第三十四話:取引
「……誰だ、あんたは」
鉄男が猜疑の目を向ける。リディアも同様だ。
「そう怖い顔をするな……ここを出してやると言っているのだぞ?」
そう居丈高に話すのは……西の都の大臣、ゾルグである!
「一回話を聞きましょう」
訝しむリディアと鉄男をなだめるようにグラントが言った。
「誰だ?お前は……まあいい、取引したくないならばよいのだぞ?」
「……取引とは」
鉄男が低い声で聞いた。
「なに、簡単な事だ……」
ゾルグはいやらしくニヤリと笑った。
「女王を……暗殺しろ、今日だ」
「なんだと!?」
鉄男は仰天した。
この身なり……この国の重臣であることは容易に見てとれる。それがなぜ……?
「なに、お前たちは人殺しだ……殺すのが一人でも二人でも変わらんだろう?」
ゾルグは平然と言い放った。
「……どうして?」
リディアが尋ねる。
「お前たちに質問を許した覚えはないぞッ!」
ゾルグは突然顔を真っ赤にして怒鳴った。
「やるのか!やらないのか!それだけ言えばよいのだッ!このゴミ虫どもめ!」
そしてまた唐突に冷静になって、
「まあやらない手は無いであろうな?」
ニヤリとしながら言った。
「断る」
だが鉄男は……決然と言い放った。
「なっ……何故だ!」
またも顔を真っ赤にするゾルグ。
「強いて言うならあんたのその服装だ」
「服装だと?」
「顔を隠そうともせずにこんなだいそれた事を言うってことは、用済みになったら殺す、ってことだろ?」
「……!」
「それに、俺たちは人殺しなんかじゃない」
「ふ、フン!愚か者めが!いつまでもつまらん言い訳をしながらそこに居れ!お前以外にも代わりは居るわ!思い上がるな!」
もはやゾルグの額に浮かぶ青筋は切れる寸前だ。
そのまま憤懣やる方無いといった様子で足を踏み鳴らして去って行った。
「女王の……暗殺?なんのために?」
鉄男は訝る。
「女王を殺して自分が王になるつもりでしょうか……」
「どれにしろ、止めなきゃ」
「そう……だな」
鉄男はグラントに向き直った。
「脱獄の方法、教えてくれ」
「何か変わった事?そうだな……」
一方の白波は、船員達が体を鍛える訓練所で聞き込みをしていた。
船が出ていない時の船員達は、昼間はいつもここに来て体を鍛えている。
「……?」
白波は妙な既視感を覚えた。
この場所はなにかマズい気がする……
「うーん、あっ、そういえば」
棒の両端に水のはいった樽を吊り下げた物を肩に担いで重量挙げをしながら、船員は何か思い出したような顔をした。
「何かありましたか?」
「ああ、あれは……ふー、しかしあっついな、今日はバカに暑いぜ……」
暑がりながらも、船員は重量挙げをやめない。
「えーと、そうそう、変わった事だな?あんた、今回の航海で客として乗ってたよな?」
「はい、その時に少し気になったことがあって……」
「ああ、あの殺人事件のことか?嫌な事件だったな……ああ暑い」
船員の顔はもはや真っ赤になっている。
「あの、休憩したほうが……」
「いいや、いつもはこの倍はやらないと休憩はしねぇからな……で、その事件のあった日のことだ」
「いえ、でも何か……」
「ああ?大丈夫大丈夫!海の男をなめんなよ!んで、死体を発見したやつがしきりに不思議がってたよ、凶器だろう槍は見つかったのに死体に傷が見当たらない、って」
「……」
白波は自分でも不思議なくらい危機感を感じていた。
ここは早く切り上げるべきか……?
「で、本当に変なのがその次の日から……で……ふぅ、暑いぜ……なんかさっきより暑くないか?ここ……」
「えっと、そろそろいいです、ありがと……あっ!?」
次の瞬間、白波は我が目を疑った。
船員の体が、燃え上がった!
「暑い……暑いぜ……どうなって……ん……だ…!?なんだこれッ!?俺の体が……燃え……ぐあああああ!!?」
船員もしばらくして自らの異変に気付き……その直後、大炎上を……
「おっと、すまんな」
ちょうどその時、歩いてきた長身の男が持っていた樽の水を燃える船員にぶちまけた!
「えっ……」
白波はその男をじっと見つめた。何かが……変わった!
「そこのお嬢、ここはあんたみたいなのが来るところじゃないぜ、早く……」
白波を追い払おうとした男は、しかし途中でその言葉を切った。何故なら……
「なっ、なんだ!こっ……うわあああああ!!」
離れたところの船員が炎上を始めたのだ!
「チッ……だめかッ!」
そういうと男はその船員とは反対の方向へ走った!
「なんだ……この感覚は!?」
白波は頭の中で鳴り響く違和感と戦っている!
何かが決定的に違う!だが……何と?
