第四十五話:分岐点
「やっぱり……!」
鉄男達の地下牢に足を踏み入れた白波は頭を抱えた。
「し、白波!?なんでお前が女王と一緒に!?」
「お姉さま!?」
白波の姿を見た鉄男とリディアが鉄格子に飛びついて言った。
「君達こそ一体何をやってるのさ」
「白波様のお知り合いなのですか?」
女王が驚いたように尋ねる。
「お知り合いというか、仲間だよ」
「それは……!失礼致しました!……ですが」
女王は一瞬で落ち着きを取り戻した。
「あの場に居たことは事実……白波様を疑うわけではございませんが、念のため」
女王は小さな鳥の置物のような物を取り出した。
「いいですか、まずは私の質問に必ず『いいえ』と答えて下さい」
女王はまず鉄男に向き直って言う。
「いいえ」
「まだいいです」
「……はい」
「では行きますよ?あなたは男ですね?」
「いいえ」
鳥の目が光った。
「なるほど……久々に使いますが、壊れてはいないようですね」
「なんです?それ」
白波が不思議そうに尋ねる。
「これは魔法時代の遺物、真実の鳥です。この目が向いている人物が嘘をつくと、目が光ります」
「ひゅー、おっかない」
ジャックがちゃかすように言った。
「なにかばれるとマズい嘘でもあるの?」
白波が悪戯っぽく聞く。
「よしてくれ」
ジャックは肩をすくめた。
「誰だ?そいつは」
鉄男がジャックを見て訝る。
「俺か?俺はな……」
「あんたには聞いてないぜ」
喋ろうとしたジャックを遮るように鉄男が言う。
「……お前、なに怒ってるんだ?」
「別に怒ってねぇよ」
ムスッとして答える鉄男に、ジャックはニヤリとして近づいて囁いた。
「……妬いてるのか?」
「はぁ?誰がそんなちんちくりんに……」
「別にあのお嬢がどうとかは一言も言ってないんだが」
「は!?いやお前それは……」
「冗談だよ冗談」
ジャックは笑いながら離れて行った。
「くっそ……」
「どうしたの鉄男?」
ジャックと鉄男を交互に見ながら白波が困惑したように尋ねた。
「なんでもねぇよ!」
「えぇ……なんかごめん」
「まあまあ、本題に入ります」
女王が割って入る。
「あなたは何故『祈りの間』にいたのですか?」
「前も言った通り、あなたの暗殺計画を止めるためですよ」
「ふむ……それをどうやって知りましたか?」
「牢の中であの……大臣?から聞きました」
「やはり……それで?あの部屋には何者がいたのですか」
「化け物みたいなこう、顔の無い……」
鉄男はそのまま祈りの間で起こった一連の出来事を語った。鳥の目は一度も光らなかった。
「なるほど……にわかには信じがたい事ばかりですが、確かに真実のようです」
女王は鳥を見つめながら言った。
「では最後に。あなたたちは……『魔王』の手の者なのですか」
「『魔王』……?なんです、それは」
「……結構です。あなたたちは祈りの間に足を踏み入れた重罪人ですが、今回ばかりは特例とせざるを得ないようです」
「じゃあそっちの事も教えて下さいよ、なんで白波が女王様と?」
女王は白波の方を少し見てから言った。
「いいでしょう。白波様は神話に記された英雄……あなた達の目撃した蘇りし魔王を征伐するため再び戻られたのです」
「言ってる事が欠片たりとも分からないんですが」
「……分かりました。詳しく説明しましょう。この際」
女王は五人を見回した。
「皆さん、よく聞いて下さい」
「『祈りの間』とは、そもそも仮の名前。あの部屋は『封印の間』と呼ばれていました」
「封印……ではやはり」
グラントが反応した。
「そう、あの壁の魔法文字は封印の術式を表すものである……と伝えられています」
「なんです?その引っ掛かる言い方は」
「私には魔法文字は読めないので」
「そんな!言って下されば魔法研究所の解読班を向かわせたのに!」
「なりません。あの部屋は王家にのみ入る事を許された部屋なのです」
「ですが、あれは貴重な魔法の実態を解き明かすための……」
「あの部屋に魔王が封じられていることが知られれば、悪意ある者が現れるは必然です」
「うむむ……」
「しかし……魔法研究所?もしやあなたは所長代理の……」
「ええ。グラントです。女王様には何度かお目通りしたことがありますね」
