第三章 覚醒蒼炎体 フィルモット
世の中には信じられない物も存在する。私はその未確認生命体を間近で見たことがある。それはとてつもなく恐ろしい生態能力を持つ危険生物。
人間の容体を維持した蒼いパワーを持つ化け物のことだ。
十年以上前、私の夫人、与謝野真はよその時空から来た凶悪な企みを持つもう1人の自分と戦い、決着はつかず逃亡を図られた。
様々な一般人を巻き込み、当時の事態は最悪。その辺にあるビルや店は激しく燃え盛り、マンホールから下水が破裂した。
マスコミでは原因不明と対処され、黄金美の伝説となった。
また、私も別時空から来た一人であり、ピンチに巻き込まれた私を救ってくれたのが今の夫である。しかし未だかつて真面な住み家を作ったことはなく、なんとアパートをも住もうともしない。でも野宿ではない。
私たちが住んでいる所は、インターネットカフェ店である。もうそこに行きついて十年以上が経つ。まさか今の息子よりも貧しい住み家であるとは思いもよらない。
私の息子、与謝野佳志。最近はほとんど会う事もなく連絡も取り合ってはいないが、何度か噂は聞いたことがある。
彼はどこで間違ってあーいうチンピラになってしまったのかは母の私でも分からない。確かに昔から捻くれていたのかもしれない。言葉で表さなくても、もしかしたら思っていたのかもしれない。
本当に彼がこの世界を救う救世主なのだろうか。日に日に疑問に思う時がある。別時空から来た与謝野佳志は、確かにそう言っていたと真から聞く。既に命は絶ってしまっているが。
私が育てていた今の佳志は別時空のとは少し違い、比較的凶暴である。髪型は実にオーソドックスで良いのだが、なぜか格好は極めてヤクザに近く、とても隣で歩きたいとは思えない。
よく彼にあんな美人なガールフレンドができたなぁと、今でも疑っている。しかも彼女は極めて世話焼きであり、かつて婦人警察官を雇っていたこともあるしっかり者だ。元警察官とチンピラという謎のコンビだ。
彼も次で二十歳。一応免許は取ってあるらしいが彼自身、運転している光景は一度も見たことがない。むしろ自転車をこいでる時の方が多いとか。
そして気になる職業は、何と無職。もう立ちくらみがする。
色んな店に迷惑をかけ、人に喧嘩を売り払っている上に無職となると、もはや彼に生きる地は見当たらない。
「真、たまには佳志と会ったらどう?」
「何で?」
「何でって、一応息子だよ。たまには会って挨拶ぐらい……」
「まぁいいじゃんかよ。挨拶なんて面倒だ」
「そんな……」
この通り、真は会おうともしてくれないおかげで今の佳志の状態は何一つ分からない。私は仕事で忙しくてとても見てくる暇もない。
あーもう! 何でこう上手くいかないのだろうか。
店(家)から出てくと、見慣れない女性が私を見ていた。
よく見ると、凄く懐かしい人だ。何年ぶりだろうか。
「えっと、もしかして真の……」
「え、やっぱり御手洗さん!?」
「今は与謝野だよ…」
首元まで伸びた銀髪頭の女性は信じられないと言わんばかりの表情に変わった。
「何でまたここに……」
「いやぁ、久々に兄貴の様子を確かめようと来てしまいました」
この子は真の弟、それも三女である与謝野友之という。名前はどう考えても男性だが、性別は普通の女である。これには色々誤算があった事情が原因で果たした結果である。
「偉いねー、友ちゃんは」
「いやいやー、当然じゃないですかー」
「真なんて自分の息子の様子も見ようとしないダラしない人だよ」
「飽きれますねぇ。相変わらず兄貴は適当ですか」
「えぇ。ごめんね、わざわざ来てもらったのに」
「いえいえ、私の方こそ急にお邪魔してすみません」
まるで近所同士のおばさん同士が話してるかのような会話を私たちは一時間に渡って喋り続けた。
「ところで、千春さんの息子って……」
そういえば彼女にはまだ話していなかった。
「とてもじゃないけど、自慢できるような子じゃないよ」
と私はため息を吐いた。
「え、どういう事ですか?」
「⒚歳だってのにタバコは吸うし酒は飲むし、おまけに変な格好までするし。喧嘩の頻度も高いし。昔の真の方がまだマシだよ。あの人はすぐに殴りかかりゃしないしね。比べて子供の方はもはや野獣よ」
「ははは、俗で言うヤンキーって奴ですかね?」
なぜか興味津々に彼女は寄り添ってきた。
