6-4:命の光
まずい事になった。
この感じは間違いなく『歪みの力』だ。
おそらくは精神干渉系……それも思考を読み取る力と考えていいだろう。
精神干渉系の能力は目を合わせなければ使えない……故に回避は容易だが、お嬢にそれを説明する時間が……!
リーダーはそんな俺の焦りを嘲笑うかのようにお嬢の前に立った。
「さて、まずあなたから……!?」
何が見えたのか、リーダーは絶句した。
「いえ、そんなはずは……?ええい、怪しげな術で私を惑わすつもりですね」
頭を振って次は俺の前に立った。
「ならばいいでしょう、こちらの方から聞き出すのみです……」
咄嗟に目を背ける。目さえ合わせなければ大丈夫なはず……
「……!?あなたもですか!あなたたちは一体……?」
……どういうことだ?目を合わせようとしてくるどころかこちらの顔すら見ていない……?
リーダーは斜め上の虚空を見つめたまま動かない。
「……いいでしょう、この者達を牢に放り込んでおきなさい」
そして諦めたように背を向けて、控えていた者にそう命じた。
……このままではまずい。
「待ってくれ!今、何が『見えた』んだ?」
一か八か、声を上げる。
「……なんの話です?」
「とぼけなくてもいい、俺たちはそういう妙な『能力』が存在するってことはもう知ってる」
「……なんの事かさっぱりですね」
一瞬浮かんだ動揺の顔を隠すようにぴしゃりと言い放つ。
「見たところ、高次元の存在と繋がって目の前の対象の全てを『知る』能力……違うか?」
……それは違う、そう言って欲しいのが本音ではあった。
何故ならそれはもはや人間の魂からは引き出しようの無い、手に余る力……
だがここは古代、『奴』の力もまだ強く残っているとすれば……
「……貴様、どこでそれを!」
リーダーは態度を豹変させて詰め寄ってきた。眼前に抜き放った細剣が光る。
残念ながら、大当たりのようだ……
「落ち着いてくれ、ただの勘だ、当たりのようだがな……でもってここからもただの勘だが、俺たちの情報は何も見えなかった、そうだろ?」
「……ええ、あなたたちの狙い通りにね」
「勘違いしないでくれ、そもそもそんなもん狙って阻害できる奴はいない」
「ではどう説明するつもりなのです?」
よし、手ごたえアリだ、あと一押し……!
「実は俺たちは……未来から来たんだ」
「で、こうなった、と」
牢の中でお嬢が呻きながら言う。
「仕方ないだろ、俺は真実を言ったんだ」
もちろんリーダーには信じてもらえず、こうして今牢にいるわけなんだが……
「これからどうするの?」
「とにかくここを出るんだ……いや、それじゃ駄目だ、あのリーダーの協力は不可欠だ、なんとか説得しなければ」
それに……あの『能力』……あれには確実に良からぬものが関与している。
それこそ奴……『悪魔』の片鱗が……
「じゃあどうすんのさ」
お嬢の声で我に返る。
「とりあえず……沙汰を待つしかないだろうさ」
俺は牢に横になりつつ言った。
一方。
「……あなた、ちょっとそこに立ってみて下さい」
「は、はぁ……」
いきなりリーダー……セリシアに声をかけられた兵士はすこし怯えたように答えた。
先ほどの剣幕を見ていたからだ。
「……なるほど、私の目が曇った訳ではないようですね……」
セリシアの目は兵士の頭上に彼の全てを見ていた。
それこそ生まれてから今までの全てが圧縮されてそこに存在する。
そのうち見たい情報を抜き出して見る事ができるのがセリシアの能力だ。
……曰く、高次元にはこの世の全てを記録した物が存在する。
悠久の時を全て記憶し、記録してきた超越存在が。
それに接続し、その記録の一部を視聴する……個人の所有する能力としてはあり得ないほどの強大な力だ。
彼女はそれに対し確たる自覚はしていない。
ただその力の絶対性は感じ取っている。
ゆえに今回、何も見えなかったのは不安であった。
間違いなくこの世の理を外れた存在……
未来から来た?そんな馬鹿な……
だが確かに、未来から来たのなら記録が存在しないのも辻褄は合う。
……まあ、今日はいいだろう。
今は『魔王』討伐の報告を待つだけだ……
「なぁんだこりゃ……調査隊の報告にこんなもん無かったよな……?」
『魔王』出現の報告があった場所に遅れてたどり着いたヤルト――怪しい不審者(白波)達を送り届けた彼――は頭を掻いた。
既に本隊は突入後だろう、停泊した船団だけが残されている。
それよりも……ここはおかしい。
報告によると元々ここはそう大きくも無い村があっただけのはず……もっとも、東の大陸に大きな集落は存在しないが。
だがこれは……
「城、ですね……我々の本拠地と同じ……いや、それ以上……」
ヤルトの部下が見上げつつ言う。
その言葉通り、眼前に聳え立つのは巨大な禍々しい城だった。