「なぜあなたが地下牢に……?」
「……ご存知無いのですか?」
グラントが暗い瞳で問うた。
「もしや……ゾルグが何かを」
「ええ……急に魔法の研究をやめるよう命令が出たので、抗議を続けていたらこのざまです」
グラントは自嘲気味に言い、下を向いた。
「それは申し訳無い事をしました……すべて女王である私の責任です」
「しかし何故、魔法は禁じられたのですか?」
「分かりません……ゾルグは……死にました」
「死んだ!?」
鉄男が頓狂な声を上げた。
「あんな殺しても死ななさそうな……あいえ、すいません」
「何故死んだかどうかすらも分かりません……部屋で一人、左胸に大きな穴が空いたまま横たわっていました」
しばらく、薄寒い沈黙が六人を包んだ。
「ま、まあ魔王ってのが復活してしまったのは分かりました。でもそもそも魔王がなんなのかが分からないんですが……」
鉄男がおずおずと聞いた。
「……白波様、ちょっと」
女王が白波の腕を引いて扉の外に行こうとした。
「え……あ、はい」
白波も従った。
「あの方達は本当に信用できるのですか?」
扉を閉め、辺りに誰も居ないことを確認してから女王が口を開いた。
「……どういう意味です?」
「これ以上王家の秘密たる神話を広めてしまうのは……」
「でももう途中まで話しちゃったじゃないですか」
「ええ、ついうっかり……ですがやはり心配になってしまって……」
「大丈夫、私は鉄男たちを信頼してます」
「白波様が言うのであれば……でも……」
女王はいまだ迷っている風を見せた。
「ではこうすればどうでしょうか、魔王の封印に協力するという約束と引き換えに教える、というのは」
白波が提案した。
「えっ……?」
「きっと彼らの力も必要になると思うんです。それに、交換条件として教えれば安心できるでしょう?」
「ええ……そうですね!さすが白波様です!早速……」
「待ちなよ」
扉を急に開けて出てきたのはジャックだ。
「なんです!立ち聞きなどと……」
「まあ硬い事言うなよ。しかし、だ」
ジャックは鋭い目を白波に向けた。
「奴らを巻き込むのか?」
「巻き込む、って……」
「いいか?これは生半な事じゃあないんだぞ?下手に巻き込んで、奴らが死にでもしたらどうするんだ」
「……っ!君は……何かを知っているのか?」
「さあな、知らん」
「……嘘だね」
いつの間にか白波の手に握られているのは……真実の鳥!その目は赤く光っていた。
「それは……チッ、ああ、知ってるさ!」
「一体……何を!」
「魔王について、だ。俺の家の言い伝えだ。そもそも……俺はそれを追って旅をしていた!これでいいか?」
鳥の目は……光らない。
「嘘では……無いみたいだね、君は一体……?」
「とにかく、魔王というのは災厄にも等しい存在……奴らを巻き込むのは危険だ」
ジャックははぐらかした。
「ちょっと待てよ!」
扉の向こうから鉄男が叫んだ。
「お前ら声がでかいぜ!全部聞こえてんだよ!戻って来い!」
「……戻ろう」
「そんな大変なことになってたなんてな……」
女王から全てを聞いた鉄男が額を抑えて言った。
「そうだ、お前達の出る幕は無い」
ジャックは冷たく言い放った。
「白波はどうなんだ?」
鉄男は無視して白波に問うた。
「え?」
「お前は……神話に出てるから、そんな理由で死ぬかもしれないことをやるつもりなのか?」
「ええ?いや、うん……そうしなきゃ世界が危ないらしいし……」
「お前は知らない顔してそこの白いのに任せときゃいいだろ」
鉄男はジャックを顎で指した。
「白いのとはなんだよ」
「白いじゃないか」
「なんだとぉ?」
「んなことはどうでもいい、白波、どうなんだよ?」
「私は……それでもやるよ」
「なんでだ?」
「そりゃ、そんな無責任な事できないし……この白い人もなんとなく抜けてる気がするからね、君みたいに」
「「こいつと一緒にするなよ」」
二人は同時に言った。
「しかも、そもそも私の旅の目的は『私』が何なのかを探すこと……すこしでも手掛かりになりそうなことがあればやったほうがいいに決まってる」
「……なら決まりだ、俺も行く」
「なんだと?」