こんな異常な出来事に出会ったことなど一度も……
「なっなっなんなんだこれ!!?に、逃げるぞ……!」
我に返った船員が逃げ出そうとする……その体からは蒸気がもうもうと立ち上っていた。
そして入り口に向かって半ば走った後、再び炎上を始めた!
白波はそれを眺めながら自分でも驚くほど冷静に考えていたが、逃げなければならないという結論にたどり着くのは遅かった。
「そうだ、逃げなきゃ……」
そう思ったころにはすでに辺りは火の海。
そして暗くなる視界のなか、白波は思い出した。
「そうだ……さっきも……こんなこと……が……つまり……時間……が……?」
時間が、繰り返している。そんな信じがたい結論に達した白波の意識は、それを疑う間も無く闇に落ちた。
コツン……コツン……
石造りの壁に響く靴音を聞きながら、リディアは考える。
グラントさんの説明した脱出方法はこうだ。
この牢獄内でも金のやりとりがあり、それによって待遇が違うという暗黙のルールのようなものがある。
そして、貯める事が出来れば看守に賄賂を渡すことによって外の品物さえも手に入れることができるそうだ。
賄賂をちらつかせれば看守は油断して牢に近づいてくるので、それを力づくで倒して鍵を手に入れる。
グラントさんらしからぬ、かなり無理矢理なやり方。
上手く行くかどうかすら定かではない、だがやるしかない。
そうでなければ、女王様が殺されてしまう……
幸いにも、こっちには『能力』がある……
コツン……コツン……
足音が近づいてきた。
「来たわね……」
リディアは小声で言う。
「?」
鉄男は聞きとれなかったというような顔をした。
ボーっとしていたのだろうか、この大事な時に。
リディアが憤慨したような表情を作ると、鉄男はますます訳が分からないという顔をした。
そして足音の主が姿を現す……
「えっ!?」
リディアはそれを見て驚愕した。
何故なら、それは……
「お前たちか?東から来た人殺しは」
恰幅のよいシルエットに、絢爛な衣装。そう、先ほどもも来たはずのゾルグである。
「お前たち、ここを出たいだろう?取引しようではないか……」
「……誰だ、あんたは」
鉄男が猜疑の目を向ける。
リディアは困惑した。
これではまるで……
「時間が……くりかえしている?」
気がついたら白波は訓練所の前に立っていた。
「でも、今回はさっきよりも前に戻ってる……これは一体」
そこに訓練所の扉をあけて出てきたのは、先ほど船員に水を掛けた長身の男である。
裾の長いくたびれたコートに、鋭い眼光。ただならぬ雰囲気を纏っていた。
「なんだ?ここはお嬢のような奴がくるところじゃないぜ」
「あ、あなたはさっきの……」
それを聞くと、男は驚いた顔をした。
「なんだ、お前……『分かる』のか」
「時間が繰り返してることを……ですか?」
「ああ、そんなはっきりしたところまで理解してるのか……なら話は早いぜ」
「あの、一体何が……」
「時間が繰り返してることか?」
「それも、ですけど」
「発火現象の方は、俺にも分からん……お前が原因じゃないのか」
「私は心当たりは特に……」
「そうか、でもまぁ、念のためここには入らないでくれ」
男は踵を返して訓練所に入ろうとする。
「あ、待ってください」
「なんだ」
「時間が繰り返してるのはあなたの『能力』……ですか?」
男は少し驚いた顔をした。
「なんだ、『能力』についても知ってるのか?」
「やっぱり、そうなんですね」
「ああ、そうだ、正しくは俺の『能力』は『巻き戻す』能力だ、時計ってあるよな?」
「はい」
「あれは古代から存在するらしいよく分からん物体だが、極めて正確に同じ角度を指す。
ただの石の構造物なのに、だ。それに普通の人には動かすことすら出来ない。謎が多い物だ。
俺はそれに干渉し、『巻き戻す』ことができる。そうすると……」
その時、背後の訓練所が突然火に包まれた!
「チッ、やっぱり駄目か!」
男は走り出した。
「待って下さい!」
白波も後を追って走る。
「なんだ?」
焦った様子で聞き返す。
「私は……ちょっと、訳あってあそこの人たちに話を聞かなきゃならないんです」
「そうか、ならしばらく待っててくれ」
「手伝います」
「は?」
男は信じられないといった顔をした。
「だめですか?」
「いや、どうしてだ?」
「どうして、って?」
「いや、別に手伝う義理も無いだろうに」
「でも、あの惨状をこれ以上繰り返させるわけにはいかないでしょう」
「……待ってるだけでいいって言ってるのに、変なやつだな」
「よく言われます」
苦笑いする男に、白波は笑顔で返した。
「……まあいい、人手が増えるなら歓迎だ、お前、名前は?」
「白波です」
「白波?白波、か。まあいい、俺は……ジャックだ」
ジャックと名乗った男は、前方に向き直り、町の中心の時計台に向かって足を速めた。
続く




