4-3:物語
「ふう、生き返ったぜ……」
俺は差し出された果物を食べ終えて一息ついた。
ここは樹上に築かれたこいつの……家?と言っていいのかは分からないがとにかく住処だ。
「今、失礼な事考えなかった?」
「え?いや別に」
「で?俺を騙して猛獣の餌にして……わざわざなんでそんなことをしようとしたんだ?」
「ごめん……謝って済むことじゃ無いっていうのは分かってる」
どうやら、冷静になってくれたようだ。
「いいよ、生きてるし……で、理由は?」
「アイツ、最近様子がおかしいんだ……これまではあんなに凶暴じゃなかったし、あたしにまで襲いかかってきたのなんか今でも信じられないくらい」
「そうなのか……何か心当たりは無いのか?」
「全然。それで腹が減ってるせいなのかなって思って……この森にはアイツ以外小さな動物しかいないし。ずっと我慢してたのがはち切れそうになってるのかと」
「それで俺を食わせようとしたってわけか……なんでそこまで」
「……本当にごめん」
「もういいって、それより今度こそ森の出口を教えてくれないか」
一刻も早く国領内に辿りつきたい。
「……この森に、出口は無いんだ」
「へえ……は!?」
「出口が無いって……どういうことだよ?」
「知らない」
「知らないィ!?」
「あたしも生まれてからこの森を出たことは無いし」
「そんな事言ったって……ずっと歩き続けりゃどっかしらには出られるんじゃないのか!?」
「……無理なんだ。この森はそういう所なんだ。あんたが倒れてたっていう海岸すらも、あたしは見たことは無い」
「そんな馬鹿な……」
絶望的だ。そんなことが有り得ていいのだろうか。
「……で、でもさ!探せばきっとあるよ!出口くらい!」
「お前も今まで見つけられなかったんだろ?」
「ぐ……で、でも!二人で探せばなんとかなるよ!あ、あたし華菜芽っていうんだ!森を出るの、手伝うよ!ね?」
なんだか必死だ。こいつはこいつなりに罪を償おうとしているんだろう。
「分かったよ……俺は鉄男だ。よろしくな」
「とりあえず、疲れたぜ……横になって大丈夫か?ここ」
「ああうん、崩れないと思う……たぶん」
「たぶんて……まあいいや、じゃあ失礼……」
俺は眠りに落ちた。
目が覚めたら、見覚えの無い場所に立っていた。
壁と床、天井は全て継ぎ目なく繋がり、言うなれば巨大な球の内側にいるようだ。
それら全体が眩しく光を放っている。
「夢か……」
こんな夢を最近よく見る。
『どこだ……ここは?おい!幻霊王!どこだ!』
なんだか見覚えのあるような男が騒いでいる。
あれは……ジャック?
いや、それにしては少し……何かが違う。だが似ている。
『やっと……来たか。なるほどすばらしい魔力だ』
どこからともなく厳格な老人のような声がした。
『誰だ!幻霊王か!一体何の真似だ!試練の褒美はどうした!』
『我は幻霊王では無い……四霊王全ての上に立つ存在よ』
『なんだと?まだそんなのが……ということはまた試練か?』
『そういうことだ。お主には更なる試練を与える』
『……フン、霊王達の試練には答えた。その分の褒美を頂くぞ』
『よかろう。何が望みだ』
『そうだな……永遠の……命を』
「……一体なんなんだ?この夢は……っ!?」
目が覚めて、ふと横を見るとそこには華菜芽の寝顔があった。
頓狂な声を出しそうになって慌てて口を閉じる。
真横で平然と寝るなんて……なんて大胆な娘だ!
森で育ったからそういうのに抵抗が無いのか!
