4-4:最後の挿絵
「うーん……重い……ハッ!」
いつの間にか寝ていたようだ。
体が重い……
「うーん、疲れが取れない……って、訳じゃないみたいだなこれは……」
俺は途方にくれた。
「俺を下敷きにしないでくれ……まったく」
俺に折り重なるようにして寝ていた華菜芽を静かにどける。
「ふう……まだ暗いな、もう一眠り……」
しようと思った俺の目に不可思議な物が飛び込んできた。
「……?」
焚き火でもしているような灯りだ。
この森にいる人間は俺と華菜芽だけのはず……
「おい、華菜――」
声をかけようとしてやめた。
俺だって一応、男だ。様子を見ることくらい一人でもできる。
なんだ……あいつ?
心の中で呟く。
焚き火の傍に居たのは目に痛い配色のフードを被った人影だ。
この森の闇に驚くほど合わない紫と黄の二色が俺の目を刺した。
「……やあ、奇遇ですねぇ、こんな所で……」
「!?」
人影は後ろ向きのまま言った。ねっとりと高い男の声だ。気づかれたのか……?
「あなた、何故この森に……?人の立ち入っていいところでは、無いと思いますが……」
「……」
危険かもしれない。返事はしない方が……
「そこにいるのは分かっているんですよ……!」
男は振り向いた。
顔は影になって見えないが、眼光だけが鋭く光った。
「よ、よお、こんなところで人に会えるなんて運がいいな、ハハハ……」
とりあえず、何も知らない体を装う。
なんだかこいつからは危険な香りがするからだ。
「……まあいいでしょう、あなたは森で迷って、今初めて人に会った。そういうことにしておいてあげましょう」
「お、おう」
なんだ?この妙な威圧感は……
「それはそれとして……一つ頼みがあるのですが……」
「な、なんでも言ってくれ、困ったときはお互い様さ」
「あなた、この森で『緑の髪の少女』を見ませんでしたか……?」
「……!」
華菜芽の事か……!
そういえば華菜芽が怪しい奴らが最近出現するって……
「おやぁ?見覚えがおありですか。おかしいですねぇ、ならばなぜさっき初めて人に会ったような態度を見せたのです?」
「な、何を言ってるのか分からないな……緑の髪……ね、覚えておくよ、それじゃ……」
明らかに何かヤバい。とにかくこの場を去らねば……
「待ちなさい」
「!?」
男に背を向けたはずが、いつの間にか目の前に……!
「あなたに話があります……」
―――――――――
「……おはよう鉄男……あれっ?」
鉄男がいない。
おかしいな、そんなに早く起きそうな奴には見えなかったけど……
「おーい華菜芽!降りてきてくれ!」
予想外の方向から鉄男の声がした。下だ。
「なんだ、もう起きてたの」
「おう、ちょっとな」
置きっぱなしになっていた本を大事にしまって急いで木を降りる。
「どうしたの?」
「さっき森を探検してたら気になるものを見つけてさ……ちょっと見てもらおうかと」
「何?何を見つけたの?」
「それは見れば分かる」
鉄男は先に歩き始めた。
……?なんだか昨日よりもいやにスムーズに歩くのね……
少し開けた所まで来た。
「ほら、これ」
鉄男の差す先には焚き火の後があった。
まだ新しい。
「これは……またあいつが来たのかも」
「あいつ?」
「そう……一回言ったわよね、怪しい宗教みたいな」
「ああ、なるほど」
……?
鉄男の様子がおかしい。なにやら笑いをこらえているようだ。
「なにがおかしいの?」
「ああいや、宗教なんて言うからさ、そりゃ笑うだろ」
「……?」
「まあいいや、それより聞いてくれよ、昨日見つけた気になる物ってのはもう一つあって……」
「な、なに……?」
一歩身を引く。何かが……何かがおかしい。
「昨日会ったんだよ、その『宗教家』に」
「え……えっ?」
思わず耳を疑った。
「それでそいついい奴でさ……この森の出口を教えてくれるっていうんだ」
「て、鉄男……?」
いつの間にか鉄男の目は焦点が合わず、明らかに異様な様子であたしを睨み付けていた。
「『緑の髪の少女』を捕まえるのに協力すればな!」
「!?」
鉄男は突然殴りかかってきた!
