6-2:魔法陣
「それじゃ、俺に掴まれ、しっかりとな」
「わかった」
俺はいつものように両手を……
「あ」
「どうしたの?」
そういえば片手を無くしたんだった。
「いや……なんでもない」
片腕で長時間移動はやや不安だ。
仕方が無い。不本意だが……
俺は『魔法』の光を収束させ、腕を形成した。
「えっ!?何それ!」
お嬢が目を白黒させている。
「ああ、そういやお嬢はあの時いなかったな……これは『魔法』だ」
「『魔法』?なんでジャックが魔法を使えるの?」
「この石のおかげなんだとよ」
俺は首飾りの白い石を指した。
「へえ……でも、そんな手軽に使えるものなの?」
「ああ……おぞましい事にな」
「おぞましい?」
「いや、なんでもない」
そもそもどうやってこの石を作り出した?
人間の技術力がここまで進んだとは考えにくい……
「とにかく、時間旅行の始まりだ!」
ジャック達が時間を遡っている間、少し話をしよう……
――――時はリディアがフェルの元を旅立ったその少し後。
フェルは考えた。
「そうだわ!リディアも解決したわけだし、家の片づけをしましょう!」
そうして彼女は有言実行とばかりにすぐ黒い屋敷へと向かった。
「うーんホコリっぽいわね……リディアも掃除くらいすればよかったのに」
ずれた独り言をいいながら、フェルはまず厨房に向かった。
「なに……これ?」
不自然なほどに綺麗な調理道具と対比するように腐乱した食材が乱雑に散らかる光景にフェルは眉を顰めた。
「ネズミかしら……?いや、ネズミには床下倉庫の蓋は開けられるはずが無いわね」
広い床下を覗き込む。食材は一つも残っていない。
「泥棒?いや、リディアがいたし……」
その時!
突然、扉が音を立てて閉まった!
「何!?」
扉に刺さった包丁が妖しく光り、宙に浮いた!
『また……食材がやってきたか!これでまた、料理ができる……』
「り、リディアの他に……まだ幽霊が居たのね……」
包丁が風を切って飛ぶ!
「危ない!」
咄嗟に近くにあった鍋の蓋で防ぐ!
「ここを出ないと!」
扉に走る!
「あれっ!?」
開かない!
『今度は逃がさないぞ……かっ捌いてやる!』
「あわわ……どうしましょう」
フェルはポケットから水晶球を取り出した。
「私はどうすればいいの?教えて!」
水晶の中にフェルが映し出される……
『ここしか無いわ!』
フェルは床下倉庫に飛び込んだ。
『蓋を閉めれば……大丈夫!』
ガン!ガン!
上から包丁が突き刺さる音が聞こえる!
『これからどうしましょう……』
フェルは壁を叩き始めた……
「なるほど、床下ね!」
現実のフェルも同じように床下へ飛び込んだ。
蓋を閉める。
包丁が音を立てて突き刺さる。
「ここまで占いのとおりね……ここからどうするんだっけ」
フェルは周りを見回した。
「ああ、壁を叩くんだったわ……こことかどうかしら」
渾身の力を込めて壁を……殴った!
ドゴン!
凄まじい音を立てて壁に拳がめり込む。しかし何も起きない。
「いったーい……おかしいわね、こうすれば助かるはずなんだけど……」
フェルは考え込んだ。
「もう一回やってみましょう!」
ドゴン!ガラガラ……
衝撃派が走り、壁が崩れた……反対側の壁が。
「あら、そっちだったのね……まあいっか」
フェルは拳をさすりながら崩れた壁の奥へと歩いて行った。
「どこかしら?ここは……」
フェルがたどり着いたのは、牢の中だった。
「こんな部屋があったのね……」
呟きながら錆び付いた錠を破壊する。恐るべき怪力だ。
「なにか今失礼な事を言われた気がするわ」
「さて、とにかく外に出ないと……あんな幽霊がいるんだったら掃除どころじゃないわ」
牢の並ぶ廊下を歩いていると、突き当りの部屋にたどり着いた。
分厚い鉄の扉が開いたままになっている。
「この部屋は何に使ってたのかしら……まあ大方、お父様の研究でしょうけど……」
フェルは戦闘の跡の残る部屋を見回した。
「随分と過激な研究だったのね……」
壁の焦げ跡を撫でながら歩く。
「……そういえば魔法ってなんなのかしら?お父様が研究してる事なのに全く知らないわ」
ガタン!
