第五話 入り混じる大壁
まず問題になったのは、相手に自分たちは囚人であると明かすかどうかだった。
未決囚であり、罪も軽微であるとはいえ、護送中に消えてこんなところにいる。
結局、自分たちは転移の被害者だと説明すればどうにかなるだろう、ということで、もっとも人畜無害そうなジェイが矢面に立つこととなった。
イザベルが、冒険者たちが位置を知らせるのに使う魔術、色つきの光弾を放った。向こうから返報があり、お互い敵意のないことが明らかになる――もちろん迷宮にも強盗まがいの人物がいないわけではないし、殺人者が逃げ込んでいる場合もある。警戒を怠らずに上り続け、やがて倒れた商店の上に到達すると、その人物が腰掛けていた。
剣を携えた長身の女性だ。得物からは澄んだマナを感じる、どうやら魔剣らしい。
もちろんジェイの目にも彼女は化け物に見えたりはしなかった。
「見ない顔だが、あんたらも探索かい? ああ、こちらから名乗るべきだな。私はミルドレッド、〈薄明〉などと呼ばれている。魔剣党の人間だよ」
魔剣党は帝都の冒険者クランで、全員が魔剣の所有者である。
予定通りジェイは穏やかな口調で、自分たちはクロムウェルへ護送される途中にここへ転移した囚人だと伝え、外に出られたら出頭する意思もあることを説明した。
ミルドレッドは概ね同情的で、よりによってここへか、と呟いた。
「ここの名前は〈入り混じる大壁〉、帝都のど真ん中に現れた迷宮だ」
「ここは帝国なの?」イザベルが意外そうに尋ねる。
「いかにもだ、吸血鬼のお嬢さん。この迷宮の特異性はこの有様もだが、どうやらカルドランドの西側に〈根〉とでも呼ぶべき不可視の魔力を伸ばし、無差別に生き物を取り込んでるようだ。あんたら以外にも王国の人がここに転移させられてる、もちろん魔物も。
ここは中層で、上まではまだ結構ある。あんたら、囚人ってことは物資はないに等しいんじゃないのかい? 私の手持ちを融通してもいい」
「ありがたいわ、なら〈黄金の血〉のほうに請求を回してもらえれば、そのぶんはあたしが全部支払うわよ。こういうときのために貯蓄はちょっとした額があるのよねぇ」イザベルが頼もしく言う。
「ほう、あんたは〈黄金の血〉のメンバーなのかい? ああ、確かに獣人で吸血鬼の団員がいると聞いたことがあるな、ダガーピークで連続殺人鬼を捕縛したって噂だ、確か名前は……イザベルで合っているかい?」
なかなか詳しいわねぇ、と彼女は笑って、ジェイにここは先輩に甘えときなさい、と言った。
そうしてミルドレッドから保存食や回復薬を得ることができたが、武器だけは予備が少ししかないので自力でどうにかしてくれ、ということだ。しばらくは骨刀と拾った包丁、魔術が頼りだ。使い捨ての触媒も少しだけ融通してもらえたので、魔法の出力も多少はましになるだろう。
「それにしてもタイミングが悪かったな、もう少しでここは封印される、そうなれば転移も収まっていただろうに」
「封印? っていうことは最深部に到達できそうなのかしら?」
迷宮の最深部には支配者が守護する核石がある。それを掌握すれば迷宮を閉じることが可能だ。隣国にまで被害を出し、さらに都市の只中に口を開けているこの場所が封印されるのはもっともだろう。
「まだだが急げば到達は可能だろう、しかしその役目は私たちではなく〈迷宮公社〉のものだ。あと二週間後には冒険者は全員立ち入り禁止となって、彼らがここを処理する手はずだ」
「話には聞いてたが、ついに動き出すってわけか」
ダリルの言葉に頷いて、ミルドレッドは帝国人ではない二人にも説明する。
現在帝国は国内で発生する異変に対抗するため、力を急激に蓄える必要に迫られている。
そのため、エーテル供給塔を街道沿いに建築し、戦力の増強と安定が計画されているらしい。
さらに、国内の迷宮すべては公営の〈迷宮公社〉にのみ立ち入りが許可され、他の冒険者の侵入は一切禁止されるそうだ。
かつて帝国で見出されたエーテル抽出法は、とある迷宮で発見された魔法具がきっかけだった。
他の迷宮で同じような代物が発見できれば、確かに帝国のさらなる発展も夢ではないのだろう。
「今の皇帝はこれまで通りの保守派かと思ったけど、なかなかにドラスティックねぇ」
イザベルの言葉に対してミルドレッドは言う。
「いいや、陛下の案ではない。これらのアイデアはアデレード皇女殿下のものだ」
「ああ、御歳十三にして殿下は帝国を強化するために一役買ってるってわけだな。来るアデレード朝はいよいよ、帝国が覇権を握るかも知れねぇぜ」
帝国人であるダリルはそう期待するが、ジェイとイザベルにはあまり実感できなかった。
ノヴィレグナは建国以来長年、ともすれば臆病者の国と王国人には下に見られることが多かった。魔導機械にしても、彼らが閉じこもる殻を彩る宝飾くらいに思っている者も多い。
カルドランドを築いたデレク大王の、自らの力で奪還するという英雄的な建国伝説がその風潮を強めているのだろう。自分たちは挑み、勝利した者の末裔なのだと。
しかし帝国の人間にも、かつてカルドランドも南方半島も支配していた、強大な古代帝国の末裔であるという自負がどこかにある。
アデレード皇女が見せる大帝国再来の夢は、帝国人にとってはひどくまばゆく映っている。