「もうすぐ二十だよ? いい歳してヤンキーなんて名乗ってどうするんだい。あれは列記としたチンピラだよ。ヤクザの下っ端と名乗るには強過ぎるかもしれないけどね」
「え、ヤクザ?」
「嘘だよ。本当はただのプー太郎。むしろヤクザとは縁がない敵対側の人間だよ。の癖して警察の世話にもなってるけど……」
「どんな巨漢なんでしょうかその子……」
「いや、多分君が思っている以上に細いよ。凶漢だけど巨漢じゃない。なぜか昔から喧嘩は極めて強いんだよ。もしかしたら君の兄貴よりもね」
「それは恐ろしい。兄貴を上回るなんて、どこで習ったんでしょうね?」
「それが、どこにも習ってないしミドルボクサー相手でもなぜか通用しないんだよ」
そう、もしかしたら別時空から来たあの佳志よりも遥かに……上回るのかもしれない。アレを超すとなると、何が相手で負けるのだろうか。
もしかして……別時空の与謝野真……。
考えてみれば今の佳志とあの真が戦ったところは一度も見ないし、そもそもそんな機会どう作ろうと作りようがない。
悪者対悪者……、結果は想像つかない。別時空の真も確かに強い。でもそれは、化け物であることでパワーを持っているだけで、実際の格闘技術があるかどうかは分からない。でも、急な不意打ちを逃げ回るだけして焦るかつての姿を思い出すにあたり、実際の殴り合いの経験はほぼ皆無……。
つまりあの『フィル』という力さえなくすことができれば佳志の方が圧倒的に有利ということだ。いや、圧勝するだろう。何も抵抗できず手も足も出ず気が付けば終わっているであろう。
「それにしても、一度その子見てみたいですねぇー」
「えぇ? 危険だよ、止めときな」
「もしかしたらカッコいい人だったりして」
「あのねー、あの子にはガールフレンドがちゃんといるの。それにカッコ良くもない。そして君とあの子の年齢幅があり過ぎる!」
非常に若々しく高校生と見間違えられるほどに可愛いが、一応彼女は三十路のオバサンである。私も似たような亜種で真もそうだ。きっと与謝野家は皆こうなるのだろう。
「はぁー、そうですか……」
友之は肩をすくめて落ち込んでしまった。
励まし様がない。同性愛に悩む男みたいな感じになっている。別に禁断の恋とかではないと思うが常識的に考えておかしいのは確かだ。私は間違っていない。
ふと彼女は二斜線向こうの道路を見て指をさした。
「あれ、何でしょうか?」
見ると五、六人の男達がいがみ合っていた。
「何だ。ただの喧嘩でしょ。この街じゃよくある事だよ。ほっとこ……」
いや……あれは違う。
黒髪にヒョウ柄のシャツ、そしてギラギラとした銀色のズボン。
間違いない、あれは佳志だ!
「何か、さっき千春さんが言ってた息子さんの特徴と似てません?」
「い、いやあれはその……、あぁいう人もよくいるんだよ!」
必死に誤魔化すが、彼女はもうその集団に行ってしまった。
男達は友之を見て
「何だこの女?」
と眉をひそめた。
ちなみに佳志は女の頭をガッシリ抑え、睨みつけていた。
「今忙しいんだよ! 用もなく来るんじゃねぇ!」
そしてもう1人の男は
「もうこの女さらっちゃえばいいんじゃね?」
とゲラゲラ笑っていた。
ヤバい、このままじゃ友之が襲われてしまう。
私もその集団の元へ行き、掴んでいる佳志の手首を掴んだ。
「君、何のつもり?」
「アァ? 何だテメェは!? 俺は与謝野佳志様だぞコラァ!」
「アンタ自分の母親の顔も忘れたのかい!?」
「おい、このうるせぇ女も一緒にトラックに乗せとけ」
ショックだ……。まさか知らぬ間にこんな男になっているなんて。前はどんなに悪くてどうしようもない男だったとしても、こんな奴ではなかった。
このままじゃ友之も……。
抵抗している間に、どこからか悲鳴が聞こえた。
目の前にいる佳志だ。
彼は倒れ、他の連中もぶっ倒れた。
「おい、大丈夫か?」
見ると、非常に一般的なネルシャツに地味な黒ズボンを履いた男がいた。顔をよく見ると……、あれ? 今倒れた佳志にそっくり。
「君もしかして……」
「何だよ、お袋か。危なかったな」
これはたまげた。知らぬ間にこんな一般的な男になっていたなんて。人を助けるなんて、昔じゃ考えようがなかった。
「何で佳志が二人も?」
「そいつは偽モンだ。アンタ母親でしょうが、息子の顔ぐらい覚えといてくれよ。全然違うじゃん顔」