「俺の旅の目的は、あのふざけた野郎を追うことだ。あの野郎がなんて言ってたか思い出せよ」
「……!そういうことね」
リディアが手をたたいて納得した。
「どういうこと?」
「アイツは魔王軍がどうのって言ってたわ、そうよね?」
「そうだ。だからそもそも俺も魔王とやらと戦う理由がある」
「だったら私も、よね」
「お前達……正気か?死ぬかもしれないって言ってるんだぜ?」
「私の前でそれを言うの?」
リディアが笑いながら言った。
「どういうことだ?」
ジャックが訝る。
「私、幽霊よ?」
「……は?」
「それに、そもそもあなたにとやかく言われる理由こそ見当たらないわ」
「……もういい、好きにしろよ」
「決まったな。俺達も魔王とやらと戦うぜ」
鉄男は女王に言った。
「あっ……はい。分かりました。」
「なんだ?その反応は」
「いえ、なんだか蚊帳の外だったので……」
しばらく後、グラントは少しでも役に立つような物を探しに研究所に帰り、五人は部屋を移した。
「さて……作戦会議に入りたいと思います」
女王が言った。
「まずどうすればいいんですか?」
「まず分かっていることは……これです」
女王は折れた剣を取り出した。
「これは?」
「これは封印の剣です。解放の衝撃で二つに折れてしまっていますが」
「これを……修復するってことか?」
ジャックが手にとって見つめた。
「ええ。その必要があると思います」
「なるほど……次には?」
「封印の方法そのものを探す必要があります」
「……えっ?」
「それって……遺されていないんですか?」
「ええ……失伝しています」
「でもそんなもの、どうやって探すんです?」
「……」
重い沈黙が流れた。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
ジャックが口を開いた。
「なんでしょうか」
「さっきの神話で、最初の時計は中央の島に作られたって言ったよな?」
「ええ」
「もしかしてだが……最初の時計っていうのは途方もなく大きな……そう、島そのものだったりしないか?」
「えっ!?ええ、その通りですが……なぜそれを」
「いや、やっぱりか……なら封印の方法に心当たりがあるぜ」
「まさかジャック……」
白波も察したようにジャックを見た。
「なんだよ?」
鉄男は困惑している。
「お前達も『能力』のことは知ってるだろ?俺の『能力』は『巻き戻す』だ。」
「つまり……どういうことだ?」
「時計を『巻き戻す』と時間も戻るんだ……便利なことにな」
「なるほど、それで昔に戻って封印の方法を直に見てくるのね」
「そういうことだ」
「じゃあ私も行くよ」
白波が言った。
「昔の私を見れば何か分かるかもしれない」
「よし、じゃあ決まりだな」
ジャックは鉄男とリディアを指差した。
「お前達は剣の修復。俺達は時を戻って方法の探索。これで決まりだ」
「なんでお前が仕切るんだよ」
鉄男が食って掛かった。
「なんだよ一々、うっとおしいぜ」
「別に」
「……そんなにお嬢と一緒じゃないのが嫌か?」
ジャックが鉄男に小声で言う。
「お前……いい加減にしろよ」
「なんだよ?やるのか?」
「ちょっとやめてよ二人とも、どうしたのさ」
白波が割って入った。
「なんでもないぜ。まあとりあえず、そういうことでいいか?女王様」
「え?ええ。はい」
またも蚊帳の外に置かれた女王はやや不満げであった。
「じゃあ、急ぐ必要があるぜ、早速行こう」
ジャックが席を立ちかけた。
「あっ、待ってよ」
白波が呼び止める。
「なんだ?」
「せっかく再会できたんだしさ、この二人ともう少し話してから行きたい」
「白波……」
「そうか、なら出発は明後日の朝にしよう」
ジャックはまたも鉄男に近づいた。
「よかったな」
「……お前のほうこそ、さっきからやたらつっかかってくるな」
「……どういう意味だよ?」
「いやぁ、あんなちんちくりんが趣味か」
鉄男は先程の仕返しとばかりに嘲った。
「あまり俺を馬鹿にするなよ……」
再び、二人の間に火花が散った。
「もう、なんなのこの二人は……」
「ほっときましょ、お姉さま」
「そう?……まあいいか」
二人して肩をすくめる白波とリディアであった。
続く




