20 《白狼の牙》
レベル測定を終えた後。レインたちは依頼の精算を済ませ、そのままギルドの食堂へ向かった。時間は夕方。探索帰りの冒険者で賑わう時間帯だった。だが今日は少し様子が違う。奥の席から大きな笑い声が聞こえてくる。酒樽まで持ち込まれていた。
「なんでしょう?」
リリアがそちらを見る。レインも視線を向けた。見覚えのある顔がいる。
「カイさんだ」
以前、ミノタウルスに襲われた際助けてくれた剣士だった。ほかにも大柄な戦士。神官。弓使い。魔術師。見たことのない冒険者たちも大勢いる。ざっと数えて二十人近い。一つのパーティーではない。複数の集団が集まっていた。その中央でカイが酒杯を掲げている。
「おお!」
「戻ってきたぞ!」
「今回は本当に危なかったな!」
周囲から笑い声が上がる。かなり盛り上がっていた。レインが見ていると、向こうも気付いたらしい。カイが大きく手を振った。
「おう、レイン!」
「こんばんは」
「こっち来いよ!」
呼ばれたので近付く。すると近くの冒険者たちも興味深そうにこちらを見た。
「ああ、あのテイマーか」
「フォレストディア二頭の」
「噂は聞いたぞ」
そんな声まで聞こえる。レインは少し居心地が悪かった。カイは豪快に笑う。
「そんな顔するな」
「慣れてませんから」
「そのうち慣れる」
そう言いながら隣の席を指差した。リリアも一緒に座る。フェンは足元。チビは肩の上だった。カイが酒を飲みながら言う。
「俺たちは今日帰ってきたところだ」
「探索ですか?」
「深層攻略だ」
その言葉にレインは目を瞬かせた。深層。まだ自分たちには遠い世界だ。
「どのくらい下まで行ったんですか?」
「十一階層だな」
思わず息を呑む。四階層ですら逃げ帰った。その倍以上だった。カイはレインの反応を見て笑う。
「まあ今のお前らには想像もつかねえだろうな」
「はい」
素直に頷く。想像できない。四階層のダンジョンボアだけで十分恐ろしかった。十一階層など別世界だ。その時だった。近くにいた魔術師風の男が話へ加わる。
「新人か?」
「そうだ」
カイが答える。男はレインたちを見る。
「俺たちは《白狼の牙》だ」
レインは聞いたことがあった。街でも有名な名前だ。冒険者ギルドの掲示板にも何度か載っていた。
「クランですよね」
「知ってるのか」
「少しだけ」
男は頷いた。クラン。複数のパーティーを束ねる集団だ。今回集まっている人数も二十人近い。普通のパーティーは四人から六人程度。それをいくつもまとめた組織だった。荷物運搬。探索。前衛。後衛。回復。役割を分担できる。深層攻略では必須と言われている。カイもその一員だった。
「この街じゃかなり大きい方だぞ」
隣の戦士が言う。
「二十人超えてるからな」
「今は二十三人だ」
別の誰かが訂正した。どうやら最近増えたらしい。レインは改めて周囲を見る。皆装備が良い。使い込まれているが高品質だ。漂う雰囲気も違う。強い。それが見ただけで分かる。カイが酒杯を置いた。
「今回も何とか帰ってこれた」
その口調は軽い。だがレインには分かった。簡単な話ではない。深層攻略は命懸けなのだ。実際、何人かは包帯を巻いている。腕を吊っている者もいた。神官のリリアもそれに気付いたらしい。表情が少し引き締まる。カイはそんな二人を見て笑った。
「そんな顔するな」
「でも……」
「危険なのは事実だ」
そこで一度言葉を切る。
「だがだからこそ稼げる」
周囲の冒険者たちも笑う。誰も否定しない。今回の探索だけでかなりの利益が出たのだろう。酒も料理も豪華だった。レインは少し羨ましくなった。あの場所まで行けるようになりたい。深層を探索したい。もっと強くなりたい。そんな思いが自然と湧いてくる。その時。カイがレインを見る。
「そういやお前ら」
「はい」
「そろそろ四階層だろ?」
図星だった。レインは苦笑する。
「一応考えてます」
「無理はするなよ」
珍しく真面目な声だった。
「四階層から先は本当に死ぬ」
ギルドの喧騒の中。その言葉だけが妙に重く聞こえた。フォレストディアで死にかけた。ダンジョンボアで逃げ帰った。その経験があるからこそ分かる。強い敵は本当に人を殺す。カイは立ち上がる。
「まあ頑張れ」
そう言ってレインの肩を軽く叩いた。
「お前らならそのうち来るだろ」
その言葉を残し、再び仲間たちの輪へ戻っていく。盛り上がる声。笑い声。酒杯がぶつかる音。街有数のクラン《白狼の牙》。まだ遠い存在だった。だがレインは思う。いつか。いつか自分もあの輪に並べるくらい強くなりたいと。




