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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第七章 泥棒エルフの手記
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第一話 呪いを受け、転移するに至った理由について 1

 今、わたしはいくつもの岩山を臨む平原のさ中、一本の大樹の根元でこれを書いている。夕刻を迎えても、周囲の空気は蒸し暑い。岩山に生い茂る木々の梢には極彩色の鳥が飛び交っているし、羽虫も同様にやたらと羽音を鳴らして我が物顔で群れている。


 コルニスタンのすべてが砂漠に覆われていると多くの帝国人は思い込んでいるが、それは事実ではなく、南部は緑豊かな草原や、ラエルのような熱帯の森が広がっている。もっとも、エルフの地のように膨大なマナを有するわけではないので、あの大陸のごとき暴力的なまでの繁殖はしないし、得体の知れない魔物と化した野生動物があれほど数多くうろついているわけではない――ここの住民と、来訪者であるわたしにとっては幸いなことに。


 わたしの名はジェイ。本来はもっと偉大で、古くから受け継がれてきた名があったはずだが、それはあの女に奪い去られてしまった。もちろん、それはわたしが合意した賭けの結果であるのだが、あのときわたしは尋常な状態ではなかったと断言しておこう。唯一残った我が誇りの断片を、よく覚えておいて欲しい。もちろん、本来のものとは違いごく短いがために、そうすることは容易であろうが。


 わたしはエンバーヴェイルで生まれた、エルフの傭兵だ。こう書くと、南方半島から遠く離れた帝国人や、あるいはフィルベルグやトランサルムの人間は意外に思うかも知れない。エンバーヴェイルといえば、エルフたちの不倶戴天の仇敵ではないかと。


 確かにその通りだ。エルフ殺しの狂戦士、というエンバーヴェイル人のパブリック・イメージは正しく、彼らはラエルのウッド・エルフたちの何世代にもわたる宿敵に他ならない――無論、第二次災厄以前の南方半島は戦乱が続き、エルフ以外とも戦ってはいたが――エルフを殺して初めて一人前と言われ、切り取ったエルフの長い耳を紐にぶら下げて首飾りとする、あの悪魔たちの国にわたしはいた。


 南方の評判については間違っているものも数多いが、正しいものも多い。その国の者たちは否定するであろうが、未だにアンブライアの首都、カストルムでは路地裏に暗殺者たちが蠢き、香を炊いた地下室で〈秘密の楽園〉の主たる白いひげの老人が、水煙草を吸いながら殺しの標的について依頼者と話している。

 グランクローシェの王侯貴族たちは権謀術数を三度の飯より好み、僧侶は会う矢先に賄賂を求めて手のひらをあなたに向けるだろうし、ソルフォールの吸血鬼たちときたら、数百年前に帝国が忘れた退廃と瀟洒が彩る放蕩を、今も明けない夜の中で続けているのだ。


 さて、エンバーヴェイルになぜエルフがいるかという話であったが、かの地には多くのエルフが連れてこられた。古代帝国がエルフを捕虜として攫ったように、エンバーヴェイルでも南方の大陸から、敵であるエルフたちを攫った。捕虜として、慰み者として、奴隷として、あるいは戦力としてだ。中には自ら敵地に協力者として赴く酔狂なエルフもいくらかいた。かつて帝国へと連れてこられたエルフが商人となったように、エンバーヴェイルのエルフは強き戦士となった。巨人殺しコパーダーク、殲滅者ミセル、残影のダージ、そして戦場の殺人鬼、同士討ちのオキシド。


 我が故郷にはあらゆる種族があらゆる地から、戦いのために集った。エルフであっても実力を備えた者であれば受け入れ、同属と戦わせた。ラエルは古くから全体主義であり、個人主義のはぐれ者は森の外へ出ることを選ばざるを得なかったのだ。その中には傭兵団のかしらにまで上り詰める剛の者もいた。人間よりも多くのエルフの首を恐るべきエルフの傭兵は刈り取り、彼らは〈同属殺し(キンスレイヤー)〉〈南方よりの刃〉と呼ばれ、恐れと尊敬を傭兵たちから集めた。


 わたしの祖先はそうした同属殺しの一人で、千里眼の力を持った戦士だった。彼は誰よりも早く敵の来襲を察知し、真っ先に敵陣へ突っ込んで行った。わたしもそうした眼を備えてはいたが、戦闘に関しては一騎当千とはいかなかった。そもそも今日、ラエルとは長い休戦の最中であり、わたしを含めた傭兵たちはほとんど冒険者として食っていた。


 我が故郷の魔物の強さは南方一であり、苛烈さは王国やアシュワンドにさえ劣ってはいない。これは我が地を襲った災厄――〈魔物雇い〉イグナティウスの置き土産であった。

 南方を同時に襲った六つの災厄のひとつたるかの(・・)怪人が、火の中から生まれ出たという勇者、〈残り火(エンバー)〉こと先導者ルシウスに討伐され、彼が全ての傭兵の統一指導者となる英雄譚は、すでに広く知られているためにここでは割愛する。


 〈魔物雇い〉の死によって解き放たれた魔物たちは強大で、数もとてつもなかった。我々の祖先は、エルフの代わりに彼らを狩り続けてきたが、六百年経っても新たなものが湧き出し続けている。イグナティウスが死に際にかけた大地の呪いは弱まりつつあるが、未だに解除の方法は得られず、呪いが消えるまであと何世紀かかるか分かったものではない――それを気にする傭兵は多くはないが。


 わたしもそうした魔物狩りの一人だった。


 その夜、わたしは単独で偵察の任務に赴き、荒野での野営中にその女と出会った。

 我が〈眼〉をもってしても彼女の接近に気づくことは叶わず――それどころか、気づいたときにはその女と座談していた。


 酒は一滴も口にしていなかったが、視界はぼんやりと歪み、彼女の声は洞窟の中のように反響して聞こえた。

 焚き火の光がやけに眩く、背後からその女を照らしている。


 ぼろを纏った、長い黒髪の女だ。顔は定かではなく、声はうら若い乙女のようでもあり、時にしわがれた老婆のようであった。


 魔物が人に化けているか、そうでなくとも魔術を用いた野盗かもしれぬと平時は剣を手にするところだが、そのときのわたしはただ、長年の友人であるかのように彼女と語らっていた。


 内容は覚えていないが、女が口にしていたのは愚痴であったように思う。多くの人間に贈り物を授けたが、自分の思ったとおりに働いてくれないという趣旨だった。


 やがて彼女は、賭けをしよう、と切り出した。

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