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躯の王  作者: zan
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06.潜伏

 エグリは少女のキサと共に、人里にいた。

 かつてエグリを憎々しげな目で睨みつけていた女はすっかり従順な少女に変貌していた。大人びた化粧は全て洗い流され、伸ばしていた髪も短く切られ、年齢相応の幼さをみせている。

 もともとエグリが分裂した個体だが、もはや今は完全に少女の体に馴染み、エグリとは別の個体となっている。そこでエグリは少女に対して名前をつけることにした。『キサ』というのがそれである。

 特段、名前というものにこだわりはなかったので一族の仲でもエグリと仲のよかった二体から一文字ずつとってつけた。

 キサは名前を与えられて、素直に喜んでいる。その名が気に入ったというよりも、エグリからものが与えられたので光栄に思っているという具合だろう。


 少女は金をもっていた。

 その金を使い、エグリとキサは人の住む町に滞在している。古着屋で衣服を買い、宿屋で拠点を確保した。

 食糧や水は彼らには不要であり、ただこの町で暮らしていくだけなら使う金は少なくすんだ。だが、それでは目的が果たせない。

 エグリは勇者によって一族が壊滅させられ、棲むところを追われたということを忘れていない。彼の目的は、一族の再興と旧領の回復なのである。

 ゆえに、情報を探っていた。

 エグリとキサは日々町の中を歩き回り、勇者に関する情報を多く集めようと粘った。

 少女のもっていた金も大した額ではなかったため、ほどなくその金は尽きる。が、その頃には情報も有用なものが手に入っていた。


「エグリ様。勇者ハーディは北側にある町で休息を取っているようです。

 話では川の北側に手を伸ばす予定だということです」


 キサが報告してくる。エグリとキサはともに美形といえる容貌だったが、やはり女性であるキサのほうが情報収集に若干有利であるらしい。たいていの場合、彼女のほうが有用な情報を手に入れてくることが多かった。

 そのことをエグリが口にすると、


「エグリ様のお役に立てて、嬉しく思います」


 と、返してくる。

 多分本心なのだろう。まことにもって、従順だといえる。

 これからもおそらくエグリは死体を見つけるたびに分体を増やしていくだろうが、これほど尽くす性格のものは今後あるだろうか、と考えてしまうくらいに。

 エグリとキサの正体は不可視の魔法生物であり、ここにいる少年と少女はすでに死んでいる。あくまでも、その体を借りているだけにすぎない。だが、精神はその宿った肉体に引き寄せられるということがある。

 事実、エグリの知っている同族にもそうしたことがあった。犬の死体を借りたものは他人に尽くすことを喜びとするようになり、猫の死体を借りたものは気まぐれになった。必ずそうなるというわけではないが、ままあることだ。

 人間の体を借りたのは敵の情報を得るためであったが、失敗だったかもしれないとエグリは考え直した。一度このように融合してしまったからには、簡単にこの少年の肉体を捨てることはできない。それをした場合、今まで魔力を通してきたこの少年の体は、力の供給を断たれたことで崩壊してしまうだろう。二度と使うことができなくなる。

 気を強く持っていけば大丈夫だろう、と思うしかなかった。

 しかし、キサが隣にいると少し心が乱れてくる。

 髪を切り、化粧を落とした彼女は、生前の面影をまるで残していなかった。エグリに対して従順に、無償の奉仕を続けてくれる存在となっている。頼もしい味方であることは間違いなかったが、人間の男女である。躯に引っ張られるようなことがあれば、彼女とつがいになることを望んでしまうかもしれない。

 もとは自分自身の分体であるのだからそれほど気持ち悪い話もなかった。

 エグリは気をつけようと思う。そうしながら寝台の上に地図を広げた。


「キサ。勇者たちはどのあたりだ」


 広げた地図は。このあたり一帯を描いたものだ。山林の広がる地帯であり、ほんの少し前まで魔物たちの住処となっていた場所だ。

 ゴージャス王国の領土は南に広がっており、彼らは選定した勇者ハーディと共に北に向かって進出してきている。

 今、エグリたちがいるのは拡大した領土につくられた新たな町である。次々と新天地を求めて人がやってきており、居を構える者も少なくない。

 魔法使いや勇者に近づけば自分たちの正体がばれるのは間違いないので、エグリは勇者の情報を優先的に集めている。


「このあたりです。ここから川を渡り、アーマーベアを狩る算段だと思われます」


 キサは、現在地からかなり東に行ったところにある町を指差した。そこから北に向かえば川があり、それを越えれば森が広がっている。

 森にはアーマーベアと呼ばれる魔物が棲んでいる。これは、キサの従者であった男二人を食い殺したあの魔物と同種だ。おそらくあのときのアーマーベアもこの森から流れてきて、あのあたりに居ついていたのだろう。

 勇者としては森の中に潜むアーマーベアを絶滅させてしまい、豊かな森林の恵みを人間たちで独占しようというのだろう。

 エグリとしては森林がどうなろうが別にかまわなかったが、あの勇者ハーディが相手ではアーマーベアも長くもたないと思えた。そうなると、勇者が引き返してくる可能性がある。戦果をあげた後は王都に凱旋するつもりだろうから、この町に立ち寄ってくるかもしれない、というわけだ。

 まだ、目立つ行動をとるわけにはいかなかった。不審に思われて、勇者や魔法使いがここに来てしまっては終わりである。

 だがもう金がない。キサの持っていた金はほとんど使い切ってしまった。

 金を使わずに生活することは、いざともなれば可能だ。キサと二人で野宿し、何も飲まず食わずでもやっていける。しかし勇者を倒すという目標を諦めないのであれば別だ。それに、一族の再興と旧領の回復はエグリにとって義務ともいえるものである。

 目標に向かうために情報を集める必要がある。そのためには金が必要だし、拠点があったほうが動きやすいし、不審に思われることも減る。

 つまり、金を稼ぐ必要がある。それも不法な手段をとらずにだ。


「勇者たちに不審に思われないように、金を稼いで情報を集め続ける。

 つまりは、自分たちの生活基盤を確立するということだ。それがぼくたちにはどうやら必要らしい」


 魔法生物であるエグリは寿命によって死ぬことがほとんどない。

 人間の寿命が尽きるまで待つことも可能だ。いざとなれば勇者ハーディが老いるまで待ち、それからコトを起こしてもいい。

 だがそれでは腰抜けといわれてしまうだろう。誰が言わなくとも、彼自身が自らをそう判断する。それに、一族を壊滅させた勇者に報復をすることも目標に入っている。彼が寿命で死ぬのを待つようではその目標は果たされない。

 やはり金が必要だった。生活費の不要なはずのゾンビ二人が金を稼ごうというのだから、笑えない話である。

 しかし、手早く金を稼ぐ方法など見つからなかった。

 魔物を退治する役目などは勇者に任せておけばいいということになっているし、人間たちを襲って殺せば騒ぎになるのがわかりきっている。何か仕事の募集はないかと地道に探すしかない。


 結局、キサとエグリはその容貌を生かして、酒場で働き始めた。金を得るために仕方ないことだ。

 彼らが微笑めば、それだけで客は喜び、チップまでくれるものがある。特にキサは女性であることもあってか、よくチップを受け取っている。断る理由もなく、二人はせっせと蓄財にいそしむ。

 そうしながら情報を集め続け、同時に次の計画を練った。

 が、数日ほどでその生活は終わることになる。


「いたな。ゾンビどもめ」


 魔法使いカヴィナが、その町に訪れたからである。

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