兵をしていたが、野営中にかの神、あるいはその使いと賭けをし負けてこちらへ転移させられた。
わたしはそれだけを、声を潜めて話した。ガラールたちが憲兵かもしれないので、わたしが泥棒という点は伏せた。
しかし彼は、あなたは盗みに関する呪いを受けたのではないか? と追求した。
周囲の男たちもわずかに距離を詰めている。彼らは官憲には見えなかったが、市井に潜入するために変装しているのかもしれない。わたしは、ままよ、と正直に白状することにした。いざとなれば目くらましの呪文を用い、逃走する腹だった。
――そうだ。わたしは全うな手段で金を入手できぬ呪いに冒されている。生きるために小銭を掠め取る生活だ。わたしを捕らえに来たのか?
ガラールは違う、と首を振った。我々はエルム教徒だ。あなたを支援するために来た。悪いようにはしないから、我らが礼拝堂に来て欲しい。
彼らはそう言ってわたしをいざなった。




