第三十一話:投獄
「おい!なんだ今の音は!」
走る鉄男の前に、慌てた様子の船員が立ちふさがった。
「あぁ、えーっと……」
鉄男は言葉に詰まる。
「ちょっと来い!」
船員は丸太のような腕で鉄男を引っ張った。
「あ、ちょっと!」
「……これは、どういうことだ?」
船員が倒れたソフィアを見て絶句する。
「これは、その……」
「まさか殺したんじゃないだろうな」
「そんなまさか!」
「いや、船上での殺人……よくある話だ、凶器や死体の処理が簡単だからな」
船員は鉄男を抉るような視線で見た。
「やめてくれよ、ほら、ちゃんと生きて……!?」
鉄男が改めて脈を確かめようとした、その手が固まる。
「……いや、そんなはずは!致命傷は見当たらない……そんな、どうして!」
「どうしたのよ……鉄男……?」
リディアが様子のおかしい鉄男を覗き込む。
鉄男はソフィアの上半身を抱えて揺さぶった。
「おい、起きてくれ!そんな、死んでる……はずは……」
がくりと首が下がり、開いた目に命の光は無い。
「えっ……」
「おいどけ!」
船員が鉄男を強引に退かし、ソフィアの……死体を調べる。
その目は次第に険しくなり、そして鉄男にゆっくり振り返ったとき、その顔は鬼の形相であった。
「……やってくれたな、テメェら……この船で人を殺すとは……この、腐れ外道が!」
「いや違う!何かの間違いだ、死んでるなんて、そんな……」
「……」
リディアはショックで固まっている。
「安心しろ、テメェらみたいな悪人どもを突っ込んでおく牢はこの船にもちゃんとあるからな!」
船員は二人の腕を掴んで引っ張って行く。
「いや、話を聞いてくれ……!」
聞く耳を持ってもらえず、二人はそのまま引きずられて行った。
船底近くの奥部に、その部屋は存在する。
過去は限られた食料を盗み食いした船員などを入れておくための牢であったといわれるその部屋は、不気味な雰囲気を漂わせている。
「……どういう事なんだ、一体……!?」
鉄男は取り乱したように牢をうろうろする。
「さっきまで確かに生きてた……生きてたのに……!」
「……そんなの、当たり前じゃない……みんな死ぬ前は生きてるわよ」
リディアが部屋の隅から静かに言う。
「……ああそうだな、でもみんなお前みたいに冷静でいられるわけじゃないんだ……」
「冷静?に見えるかしら?さっきから震えが止まらないのに……私だって自分以外の死体を見るのは初めてよ……」
重たい沈黙が二人を包んだ。
「そういえば、白波は……どうなるんだ」
「そうよ、お姉さま……まだ無事かどうかも分からないわ……」
その頃。
「お客さん!いるか!?」
荒々しく船室の扉を開けて入ってきたのは、先ほどの船員だ。
「う……」
ほとんど動けない白波が弱々しい声をあげる。
「どうした!?あんたも奴らに!?」
「……」
「なんだ、船酔いか……だったら」
船員は薬草を取り出した。
「これを食えば治る」
「……?」
「葉をそのまま食うんだ」
「……」
白波は葉を受け取って、すこし訝しげな顔をした。
そして……意を決して口に入れた。
「とてつもなく苦いがな」
「!! ゲホッ!それを早く……」
「悪い悪い、でも治ったろう」
「……確かに……でも、なんとなく不安になるな、あんな能力の後だと……」
「? なんのことだ?それより、ちょっと事件があってな……渡航許可証を見せてもらえるか」
「渡航許可証?えーと、これ……でいいんだよね」
白波は称号と共に受け取った紋章を見せた。
「そっ、それは王家の紋章!?これは失礼……」
「それはいいんだけど、事件って?」
「それが、この船の上で人を殺すなんていう極悪人どもが……」
「えっ!?それって……まさか」
「ええ、やはり乗船人数が少ないからと皆同じ部屋にするのは危ない」
「あっ、えっと、そう……だね」
おそらく、その悪人というのは鉄男とリディアの事だろう、そう思った白波であったが、
今ここで関係者である事を言うのは怪しまれるだろうと思い、なにより二人がそんな事をするとは思えなかった。
「というわけで、お客はあんただけになっちまいましたが……決して牢には近づかないように」
「……分かったよ」
その夜。
「……鉄男?リディア?」
こっそりと牢の部屋を探り当てた白波が小声で呼びかける。
「白波!?」
横になっていた鉄男がすぐに反応して格子付近まで来た。
「白波!無事だったか!」
「うん……リディアは?」
「あいつもいる、けど今は寝てるぜ」
「そう……何があったの?」
「それが……」
「斧を持ったソフィアさんが……急に豹変した?」
「そうだ、で、『魂を頂く』とかいって襲いかかってきた……で、応戦してたんだ」
「で……それで、殺しちゃった……の?」
緊張した面持ちで問う。
「いや、違う!あれは……俺にも何が起こったのか全然……」
「……そう、だよね、君は人を殺せる人じゃない……」
白波は安心した表情を見せた。
「で、そうか、あの斧か……どこにいったんだろう」
「あれは……一体なんなんだ?正直、俺はあの斧からとてつもなく不吉な物を感じる……」
「……不吉?」
「そう、なんともいい表せないが……なにか、どす黒い感覚だ」
「私は……分からないけど」
「ソフィアさんがおかしくなったのもあれを持ってからだ、とりあえず野放しにしてはいけない……そんな気がする」
「……そうだね……私はあれを探す……君たちは、どうする?」
「この船がついたら、きっとこのまま西の大陸の牢獄に移されるだろう、けど」
鉄男はいったん言葉を切り、白波を見た。
「絶対にまた、白波の所に戻る。約束だ。そして、ソフィアさんの……あの斧の真相を探る必要がある。
白波は、気付いたときからあの斧を持ってるんだろう?だから、それを調べれば……
ソフィアさんの死、不吉な気配……それに、白波の過去まで、全てが分かるはず」
「そう……だね、じゃあ、私はそろそろ戻るよ、また」
「おう……また、会えればな」
それから数日……船は西の大陸へと到着した。
鉄男とリディアは、人目に触れぬように密かに王都の地下牢獄へと運ばれた。
白波は、船が着くまでずっと斧を探し回ったものの、見つけることはできなかった。
「海に落ちたのかな……?それとも……」
白波は積荷を降ろす船員達を見た。
「今は、なんとも言えない、か……」
そういって、船員達が滞在する港町の宿を取りに向かうのだった。
「……クク、あやつのほうから近くにいてくれるとは都合がいい……」
その後ろ姿を見ながら呟くその人物は、緑の目を輝かせた。
続く




