第五話 名前
「イカれ野郎が王都で大暴れしていようとも、我らには関係ない。今日も休まず働け」
オルテンシアは相変わらず小言がうるさく、グレイスは相変わらずやる気がない態度だ。そんな受付嬢の寄越したのは〈夜行飛脚〉という魔物の討伐で、これはグリフィンのことだった。縄張り争いかなにかで羽を損傷しているため、凶暴になっているものの飛んで逃げることはないから容易だろう、とのことだった。
なぜ魔物を正しい名前で呼ばないのかということがずっと気になっていたので、フランに尋ねると、「帝国で呼ばれているのが正しい名前というわけではない」という答えが返ってきた。その上で、仮に〈正しい名〉があるとしても、それを使わずに通称で呼ぶことには意味があるのだという。
これに関してはまじないのようなものだ。通称名で呼ぶことで、世界に対して乖離を促すことが狙いだ。魔物のみならず冒険者たちにしても、自らの名前を名乗らずに通称で呼ぶことをよしとする。
それは恐らく、デレク王の戦いの折、あるいはそれ以前の冒険者が生み出した慣習だ。
強力な魔物と脆弱な人族、その差をどうにかして埋めようというげん担ぎ、あるいは単に、冒険者には素性が知れぬ者が多く、魔物にしても見たことがない相手を仮称・通称で呼ぶしかなかった、ということなのだろう。
例えばオルテンシアも、土壌によって色を変える花の名前と、祖先数人から受け継いだ称号からなるエルフ語の本名があるのだが、それを呼ばせたくないらしい。
ルイスもどうやら歴史ある大家の出だが、〈赤の支流のルイス〉という通称以外本名は誰も分からず、素性は知れない。
フランにしたってそうだ。もし彼女が罪を犯したと明確になれば、幻術のすべてを用いて逃げたとしても追跡する秘法があるために、彼女は当局から自由になっている。
しかし、彼女の力は犯罪にはもってこいだ。もしこっそり人を殺していても分かりはしないんじゃねえのか、アンブライアの暗殺者のように――
思わずジェイはそう思ってしまうが、すぐに打ち消す。フランはやや自信過剰でつかみどころのない少女に過ぎない……
〈災厄の守人〉が第六次災厄の存在を明らかにしてから一ヶ月、それまで潜んでいた勢力は次第に表に出始めた。
〈混沌聖典〉もまたしかりで、彼らの犯行には一貫性がなかった。ラジオ局制圧と電波ジャックが、明らかになった彼らの犯行のうちではもっとも分かりやすいものだった。
例えば駐車中の自動車を極彩色に塗ったり、八百屋の野菜を店主がわずかに目を放した隙にすべて皮を剥いたり、町中の時計を一時間遅らせたり、意味不明だが平和なものが多かった。と思いきや、無差別殺人や爆破テロなども突発的に発生する。実行犯は「混沌万歳!」「お前らも混沌の一部となれ!」と言った台詞や、「あああああ」という叫びや意味のわからない文句を唱えたりした。
彼らが行った犯罪の現場にはいつも赤いメダルが置かれていた。そこには切られたピザのような、放射状に切れ目の入った円のマークが描かれている。〈混沌聖典〉のシンボルらしかった。
彼らに対してローギル教会は怒りをあらわにした。異端者、邪教徒などと称し、目に見えるところにぶっそうな武器を常備するなど血気だっていた。
ジェヴォンズ司祭も例外ではなく、二本の剣を帯び大仰な身振り手振りを交えて、仕事の帰りに寄ったジェイとフランに一演説ぶった。
「かねてよりローギル神の〈混沌〉を履き違えた愚者は絶えることがありませんでした。かの神は自由と挑戦、冒険をよしとしておりましたが、無秩序と無節制を唱えたことは一度としてありません。混沌はやがて秩序により整えられ、そして我らは前進するのです。かの者たちが悪しき無秩序に手を染めるなら、我らが秩序により平定せねばなりませんぞ」
司祭によるとフェルネスト近郊の森に、怪しからぬ集団が目撃されたのだという。彼らは例の赤いメダルを身につけていたそうだ。
そこでローギル教会は殺し屋を雇い、悪党どもの殲滅を画策したのである。




