第一話:その名は白波
初投稿となります。更新は不定期となりますが長い目で見守って下さるとありがたいです。
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それは、春が訪れたというのに肌寒い日の事。
この地方の旅人の標準装備とされる強化繊維マントを纏い、その小柄な体に似合わぬ長大な槍と盾を装備した旅人が一人、とある森の中を歩いていた。
この森は、地理的には何も特徴が無く、特に名前も無いただの森だったのだが、最近盗賊の一味がよく現れるということで最近は「盗賊の森」と呼ばれるようになっていた。
そんな中を一人で歩いているのだから、盗賊からしてみれば格好の獲物である。
「おい、そこのお前ェ!」
不意に恐ろしい声が響き、旅人は辺りを見回す。
「命が惜しけりゃア有り金全部置いてきなッ!」
その低い声に違わぬ巨体が、豪快な音を立てて木の上から飛び降りた。身の丈2mほどはあるだろうか。
旅人は特に怖気づいた様子も無く、その大男を見つめ返した。
「よくみりゃいいモノ持ってんじゃねェか、その槍も置いていけ」
「……」
旅人はなおも巨体をまじまじと見つめている。
「震え上がって何も言えねェってか?安心しろよ、出すもん出しゃァ命は取らねェでいてやる」
「……ねぇ」
旅人が口を開いた。
「何ィ?」
「一つ聞いていいかい?」
大男は予想外の言葉に一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに営業用の強面に戻った。
「ゴチャゴチャ言ってねェでとっとと……」
「まあ一つくらいいいじゃないか。その大きな体で木の上なんかにどうやって上ったんだい?」
旅人は臆せず言葉を続ける。その表情はおどけているようでも、真剣なようでもあった。
「ンなこたァどうだっていいだろうがッ!」
短気な大男は苛立ってきているようだった。
「冥土の土産ってやつにさ、教えてくれないのかい」
「うるせェ!」
大男の堪忍袋の緒が切れた。
「そんなに教えて欲しけりゃ教えてやるぜッ!」
そう言って大男はその巨体に似合わぬ俊敏さで飛び掛かった。
「なるほど、見た目の割に身軽なのか……」
そんな事をつぶやきながら、旅人は左手に構えた盾で防ごうとする。
「オラァ!」
大男が殴りかかる。鈍い音が響き、旅人は盾ごと後ろに後退する。
「でも体重の乗った一撃だ…これはまともに戦うと不利だね……」
苦い顔でそうつぶやいた。
「フンッ!」
大男はなおも拳を構え、振りぬこうとした。その時!
「じゃあ、ちょっと借りるね」
大男は旅人のその言葉を聞いて一瞬戸惑うも、もう攻撃は止められないし、そもそも止める必要も無いと思い至り、拳を思いっきり振りぬいた。
ズガン!!!
凄まじい音が響く。先ほどより強烈な一撃!
旅人はさらに後退し、そのうち盾は砕けてしまうだろう…そう大男は思っていた。
だが。
「!?」
後ろに豪快に吹っ飛んだのは大男の方だった。
「バカな……ごふっ」
吹っ飛んだ先の巨木に叩きつけられ、めり込んだ状態で大男は気絶してしまった。
「ふう、危ない危ない」
そういって旅人は立ち去ろうとする。だが。
「?」
体が動かない。しばらく考えたあと、
「ああ、そっか、返すね」
そう言った途端、木にめり込んでいた大男の体が音を立てて落下した。
それを見て旅人は気の毒そうに笑い、少しよろけた様子で立ち去っていった。
森を抜けると村が見えた。今日は疲れたしあそこで宿を取ろう。そう思って旅人はその村、アジ村に向かうのだった。
旅人の名は白波。それ以外のことは彼女自身にも分からない。