……落ち着いて見ると、けっこう可愛い顔をしている……
きっと鋭い印象を与える目を閉じているからだろう。
……俺は何を考えているんだろう。少し落ち着こう。
俺は頭を振った。
「……なにやってんの?」
「うわっ!起きたのか!」
「ちょっと横になってただけよ……なんでそんな慌ててんの」
「別に慌ててなんかないぜ」
「ふーん……まあいいけど」
「えーっと……なんか、喋り方変わってないか?」
「うん、さっきまでなるべく舐められないようにしなきゃって思ってたし」
「ふーん……ま、まあいいや、とっとと出口を探そうぜ!俺は急いでるんだ!」
「え?うん……わかった」
「お前、本当に生まれたときからここに?」
少し先を悠然と歩く華菜芽を必死に追いながら話しかける。
「うん、まあね」
「両親はどこにいるんだ?」
「両親……?」
立ち止まって振り向いたその顔は困惑に満ちていた。
「えーとまさか……親の顔を知らないとか……?」
悪い事を聞いてしまったかもしれない。
「え?いや、お父さんの顔くらい分かるわよ」
「なんだ……両親もこの森に住んでいたのか?」
「その……両親って何?」
「何ってそりゃ、父親と母親の事だよ」
なんだか致命的に会話が成り立っていない気がする。
「ああ、あたしにお母さんはいないよ」
再び華菜芽は歩き始めた……が、何かよく分からない発言が聞こえた気がする。
「……いない?」
「うん、お父さんがあたしを産んで育ててくれたから」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ」
衝撃の爆弾発言だ。
「なに?」
「なに?じゃなくて……その……男一人じゃ子供は産めなくて、その……」
顔が赤くなるのが自分で分かる。俺は一体何を……
「なんで?」
「な、なんで?だと……?そっ、それはだな…そのなんというか…えっと……」
「森の動物の中にもオスだけで子供産んでるのがいるよ?」
「えっ……?あ、ああ、そう……なのか」
ここではそういう常識なのかもしれない。
「まあいいや、ここが森の中心」
「中心?」
華菜芽の指し示す先には、見上げても梢の見えない程の大樹がそびえ立っていた。
幹の太さも尋常ではない。一体いつからここに立っているのだろう。
「といっても、森の出口は無いから、目立つここを中心って事にしてるだけだけど」
「出口が無いって、具体的にはどういうことなんだ?」
「ここからあっちに向かってずっと歩いていくと、またこの木が見えてくるの」
「……なるほど」
方向感覚を狂わせられるのだろうか?それとも空間がねじ曲がっているのか?
「磁石でもあればなぁ……」
「磁石?」
「磁石があればな、方角が分かるんだ」
「方角ってなに?」
「……うん、なんでもない」
思った以上に話が通じない。
「お前、この木に登れるか?」
「え、うん、できるけど」
そういうと華菜芽は身軽に木を登り始めた。
登れるのなら上から森を見渡せて話が早い。
……いや、それなら俺も登らなきゃダメか。
「あ、おい、ちょっと待て……速い……」
急いで後を追う。だが生憎と木登りは得意じゃない。
「なにやってんの?大丈夫?」
「ああ……大丈夫……大丈夫だけど……ちょっと待ってくれ……」
「その剣置いてくれば?」
「いや、これは……無くしたら大変なんだ、命よりも大切と言っても過言じゃない」
「ふーん……じゃ、先に行くから早く来てね」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくれ……おい!」
「はぁ……はぁ……なにもてっぺんまで来るこたぁ無いだろ……」
「あ、そうだったの?ごめん」
木のてっぺんに辿り着いて、俺はすでに虫の息だった。
「で、登って何をするの?」
「何って……ここから森が見わたせるだろ?これだけ高けりゃ……」
辺りを見渡す。かなり遠くに、木の無い地平が見えた。街のような物もある。
「ほら、向こうに森の出口が見えるじゃないか!」
俄然、希望が湧いてくる。
「うん……そうだね、私も何回かそう思ったよ」
一方の華菜芽は、なんだか諦めムードだ。
「ちょっと待ってろ、運が良ければ……」
鞄は海の底だが、ひょっとすると磁石くらい身につけていたかもしれない。
「あった!これさえあれば……」
ポケットに見つけたそれを取り出す。しかし……
「それが磁石?でも……それどうやって使うの?」
「どうやってって……あ!?」