「え」
撫でていた壁の一部が突如、凹んだ。
「な、なにかしら……なにか嫌な予感が……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「や、やだっ……」
響き始めた轟音に、フェルは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「な、なんなのよこの家……どうなってるの?」
音が止んでしばらくした後、フェルは立ち上がった。
「特に……何かが変わったようすは無いわね……何の音だったのかしら」
部屋の外に出てみる。
「あら……?どこかしらここは」
見慣れない部屋に出た。
「書庫……かしら?」
目の前には見慣れない文字の本が並んでいる。
「『魔法数学とは』……『魔法と色の密接な関係』……『立体魔法陣の構成』……」
背表紙の古代魔法言語を翻訳したらしきリストが壁に貼ってある。
「以上、王立魔法研究所蔵書……?お父様が借りたままなのね」
フェルは持ってきた袋にリストの本を詰め始めた。
「私が返しておくわ」
「ふう……」
詰め終わって一息、彼女は重大な問題を思い出した。
「どうやってここを出ようかしら?」
ひとまず、鉄の扉の部屋に戻る。
「確か、壁を撫でながら歩いていたら……」
そう言いながら実際にまた壁を撫で歩く。
ガタン!
先ほどと同じように壁の一部が凹んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
フェルは今度は冷静に観察した。
扉の外の書庫が下に下がっていく。
「なるほど、この部屋だけが上下に動くしくみね……どうやってるのかしら」
部屋が上がりきったあと、扉の外は牢の並ぶ石廊下に戻っていた。
「あら、これは……?」
彼女は扉の傍に落ちていた錠前に目を留めた。
「これは……なんだか不思議な力を感じるわね」
フェルの占い師の勘がそう告げた。
彼女はそれを拾って袋へと入れた。
「さてと、とにかく、歩いてみるしかないわね」
同じ道を辿って戻っても、また包丁に追い回されるだけだ。
そもそも、床下倉庫の戸は内側から開かない。
廊下の端まで歩くと、上に続く階段があった。
「よかった、これで出られそうね」
階段を上り、跳ね上げ戸を開ける。
「ここは……私達の部屋!?」
フェルは愕然とした。
「知らなかったわ、私達の部屋の下にあんな部屋があったなんて……」
なにはともあれ、子供部屋の扉を開け、出口はすぐそこだ。
「この家はもう一度よく調べてみる必要がありそうね……」
重い本を抱え、彼女は帰路を急いだ。
数日後、フェルは船着場へとやってきた。
屋敷で見つけ出した本を西の大陸へと送るためだ。
持出審査に時間が掛かったが、やっと返却できる。
「住所は本当にこれで合ってたかしらねぇ……まあ、魔法研究所って書いてあるし届くでしょう」
ちょうど往復船が西の大陸から着いたところだった。
東西の大陸を行き来する人間など、今の時代は少なくなったが、その船には乗っていた。
王家の使者と思しきその人物は、蒼白な顔をして、大きな荷物を持った者達を従えている。
「珍しいわね、向こうの女王様にお子さんでもできたのかしら?」
今や東西の王家はそれくらいの事でしか連絡をしないほどに関係が希薄になっていた。
「ま、いいわ、この荷物をお願いします」
フェルは本を受付に差し出した。
「ふむ……このような書物が我が国に残っていたとは」
フェルが西の大陸へと送ったはずの魔法書を読んでいるのは、白髪紫眼の男……紫輝である。
何故彼がそれらを持っているのか?
簡単な事だ。
持出審査の時に写しを取ったのだ。
「なるほど、魔法……か。西の大陸を手中に収めるに際してかなり厄介になるだろうな」
紫輝はしかし、ほくそ笑んだ。
「だがしかし、我らもこれを手にした事は奴らは知ることは無い……つまりこれさえあれば!」
「我らの勝利は約束されたものに!ってわけですか?」
愉快そうに少年が口真似をした。
「そ、創!いつから聞いていた!」
「紫輝様は前から独り言が大きいんですよ、もうすこし注意するべきだと思いますけどね」
「フン……まあいい、何の用だ」
「西の大陸から使者が来てるようですよ」
「何……?何の用だ?」
「さあ?僕が知るはず無いじゃないですか」
「その生意気な物言いはどこで学んだんだ?……まあいい、お前も来い」
「へ?久々に『やる』んですか?」
「ああ、恐らくな」
「そりゃあ楽しみだ……へへ」
さて、西へと渡った魔法書は、無事魔法研究所へと帰った。
ちょうどよく、グラントが研究所へ帰ったその日に。
「これは……フェルさん?というと、所長のお子さんの……ふむ……なるほど……」
添えられていた手紙を読み、おおよその事情を知る。
「魔法数学……確かに、所長が専門的に研究していた分野の本だ」
リストを確認しながら、本を一冊ずつ書庫に戻していく。
「ん?『魔法と色の密接な関係』……?こんな本があったのか……どれ」
グラントは恐るべき速さでその本を読み始めた。
「これは……つまり……なるほど……」
「魔法と……色か。考えたこともなかったけど……これは何かに使える気がするぞ!」
読み終えたグラントは再び本を戻す作業を始めた。
「ふう……ん?なんだろうこれ」
五色に塗り分けられた錠前が袋の中に残っていた。
「これは……いや、まさか……なんらかの魔法が篭っているのは間違いない……」
グラントは穴の空くほど観察しはじめた。
「なるほど……色……数字……」
錠を分解し始めた!