確かによく見ると、こんな厳つい顔ではない。本来の彼は目が普通で、こんなギラギラした釣り目ではない。骨格も全然違う。
「ところで、そこにいる人は?」
佳志は友之を指差した。
そうか、彼はまだ友之の事を知っていない。
「真の妹です! よろしくね」
「はっ……はぁ? 親父の妹? 若過ぎねぇか?」
それは確かにそうだ。ここは私が説明した。
「与謝野家じゃおかしくないよ。佳志もきっと年老いても変わらないと思う」
友之は佳志の元まで近寄り、目をキラキラさせて色々質問した。
「あのぅ、どれくらいやらかしたんですかぁ?」
「えっ……やらかしたって…」
「万引き? 暴力? 窃盗?」
「おいお袋。この人一体何だ?」
当然彼は困惑する。
「アンタに興味津々なだけだよ。相手してあげなよ」
「つっても困るよ……。俺は今忙しいってのに…」
「はぃ? アンタが忙しいですって?」
「今学校通ってんだよ! 低学歴って思われたくないからな」
「へぇーそうなんだ。あの亜里沙ちゃんと一緒に?」
「一応教えてもらってるよ色々と!」
と言うと彼に寄り添っていた友之が急に肩をすくめた。
「あーそうか……。アナタには素晴らしいガールフレンドがいたんですってね……」
この状態を見る限り、多分彼女は生まれて一度もお付き合いということをせず、ボーイフレンドに飢えている様子だ。
私は彼に何とかするように合図した。
「え、えっと。別に普通の友達だし」
と言うとまた急に彼女は開き直った。
「え、やっぱり!? 合コンとかしないんですか!?」
「そんな平和な世界にも行きたかったが、生憎俺はそういう世界には縁がなかったんでね」
言ってる意味はメチャクチャに聞こえるが、要するに彼はチンピラという危険な道を渡ったからそういう青春は送っていないということである。
「好きなタイプは? え? 銀色で短い髪をした女の人?」
「誰もそんなこと言ってねぇよ! タイプなんかねぇよ! アンタ大丈夫か!?」
あの佳志が人に負けている。喧嘩ではないが、人に劣る姿を見るのは初めてだ。しかし、本当に交際経験はないのだろうか? まぁ確かに友之は可愛いからキョドるのにも無理はないと思うけど。
「そういえばお名前何ですか?」
「佳志だけど…」
「まぁ素敵! 私友之っていうの! 名前男っぽいけどこの通り女の子だから!」
遂にため口に切り替わり、彼女はとことん色気を漂わせ佳志に近寄った。当然彼は困っている。他の男とは違って本当に恋愛に興味がないのだ。
私は少し企み、彼に声かけた。
「佳志―。いっそ今日だけその子とデートしな?」
「はぁ!? 勘弁してくれよ。俺は忙しいんだぞ!」
「一日だけ」
そう言うと、佳志は仕方なくと言わんばかりにため息をした。
なるほど。友之は佳志に興味があるということか。今度という今度は彼氏を作るという意気込みがはたから見てもハッキリ見える。まるであらゆる男を食ってきたかのような風格さえも見えてくる。
佳志は無理やり友之につき合わされた。
改めて思うと、しばらく見ない内にこうも変わるとはね。何があったか知らないけど、ちょっとは真面になって良かった。前までは人を助ける事さえ目に見えなかった彼がまさか善意を持って救うとは思いもよらなかった。
彼が人を救うというのは大抵自分のためという理由があってたまたま助けたという結果が出てきただけである。
一年前のこと。話しによればヤクザの集団に追い回されていたサラリーマンを突如助けだし、その集団はあっという間に全滅した。
そのサラリーマンは結果的に佳志が自分を助けてくれたと思い込んでいた。しかし本当は、前々から因縁をつけられていた極道の連中だったらしく、たまたま見かけた先を狙った極めて単純な理由だ。
大抵誰かが恐喝されているのを救う理由は「自分の道に邪魔だったから」というのが多かった。
つまり自分に関係のないと分かっていたら目の前でそういう事が起こっても全く動じずシカトする人間だった。
まぁ、本当に成長したのかどうかはこれから調査してみるけどね。
2人はあらゆるところを回り、最後に喫茶店に入っていった。私も尾行し、他人のフリをしてこっそり二人の会話が聞こえる範囲の離れた席に座った。
相変わらず佳志は困惑している。亜里沙ちゃんに見られたら厄介だしねきっと。