「調査隊が帰ってから三日も経っていないはず……どうやってこんな物を」
「いやそんな事より船長、早く突入しましょう、もうみんな中で戦って……」
……言葉を遮るように謎の爆音が響いた。
「なんだ、今の音は!?」
「何か、獣の咆哮のような……」
続いて、何者かが走り寄ってきた。
「誰だッ!」
咄嗟に魔導杖を構えて警戒する。
「待て!ヤルト!俺だ!」
「なんだ、ルーカスか……いや、どうしたんだ!?何故そんなボロボロなんだ!」
杖を納めるとルーカスは足元に倒れこんだ。
「に……逃げろ……奴らには……勝てない!」
「どうしたんだ!何があった!」
「俺達は一斉突撃した……そのはずだった。俺は最後列だから何があったのかはよく分からなかったが……八割が一撃で吹き飛んだ……そうとしか思えん。とにかく残った俺達も散り散りになって……次の瞬間にはあの城が出来てた……」
息も絶え絶えにルーカスは語る。
「なんだと……八割……!?あり得ない!中央隊なんてエリート中のエリートじゃないか……!」
ヤルトは口元を抑えた。
「事実は事実だ……!いいか、俺はなんとか城の出口を見つけられたが……さっきの鳴き声、聞いたろ?あの声に違わない化け物が中を闊歩してる……近寄るな、今は逃げろ……!」
「んな事を言ったって……俺だって一介の……」
「馬鹿!命を無駄にするな!お前達まで死んだら誰がリーダーにこの状況を伝えられるんだ!いいから行け!」
「……クソッ!お前ら船に戻れ!出航準備だ!急げ!」
大声で部下に指示を飛ばす。
「ほら、お前も行くぞ……歩けるか?」
足元に倒れる戦友に手を差し伸べた。
「ああ、すまない……だが俺はもう無理だ、足が言うことを聞かない……」
「仕方ねぇな……ほら、しっかり掴まれよ……!」
一息に担ぎ上げた。随分と……軽い。
「……悪いな」
「何を言ってるんだ、さっきお前も言ったろ、リーダーに状況を伝えなきゃいけないんだ、実際に体験した奴がいないとな」
……その時。
城の大扉が内側から開かれた……弾け飛んだと言った方がより正しいだろう。
「な……なっ!?」
ヤルトはただ言葉を失った。
『絶望』が、そこにはあった。
黒い霧を纏った巨大なその怪物は、大地を揺るがす咆哮を上げた。
「チッ……もう出てきやがったか……」
ルーカスは歯噛みした。
「あ、あああ……」
ヤルトは本能で悟った。アレには勝てない。どうやってもだ。
「おいしっかりしろヤルト!まだ出航できないか!」
「あ、ああ……あと一分はかかる」
一分もあれば、あの怪物は船にたどり着いて皆殺しにしてしまうだろう。
「……そうか……ヤルト、こいつ借りるぜ」
そういうとルーカスはヤルトの魔導杖を抜きとって地面に降りた。
「お、おい、お前死ぬ気か……!」
「馬鹿野郎!このまま死ねるか!死んでたまるか!お前だけに美味しい所は持って行かせないぞ俺は!だから……行けよ!とっとと船に乗れ!一分くらい俺が稼ぐ!」
「で、でも……」
「うるせぇ!馬鹿野郎!とっとと行けってんだよ!」
「……分かったよ……でもな、その杖、ちょっと高かったんだからな!絶対に返せよ!約束だぞ!」
「……ああ、約束だ」
ヤルトは船に走った。ルーカスはそれを背中で見送った。
「なあ、知ってるかヤルト……人の命……魂ってのはな……自然に存在するどんなものよりも魔力が詰まってるんだ……魔法理論なんてサボって勉強してなかったお前に分かるかは疑問だが、な……」
一人呟きながら、杖を地面に突き立て、体を起こす。
そしてありったけの魔力を……自らの命を……籠める……籠める……!
「悪いな、ヤルト……約束は守れそうにないよ……しかし俺が約束を守ったことなんて、いままであったかなぁ?……もう、分からない……」
最後に渦巻く全ての記憶、感情すら魔力に変換……!
杖全体が鈍く光り始めた……!
その光は勢いを増し続け、吼え猛る怪物を押し留め始めた……!
「……おい!まだか!まだ出航できないか!」
船の中でヤルトが叫ぶ。
「行けます!出航可能です!でも……ルーカスさんは……?」
「あいつは……あそこだ」
光の渦の中心から、ヤルトは目を離さなかった。
「ええっ!でも、そんな……」
「……あいつは大丈夫だ、俺と約束したんだから……とっとと船を出せ!急げ!」
「はっ、はい!」
船が浮かび上がる。それでもヤルトは溢れる光の中心を見つめ続けた。
魔法には詳しくないヤルトにも分かっていた。
あれは、命の光だ。輝く人の魂そのものだ。
それはつまり、使用者の……ルーカスの死を意味する。
その、残酷なまでに綺麗な光から、ヤルトは目を離さなかった。離せなかった。
やがて、その光が収まり、見えなくなる頃……ヤルトは、声を殺して泣いた。
続く。




