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躯の王  作者: zan
10/15

10.出発

 北の森に棲むアーマーベアを討伐し、さらに大多数の魔物を殺して回った勇者ハーディは王都に引き返すために馬車に乗っていた。

 魔法使いカヴィナにかかればそれほどの時間をかけずに移動できるのだが、道中の女たちをつまみ食いしたいという理由から馬車を使いたがる。これに関してわざわざ何か言及することもすでに面倒くさい領域に達していた。

 雪がちらつく中を、馬車はそれほどの揺れもなく走り続けている。勇者が事細かに注文をして作り上げたこの馬車は乗り心地を最優先させてつくられ、ほとんどゆれが感じられないのだ。男女で乗りあって、中で不埒な行為に及んだとしてもそれほどの不便がない程度の快適性をもって仕上がっているという。これを模倣した馬車がいくらか作成され、好き者の貴族が買っていったという話もある。


「まあ俺様にかかれば、今回の魔物たちも大したことはなかったな」

「そうだな」


 自慢げに話をする勇者に対し、カヴィナは冷めた返答をするだけだった。

 大したことのない魔物だったのは、当たり前なのである。獰猛で、人を食い殺すような魔物はとっくに討伐しつくしたのだ。北に残っているような魔物たちは温和で、人とかかわりなく暮らしていこうとする種族にすぎない。古くには人を襲った記録もあっただろうが、そうしたことは珍しい。

 となれば、もはやこの討伐は勇者にとって簡単すぎて欠伸がでるようなものだった。

 しかし、勇者にとって楽勝であっても普通の人間には手がでないものだ。彼がらくらくと魔物を討伐できるのが異常であって、凡人は一方的に魔物に狩られるのが宿命である。

 だからこそ、勇者の魔物討伐を国が望んでいるのだ。


「ひさしぶりにしないか」


 ハーディがそんなことを言う。考え事をしていたカヴィナの意識が引き戻される。

 勇者の顔が近い。迫っているのだ。どうやら、肉体的なつながりがほしいらしい。


「お前は何を言っているんだ。こんな狭いところでか」

「狭くはないだろ、俺が注文して広々とさせてもらった。気持ちよくしてやるから」

「おい。まるで意味がわからんぞ。お前からの行為が気持ちよかったことなんてない。

 第一、そんなことをしている場合か。雪なんだぞ。馬車で王都までいけるか心配になるくらいだ」

「あったまっておこうと思ってな」

「お前の頭にはそれしかないのか! 黙って茶でも飲んでろ。無駄な体力を使うんじゃない」


 叱りつけながら飲み物を出す。保温水筒に入れていたそれは、黒っぽい色をしていた。


「なんだこれ。茶じゃないだろ」


 ハーディは不審に思ってそれを眺め回す。だが、カヴィナはその味に自信があるらしい。


「ふふ、南から買い入れた豆をひき潰して抽出したものだ。油脂は除いてあるから太る心配もない」

「そうか。ふむ、まあ甘ったるい感じだな」

「いやそんなことはないだろ。しっかり厳選した。私もちゃんとつくるのは初めてだったがな。いけるはずだ。

 うん、……いや、さすが私だ。お前も飲んでみろ。

 こりゃあうまいココアだぜ」


 自らの飲み物を褒めた瞬間、彼らの乗る馬車は強い衝撃を受ける。

 床が跳ね上がり、傾く。


「おわっ!」


 ハーディはあまりのゆれに体制を崩し、ココアをこぼした。同時に、ドサクサまぎれにカヴィナの胸に顔を突っ込む。

 魔法使いカヴィナはそんなことを気にしている余裕もない。何が起こったのか把握するため、ココアを投げ出して外の様子を伺う。

 馬の嘶きが聞こえる。御者の悲鳴も。

 あっけなく馬車は横転してしまった。あわてたカヴィナは咄嗟に邪魔なハーディを押しのける。彼はそのまま馬車に押しつぶされたが、カヴィナは素早く外に飛び出していた。

 倒したのはファング・グリズリーと呼ばれる魔物だった。大層な怒りを見せ、馬に止めを刺しているところがみえた。


「これはひどい」


 無残な状況に思わず愚痴もでるが、それどころではない。

 ファング・グリズリーはアーマーベアに似た怪物で、大きな牙が特徴である。彼を討伐する必要があった。

 魔法使いのカヴィナとて、ハーディに比べれば戦力的に劣るとはいえこのような怪物に遅れをとるほど脆弱ではなかった。ふところから抜き出した杖を一回転し、スラリと敵にむける。