「なぁ、アンタ何者だ? 親父の妹ってのは知ってる。俺はこの街を数年間も住んでる。だから住民の顔も大体見慣れている。だがアンタのような顔は見たことがない。つまりよそから来たってことだよな。何でだ?」
「兄貴の様子を見に来ただけだよ。そこで偶然千春さんと会って、あの時に至るってことだよ」
「ふーん。なら親父に会ったらどうだ? 親父はいつも暇過ごしてるだろうしいつでも会えるはずだ。俺は勉強で忙しい。頼むからどっか行ってくれ」
ようやく佳志は本音を告げた。
しかし友之がへこむ様子はなかった。
「でもさでもさ、勉強ばっかじゃ疲れるじゃん? たまにはこう、他の人ともコミュニケーションとるとか……」
「いやいいわ。俺にそんなんは必要ねぇ。いいから消えてくれ」
「いやいやでもさ……」
すると、遂に我慢を絶えた彼は席を立ち、罵声を放った。
「ガタガタうるせぇなぁ! さっさと失せろやゴラァ!」
すっかり前の彼に戻ってしまった。
普通の格好してる癖にヤクザらしい言葉を放つその姿は、まるで人間の顔をかぶった鬼である。
さすがの彼女も空気を読み、静まり返った場を去った。
機嫌を損ねた彼は再び席につき、コーヒーを飲んだ。よく見ると灰皿にあるはずの灰が全くなかった。まさか禁煙したのか? それとも友之がいたから? いずれにせよ彼にしては凄い事だ。考えてみれば会って一度も煙草を吸っている姿は見たことがない。
なるほど……そういう事だったのか。
佳志は本当に変わろうとしている。後は気の短ささえ直せば立派な社会人として生きられるのだけどね。
しかしよくあんな凶暴な男を亜里沙ちゃんは毎日お世話しているなぁ、と想像をするだけでも苦労を感じる。
しばらくして彼は店から出た。私は急いで会計を払い尾行を続けた。
ところで友之はどこへ行ったのだろうか。
すると反対方向から悲鳴が聞こえた。佳志は振り向き、私の存在をも気付かずに急いで走って行った。
悲鳴の先は、路地だった。2人の男が友之に絡んでいた。
「オラ姉ちゃん、こんな所で独りで歩いてたら危ないよぉ! 俺らみてぇな奴がおるからなぁ!」
手を出そうとする男に真っ先に佳志は殴り飛ばした。
「止めろ」の一言さえ言って忠告しようともしないその容赦のなさは、むしろ二人の方が被害者に見えるくらいだった。
「て……テメェ何しやがんだ……」
かろうじて意識のあった一人が出血を抑えながらそう言った。
もはや反撃の仕様がないその状態でもなお、彼は拳を握り、腕を上げ始めた。
「おいおい……嘘だろ…」
その一発は実に鈍く、醜い音だった。彼の手の甲は既にポタポタと垂れるほどに凄まじい血だらけであった。
「………黄金美町はこういう街だ。か弱い女がその辺ブラブラしてただけですぐに襲われるようなところ。ここに住める奴は、抵抗できる者だけだ。俺はお前が思ってるようなカッコいい男でもないし優しくもない。所詮チンピラに過ぎないんだよ」
確かに彼ははたから見たら短気なチンピラなのかもしれない。でも、彼女もまた……事情がある。それを私は知っている。
「あのね、佳志くんがその程度の人間なら、私はそれ以下の分際でしかないんだよ」
「……何?」
そう、なぜなら彼女は――。
「昔、人体実験を受けてたくさんの人達に損傷を負わせた化け物だから」
沈黙が流れた。
確かに、何も知らない彼にいきなりこの告白は幾らなんでも無茶過ぎる。
「おい、冗談なら笑えねぇぞ」
「冗談なんかじゃないよ」
「いい加減に……!」
彼女じゃ説明しきれないようなので、私が説明することにした。
「その子は人間じゃないよ佳志」
「お袋……!」
「まぁ世の中色々あるんだよねー。アンタじゃ実物見ない限り絶対信じられないかもしれないけど」
あれは佳志が生まれるもっと前の話だ。
あの騒動は一生忘れられない。怪我人はもちろん、死人もでた。
フィルモット
「人間の容姿をしたモンスター。そして友之はその第一被害者ともいう」
「言ってる事がさっぱり分かんねぇぞ。悪ふざけも大概にしろ」
佳志は機嫌を損ねて立ち去って行った。
無理もない。未だかつてあの化け物自体の情報は公になっていないのだから。一般人の多くは、あれは何かしらの自然現象だと思い込んでいる。
でも、いずれ佳志は分かる。そして思い知らされる。
今度の敵は、強力なボディーガードでも不良でもない、化け物だ。