05.侵略
勇者ハーディの活躍によって、人間たちの居住域は拡大していた。
拡大した地域はそのまま、ゴージャス王国の国土として扱われ、国力の増大につながった。魔物がいたために手出しできなかった地域の資源を採取できるだけではなく、土地は耕されて田畑となり、また国を支える。
十分すぎるほどの功績だ。ゴージャス王国はハーディを勇者として選定したことを間違いではなかったと確信する。また勇者ハーディもその期待にこたえて、次々と魔物を討ち取った。
国の誰もが、ハーディが魔物討伐を続行することを望んでいた。誰もが彼に感謝を惜しまなかったが、その背に過大な期待をかけている。
それがわからないような勇者ではないし、彼自身もまたその期待にこたえたいと思っていた。
おびただしい金品が褒美として下賜されるからということがまず第一の理由であるが、国内に討伐する魔物が消えてしまったことで、彼の存在する理由が消えかけていたというのもある。用済みになった勇者が疎まれ、権力や富から遠ざけられるのではないかという危惧。
こうした理由を出したのは、魔法使いカヴィナだった。彼女はなんとしても高い地位にしがみついていたかったのである。数々の既得権益があったからだ。
カヴィナは勇者の存在理由をつくるため、あえて国外の魔物討伐にいくように仕向けた。これが成功を収め、ハーディは英雄として更なる名誉を得、カヴィナは地位を守ることができている。
そこには当然、平穏に暮らしていた多数の魔物が死に追いやられたという厳然たる事実が代償として存在したわけだが、そのようなことは人間たちにとっては瑣末な問題だった。
魔法使いのカヴィナは女だ。天才と呼ばれた実力派の術師であり、魔術の腕前だけならハーディなど相手にもならない。その力で幾度となく勇者の危機を救ってきたのである。
彼女は勇者に選定されたハーディを憎からず思っているが、しかし相手は勇者である。いまや勇者ハーディは国の英雄であり、女に不自由するはずもなかった。
金を支払ってでも彼に抱かれたい、一夜のロマンスを共にしたいという女は掃いて捨てるほどある。そのような存在になったハーディが、もはや空気のように一緒にいるのが当たり前となったカヴィナをわざわざ閨に呼ぶこともなくなっていた。
今夜もハーディは宿屋に若い女を二人も連れ込み、閉じこもっている。中では肉欲の宴が催されているのだろう。
カヴィナは性行為自体に不快感を覚えるほど初心ではなかったが、ハーディが若い女に夢中になっているのは不快だった。ブロードブリムの帽子を目深にして、彼女は長い髪の奥で目を閉じる。
魔物たちの駆逐は順調だ。これまで長い間、人間たちは魔物たちの襲撃に怯えてきた。
ゴージャス王国にとって、勇者の選定は久しぶりのものだ。魔物の群れに一人で対抗しうる、万夫不当の英雄。それが『勇者』だ。
勇者ハーディは、たった一人で国内から魔物を絶滅させた。それがどれほど人々に安心をもたらしたことか、言葉ではとても言い表せない。
であるなら、これまで苦しめられてきた分だけ、魔物たちへお返しをしてやっても問題はない。
ゴージャス王国の民は誰もがそう考えていた。過激なものは、この際魔物たちは勇者ハーディが存命のうちに根絶やしにしてしまうべきだと提唱している。
なるほどそれは一理ある、とカヴィナは考えていた。勇者ハーディは確かに強いが、不老不死ではない。いずれ老いて、亡くなってしまうだろう。そのとき、魔物たちが逆襲してこないとは限らない。
そのような憂いを残さぬよう、徹底的に魔物たちを殺し、根絶してしまうことは有効な手段である。
だが。
そうした場合には再び、ハーディの存在意義が揺らいでしまう。彼が必要であり、かつ、魔物の脅威が消え去るということが必要だ。
やはり魔物がいなくなった後は、適当に国王をけしかけてどこかに戦争をふっかけるように仕向けねばなるまい。カヴィナは簡単に今後の展望をまとめる。
「おおい、カヴィナ」
突然扉が開き、一糸纏わぬハーディが顔を出した。
こうしたことは何度かあったので、カヴィナは不快そうに眉を寄せるだけだ。
「粗末なものを見せるな」
「いや、女たちが気絶しちまった。相手してくれ」
「代用か。お断りだ、私にもプライドがある。一人で楽しめばいいだろう?」
まことに不快だった。ハーディのことは嫌いではないが、このように都合のいい女にされてはたまらない。
それに、カヴィナは尽くす女などではない。
いやなことからは逃げるという手段があることも、知っているのだ。
だが勇者ハーディはそのような心の動きに気付くほど繊細な人物ではなかった。彼は非常に自分に都合のいいように解釈をする。
「おいおい一人でなんてそんな寂しいことを俺にさせるつもりかよ。つれないな。
ああ、わかった。お前妬いてんだな、ほっといて悪かった。さあ服を脱いでくれ、一緒に楽しもうぜ」
「お前は何を言っているんだ。
もういいから話しかけるんじゃない。シコって寝ろ」
開いていたドアを蹴りつけ、カヴィナは強引に勇者を部屋の中に叩き込む。ハーディはうめき声を上げ、そのまま昏倒してしまった。そうなるようにカヴィナが魔力を込めていたからである。
カヴィナは苛立ちに肩を怒らせたまま、自分の寝台に飛び込んで不貞寝するのだった。