 途端、彼女の目前には巨大な炎の塊が浮き上がり、ファング・グリズリーに向かって飛び出していく。

 巨大な魔物はほんの一瞬で丸焼けになり、焼け焦げた。炎などという生易しい熱ではない。溶岩でもかぶったように、僅かな間で魔物は殺されている。


「容赦ねえな」


 馬車の下から這い出てきたハーディが状況を確認し、ため息を吐くように言った。


「俺のぶんはどうしたんだ、残しておいてくれもしねえでよ」

「何、お前にはまだ仕事がある。こんなことは私に任せておいてくれればいい。

 国王の前では大人しくしておくんだ。今度こそ無礼な振る舞いはしないように、しっかり礼儀を覚えろ。

 女のケツを追い回すことしか頭にないようなのが勇者だというのはマズいだろうが」


 馬も御者もすでに死んでいるが、カヴィナたちは人の死になれすぎたためか、特に気にしていない。

 ファング・グリズリーも決して無能な魔物ではないのだが、それを殺したことも労苦と感じていないようだ。


「それと、あのゾンビ野郎も取り逃がしたままなんだ。人を使って探させているが、なかなか尻尾をださん。

 お前も勇者だってことで女をたぶらかしてるなら、その責任くらいは果たせ」

「へいへい、わかっとるって。それより美人の女型なら、洗脳して奴隷にしていいんだろうな。

 そのための魔法を毎晩寝ずに練習してるんだぜこっちは」

「お前が練習しているのはただの閨房術だろうが。ふざけるんじゃない」


 つまらない言い争いをしつつ、二人は歩き出していた。雪の中を、王城に向かって。

 無論、寒さで凍えるような心配は無用だった。魔法使いのカヴィナがいるからである。

 二人はほどなくして、ゴージャス王国の国王に拝謁することとなった。


 馬車は路上に放置され、馬や御者の死体もそのままだが、事情が事情である。特に問題にはされなかった。

 勇者ハーディの性格を知っているゴージャス国王はくだけた雰囲気で彼らの訪問に応じてくれている。

 面会のための大広間にあり、さすがに国王である以上高い位置からだが、それでも相当にくずした姿勢で話しかけている。


「では、その馬車や御者は人をやって引き取らせよう。彼らも国の礎となったのだ。十分に補償はせねばなるまい。

 さて、本題に入ろう。

 勇者ハーディ。それに魔法使いのカヴィナ。討伐は順調であったかな」


 さすがに人が死んでいるので、そこに触れたときは沈痛な表情をみせる。だが、その後は柔和な笑みをみせながらの言葉だ。国王は、勇者たちを強く信じているのである。

 勇者ハーディは無難に「問題ありません」とこたえ、カヴィナがそれに捕捉でいくつか今後の見通しを言い足した。

 しかし、話はそこで終わらない。


「王。依頼していた調査は」


 カヴィナがそんなことを言う。

 これにこたえて王は、少し表情を引き締めた。


「うむ、慎重に調査をしておる。その結果、領内に魔物がいるのは確実だろうということになった。

 具体的には、フィルフォーの町から北東に向かった先の、森の中だ。何名かそのあたりで行方不明になった者がある。

 魔物たちの姿を見たというものも多い」

「あっけなく見つかりましたね」

「それがな。彼らはこちらに主張しておるのだ。魔物だけの村をつくるのだ、と。

 相互に不干渉であれば決して侵略はしないと宣言をしてだ」


 当たり前だが、それを信じてはいない。

 だからこそ、王はハーディたちにこれを告げたのである。


「では、そこに向かいましょう」


 こうして勇者と魔法使いは、魔物の村に赴くことになった。


 これに関して国王は国を挙げての出発式を行うと宣言。実際に盛大な式が執り行われた。

 国民は勇者たちを見送り、自らの生活を脅かす魔物たちが駆逐されることを祈る。

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