俺は絶望した。磁石は宛もなくフラフラし続けている。
「なんだこれ!?なんでこうなるんだ……?」
「どうしたの?ねえ」
「くそ、とにかく向こうだ!磁石なんて無くても方向くらい分かる!」
俺は木を飛び降りんばかりの速さで降り始めた。
「あっ、待ってよ!」
……すぐに追いつかれた。
「こっちだ!こっちに歩けば……」
俺は進んだ。とにかく進んだ。木の根に足を取られても、小動物を踏みそうになっても。
「うーん、多分無駄だけどなぁ……」
後ろから華菜芽の声が聞こえる。この際、無視だ。
ひたすら歩く。方向は……ずれていないはずだ。
「……なんでこうなるんだ」
しばらく後、俺は厳しい現実に直面した。
目の前には、さっき降りてきたはずの大樹だ。
「ほら、こうなっちゃうんだよ」
後ろから追いついてきた華菜芽が言った。
「クソっ……どうすればいいんだ」
途方に暮れる俺に、華菜芽は気遣うようにぎこちなく声をかける。
「今日はもう遅いしさ、一旦戻ろう?」
「……ああ、分かった」
「どうすればここから出られるんだ……?」
「必ず方法はあるはずだよ!とにかく明日、明るくなったらまた探そう?」
「おう……そうだな」
昼間でも十分暗いこの森は、夜になると足元すら見えなくなる。確かにこのまま歩くのは危険だ。
華菜芽の住処に戻ってきた。
「よく見ると結構散らかってるな」
「え?そうかな……」
よく分からないものがそこらに転がっている。
錆びた歯車、光る石、折れたナイフ、ボロボロの本。
その光る石のお陰で、ここは夜でも明るい。
「たまに森に落ちてるんだ、どうして落ちてるのかは知らないけど」
「だからって拾ってくるかね普通」
「いいじゃん別に!なんか……外の世界を見れたみたいでワクワクするんだ、こういうの」
そういって華菜芽は本を手に取った。
「お前は……外に出たいのか?」
「えっ?……うーん……分からない」
「分からない?」
「だって見たことないし、それに……」
華菜芽は少し躊躇う風を見せた。だがまたすぐに口を開いた。
「この森を出ることを許されてない、って言ったよね?」
「おう」
そういえばそんな事を言っていた。
「なんだかね、感じるんだ……あの木から離れる程に、強くあたしを引き寄せるような何かを」
「何か……?」
「うん。言い表せないけど……でもそれを感じるとなんだか安心するんだ」
「なんだそれ」
「よく分からないよね……だから実はあたしもこの森を出たくないのかもしれない」
「……本当によく分からないな」
「でもさ、外の世界はこんなに綺麗なんでしょ?」
そう言って、華菜芽は持っていた本を見せてきた。
「うん?」
そこには、西の大陸の王都の大通りに似た絵が描かれていた。
この本は知っている。有名なお伽噺だ。
勇猛な騎士が、北と南の山、西の湖、東の荒れ地の4つの聖地を巡り、大いなる力を授かって怪物に囚われた自らの恋人を助け出すという物語。
その旅立ちの場面の挿絵だ。
鮮やかに彩られ、立ち並ぶ石造りの建物達は、確かにこの緑一色の森より綺麗に見えるだろう。
「ああ、綺麗だよ、外の世界は」
なんだか旅立ちの前の日を思い出して感傷的な気分になる。
「……どうしたの?」
「いや、別に。ところでお前、字は分かるのか?」
「分からない……けど、なんとなくこの話は分かる、何度も絵を見たから」
華菜芽はページを繰り始めた。
旅立ち、南の山では山賊と戦い、西の湖では水底に潜り、東の荒れ地では死にそうになるまで迷い、北の山で大いなる力を授かり、そして恐ろしい怪物と戦い、最後に恋人と再会する。
華菜芽の語ってみせた話で大体合っている。だが、最後が違う。
怪物は最後のあがきに恋人に取り憑き、騎士を襲うのだ。
騎士は涙ながらにそれを斬り……その遺体と共にどこかに消える。それがこの物語の結末だ。
挿絵だけでは、そこまでは分からないのだ。
「ロマンチックだよね、あたしこの本大好きなんだ」
……そんな残酷な結末を叩きつけるような事は出来なかった。
「その……なんだ、その本、読んで聞かせてやるよ」
「えっ……いいの?」
「おう、折角だしな」
確かに外の世界は綺麗かもしれない。だがそれ以上に残酷なのだ。
その残酷さを知ることは、華菜芽にとって良いことなのだろうか。俺には分からない。
ただ、今は。この純粋な瞳が望むままの結末を語ってやろう。
「なんだか邪魔なのが現れましたねぇ……だが所詮能力無しのクズ……むしろ利用してやろうじゃないですか」
続く




