第1話 代償
勇者アルトは最強だ。
いや、だった、というべきか。
彼は焼け焦げた建物の残骸の中から、一冊の本を見つけた。パンパンと煤を払うと、表紙の文字が現れた。
『魔王の倒し方』
「これが、噂に聞いていた魔導書か――。フン、やはりふざけた本だな。こんなもので倒せるなら、誰も苦労しない」
本の下の方には小さく『ルリ・ラ・ルシフェリア・レ・ローゼンレイド』という言葉が書いてあった。
アルトはバカにしたように鼻で笑うも、手に持っていた剣を瓦礫にたてかけ、ページをめくった。
最初のページには、こう書かれていた。
『何を犠牲にしても魔王を倒す、という覚悟のあるかたのみ、次のページをめくってください』
「まさか、この魔導書を使うと死ぬといいたいのか? フンッ。くだらん。俺は死なん」
アルトは魔法使いとしての力量と頭脳に絶対の自信を持っていた。迷うことなく次のページをめくり、わずかな時間ですべてを読み終えた。
「なんだ、この内容は……。これが本当だとすると、……うっ!!」
だが読み終えた瞬間、頭の中に警報が鳴り響いた。
『知識の保持、承認。対価として、生命力を徴収開始』
「えっ――」
全身が鉛のように重くなり、血の気が引いた。膨大な魔力が急速に減っていくのを感じ、輝いていた長い黄色の髪は、あっという間にくすんだ色になった。
急に立ちくらみがして、その場にガクンと膝をつく。
「くっ……、くそっ…。ヨイショっと……。えっ?」
アルトは固まる。
今、最強の勇者が、立ち上がる動作一つに「ヨイショ」と口走ったのか? いや、そんなまさか。
立て掛けていた愛用の剣を持とうとするも、以前なら片手で放り投げられたはずの剣が、まるで巨大な鉄板のように感じられた。
「うぅ……」
背中にのせるだけで唸り声が出てしまった。
「この本、本当に……」
頭の中で、本の文字がフラッシュバックする。
『この本の知識を保持する対価として、命は削られ続ける。内容を他者に話した場合、対価の徴収はさらに加速する。また、知識は次第に失われていく』
アルトは顔面蒼白になった。
本の内容を知った代償として、生命力が失われる。つまり老いていく。それだけでなく、内容を忘れてもいく。
魔王を倒す方法を知ったものにかけられる呪い、代償だ――。
彼は反射的に、腰をさすった。痛みはない。だが、体が勝手に老人特有の習慣を始めている!
「いかん。ワシはまだ……いや、俺はまだ若い!」
背筋を伸ばし前を見るも、視界がかすかにぼやけていた。最強の英雄は、そこで悟った。
この旅は、もう自分の力だけでは完遂できない。そして、魔王の討伐方法を忘れてしまえば、世界は終わる。
アルトは決意した。
「仕方ない。急募だ。介護と護衛のできる、優秀な仲間が二人必要だ」
アルトは魔導書を、震える手で大切に抱え込んだ。これだけは手放してはいけない。
彼は、自分が背負った究極の呪いを、その老いた膝の痛みとともに抱え込み、よろよろと歩き出した。
道中、同じく魔王討伐を目的としていた熱血漢の戦士カイ、知的な魔法使いマナと出会うことができた。
「勇者って、もっと若いのかと思ってたよ」
「私もですわ……」
カイとマナは、五十代の勇者アルトをまじまじと見る。
「これには、事情があるんだ」
アルトはため息交じりに言うと、二人に理由を話し始めた。
自身が魔王の倒し方を知っているということ、だがそれには代償が伴い、こうしている今も生命力と内容に関する記憶が失われているということを。
二人にざっくりと説明したとたん、アルトは自身の命が減っていくのを感じた。何かに力が吸い取られているような、そんな感じだ。
髪からさらに色がぬけ、体のシワがより深く刻まれた。
「アルト!? おまえ、体が!」
カイとマナは目を見開く。
アルトは焦りを覚える。この情報だけで、これほどの代償が必要なのか。
今魔王の倒し方を伝えれば、魔王のところまで体がもたないだろう。だが、もたもたしていては、重要なことを忘れてしまう。タイミングが大事だ。
アルトの体に起こった顕著な変化に、カイもマナも、今の話が真実なのだと信じざるを得なかった。
アルトは二人にも魔導書を触らせてみたが、二人は開くことができなかった。
「そういう魔導書があるっていう噂は聞いたことあったけど……」
「まさか、本当に存在するとは思いませんでしたわ」
カイとマナに緊張が走った。
アルトの生命力が尽きる前に、なんとしてでも魔王のもとへと辿り着かなくてはならないのだ。
全5話です。