飛び退いて回避する。
「ま、待ってよ鉄男……」
「うるせぇ!いつまでもてめぇみたいな得体の知れない奴とこんな陰気くせぇ森を歩いてられるか!」
これまで聞いたことの無い鉄男の罵声。
「どうして……」
「どうしてだとォ!?」
容赦ない鉄拳を繰り出すと同時に鉄男は激昂するように言った。
「そもそもてめえを庇う義理は俺にはねェだろうが!しかたねぇからしばらく優しくしてやったら調子に乗りやがってッ!大人しく死にやがれこの化け物がッ!」
「化け……物……?クッ!」
ただ呆然とするしかなかった。防御を取るのも忘れてもろに顔面に打撃を食らう。
「おっといけねぇ、顔を傷つけたらよぉ……怒られちまう……お楽しみできねぇもんなぁ」
「……鉄男……信じてたのに……」
でも、これも自業自得なのかもしれない。元はといえばあたしが鉄男を殺そうとしたのがいけないんだ……
それでも……それでも昨日の鉄男の優しさ……それだけは本物だと思っていたのに……
字の読めないあたしに、本を読んでくれた鉄男……
きっとあたしを傷つけまいと、悲しい結末までは語らなかった事をあたしは知っている。
でもそれも、全部偽りだったんだ。
それで当然なのかも知れない。
運命っていうのは結局……昔私が破り捨てた最後の挿絵を避けては通れないんだ。
もう、どうでもいい……諦めと絶望が、体を満たしていくのを感じながらあたしは座り込んだ。
「なんだぁ?諦めの境地ってか!ならしばらく眠っていて貰うぜ!」
どこか無機質な手の温もりが、首にまとわりつく。
残酷な笑いを浮かべて首を絞める鉄男の顔は、もはや昨日までの鉄男には見えなかった。
地面から離れる足、ゆっくりと黒く染まる視界……
「ち……がう……」
「なんだァ?懺悔なら後でたっぷり……げほぁ!?」
「違う!お前は……お前は鉄男じゃない!」
自分でも無意識のうちに顔面に蹴りを食らわせた。
「お前は誰だ!」
いつのまにか鉄男の顔に重なるようにして、別の男の顔がぼんやりと見える。
そう……いうなれば魂に寄生しているかのように、そこにくっついていた。
「ついに頭がおかしくなったか……!」
「とぼけるなっ!鉄男から出て行け……お前だ!」
それを聞いた謎の男の表情が変わった。
『ほう……なるほど、「開花」しましたか』
声が変わった。不愉快な高い声に。
「その声は……やっぱりあの宗教家だね……!」
『ええ、「開花」を果たしたあなたにはよくわかるはずです……もう一度言います、私たちにはあなたのその「能力」が必要だ』
「相変わらず何を言ってるのかさっぱりだねッ!いいから鉄男を……」
『どうしてこの男にこだわるのです?いいですか、この世には二種類の人間がいます……』
男は熱が込もったように語りはじめる。
『選ばれた人間と、そうでない人間……つまり「能力」の有無なのですよ、あなたは選ばれた人間だ』
「『能力』……?」
『その通り!我々の心……魂……そういったように呼ばれている某かはある種の防衛機構を備えている……これは私の仮説ですがねぇ、それが「能力」です……あなたは今、私の「憑依」の能力を見破った……私の睨んだとおり、あなたには「魂視」の素質があったのですよ、それが絶望によって美しく開花した……素晴らしいではないですか?私には舞台演出家の才能があるようですねぇ』
「いつの間にそんな事を……」
『いつの間に素質を見抜いたか、ですか?……いえね、私とて禁じられた森に動物と話ができる緑の髪の少女がいるという噂を聞いて最初は半信半疑でしたよ……しかし実際に見てみて分かりました……「能力者」同士は波長のようなものが合うのですよ、その上でいいます、この男は「非能力者」の屑だ』
「……い、一体何が目的……?」
この男は異常だ。明らかに。
『……あなたはこの森にずっといたから分かるでしょうが、この地……「国領外」はそれは酷い場所です。傲慢なる王によって我々は豊かな地を追われたのですよ、悔しくは無いですか?』
「そんなの……分からない」
『ならば分かるべきです、そのために我ら「解放軍」は同志を求めているのですよ……さて、もう一度聞きますよ、我々と共に来るか、この森で朽ち果てるか!』
「……もし着いていくと言ったら……鉄男はどうするつもり?」
『まだこの男を気にかけているのですか?くだらない……まさか恋などという幼稚な感情ですか』
「なっ……そんな」
『いいでしょう……あなたが望むならばこの男は生かします』
……本当だろうか?
「今、なんて言ったの?」
『は?聞いていなかったのですか?……もう一度だけ言います、あなたが望むならこの男は生かします』
「そう……どうやら」
あたしは人差し指を突きつけた。
「魂は嘘を吐けないみたいだね!」
『……!?』
「あたしの『能力』……『魂視』っていうの?教えてくれてありがとう……おかげでよく分かった」
『なるほど……厄介な「能力」ですね……』
「あ、本当に嘘だったの……あてずっぽうも言ってみるもんだね!」
『……!お、おのれ……私を愚弄しましたね……!』
男の顔が赤く膨らんだ。
どうやら『魂』から感情くらいは読み取れるらしい。
「とにかく!今ので分かった!あんたには着いていかない!とっとと鉄男を返しな!」
『……生意気な小娘ですね……いいでしょう、あなたはここで始末してあげましょう……生かしておくと私の「能力」に都合が悪いのでね』
「やってみな!」
最後の挿絵には……まだ早い!
続く