「内部構造は大体普通だ……この石を除けば」
そういって取り出したのは本体と同様五色に塗り分けられた石だ。
「これは……なるほど、数字を色を対応させることによって魔法式が発動し、それによって開錠される仕組みか……つまり魔法式があと少しで完成する状態の魔法陣にこの部品の色を足すことによって発動するよう組み上げられているんだ、なるほど、だからあの本の中に立体魔法陣の話が……」
グラントは弾かれたように立ち上がった!
「これはすごいぞ!こんなこと考えもしなかった……!通常制御の難しく、作成に時間のかかるうえに動かすことも出来ない魔法陣、その問題を解決するためにあえて未完成の状態の立体魔法陣を作り、そこに色をぶつけることによってその都度完成させるということか……!確かに、対応する色の物体をぶつけるだけでいいのなら数字を書き込むよりもかなり容易だ!」
しかし疑問もある。
「なんで所長はこんな錠を……?もっと使い道があるだろうに……そもそもこの錠に数字を書き込む意味は無いはず、数字はすべて色に置き換えられているのだから!これはまるでこの錠を見たものに色と数字の関係性について教えるかのような……」
グラントはハッとした。
「まさか所長はそのために……?自分があんな状態になると分かっていて後に遺すために……?ならこの構造が『魔法使い』に関係があるのか?」
しばし、考え込む。
「魔法……魔法とはつまり、元素だ。元素にも色が対応しているとすれば、その四色で均整の取れた魔法陣を組み、使いたい元素に応じて過剰にその色をぶつけることによって……いや、違う、それでは少しづつ魔法陣が磨り減ってしまう……だがこれは使えるぞ、魔法力の無い一般市民にも手軽に魔法が使えるように……」
「ふう、できたぞ……これで誰でも魔法が使える」
彼が持っているのは回転式拳銃のような物で、弾倉の代わりに赤、青、黄、緑に塗り分けられた四面体が収まっていた。
「この引き金を引けば……」
赤の面に赤い石がぶつかり、銃は火を噴いた。
「いいぞ、さて、次は……」
四面体を回転させ、青の面を上にした。
引き金を引くと、青い石が青の面にぶつかり、銃からは水が迸った。
「よし、まだそれぞれの元素を固めて放つ基本中の基本魔法しか使えないがこれは大きな進歩だ!」
グラントは満足げにそれを机に置き、そしてふらついて倒れそうになった。
「ううん、少し寝るか……」
机に突っ伏して寝ようとしたその時、錠の中に入っていた石が光っているのが見えた。
「な、なんだ!?」
グラントはその石を手に取った……
「う……ここは?」
グラントは色の無い謎の空間に浮かんでいた。
「よくぞ来た」
「えっ?」
目の前には見紛うはずも無い魔法研究所所長その人が立っていた。
「しょ、所長!?」
「この魔法石に込められたもう一つの魔法に気付き、発動させたお前にならば任せられる……」
「なんの話です!所長!」
「これはあらかじめ記憶された映像でしか無い……と言っておこう」
「そんな……なんのために!」
「人を魔法使いとする禁断の術式……それを託すことにする……私はこれから罪を償うのだ」
「罪……?」
「私は悪魔に魂を売った。その結果としてこの術式を手に入れたわけだが……ともあれ、この術式は受け継がねばならん……来るべき戦いのためにだ」
「来るべき戦い……所長、一体あなたには何が見えて……?」
「頼んだぞ……」
「はっ!」
グラントは目覚めた。
「うぅ……寝てたのか、僕は……夢だったのかな」
だが、頭の中には一つの複雑極まり無い術式があった。
「いや、これは魔法でこの石に込められた記憶なんだ……なんかの弾みでそれが発動して僕の中に流れ込んできたんだ……ということは!これは人を魔法使いにする立体魔法陣を作り出す術式!」
グラントは天を見上げた。
「所長は立体魔法陣の構成について錠で理解させ、その上で更なる魔法に気がついたものにこの術式を託そうとしたんだ!これは……やるしかない!」
かくしてグラントはあの石を完成させたのだ。
だが所長の記憶が告げた来るべき戦いとは?―――――
そろそろジャック達も過去の大地を踏んでいることだろう……ここで話を終わる。
続く。




