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第1章 09_謝罪

 鋼鉄の格子扉は、ギギィと重厚な音を立てて、厳かに開かれる。


「仮にも牢獄だ。殿下に中へお入り頂くのは、不敬である。この私が許可する。罪人を表に」


 コロー子爵が命じると、牢獄守りは、「ははっ」と敬礼して、鍵を一旦返却した後、開け放たれた牢獄の中へ入った。気絶するマリエッタを横抱きにして、馬車の隣に立つ王太子(おれ)の前に運んで来る。


(あの首輪と(かせ)。やっぱり、光ってる……)


 間違いない。


 気絶する悪役令嬢(マリエッタ)の拘束具には、その身に宿る魔力を封じ、全身を鉛のように重くして、その行動を鈍くさせる、強力な魔法がかかっている。

 そこには、霊視眼でなければ視認できない、二重の【縛め】の印と、魔導文字が浮かび上がっていた。


 けれど、それ以上に気になったのは、あまりにもみすぼらしいマリエッタの姿だった。


(服はボロボロだし、あんなに健康的な体つきだったのが、今じゃ、骨と皮だ。

囚人になるって、やっぱ、やべえな。人間が飲まず食わずで生きられるのは、数日から1週間、って言われてるけど。あれ、マジなんだ)


 って思ったけど、


(流刑なんだから、いくら、囚人でも、食事くらい、ちゃんと食わせてやれよ)

 って、俺は、自国の拘置所に対して、めちゃくちゃ腹が立った。

 

 でも、マリエッタは、生粋のお嬢様だから、


(いや。もしかしたら、食事は出ていたけど、こんなモノ食えるか! 的に、マリエッタの方が勝手に反逆断食(ハンスト)したかもしれないな)

 とも思った。


 俺は複雑な顔をして、「……うーん」と頭悩ませたが、

 「そうだ。リミットは20分だった」と、目をぱちくりさせて、もたもたしている暇はないと考え直す。そうして、「このままじゃ、まともに話せない」と、俺は、マリエッタを抱きかかえ、治癒魔法を掛けた。


 みるみるうちに、マリエッタの血色は良くなり、飛礫(つぶて)の痣も消える。


 ただ、治癒魔法では、飢餓衰弱による筋肉量の減少までは回復できない。


 治癒魔法も、基本は、生体が元から持っている自然治癒能力を魔力によって促進、回復させているだけにすぎない。ようは、病院などがおこなう治療行為、手術の類を魔法で代用しているようなもので、長期入院患者の筋力低下に食事療法と筋トレなどのリハビリが必要なように、そういう根本的なところは治せないのだ。


 つまりは、現状、今の俺に出来ることといえば、酷く痩せ細ったマリエッタの身体に、気力、体力を戻してやることだけだった。


 それでも、何もしないよりはマシだった。


「大事ないか? マリー」


 ぴたぴたと、俺は、優しくマリエッタの頬を軽く叩く。


 マリエッタも、ハッとして、金眼(きんめ)をパチリと開いた。


 骨の形がくっきり分かるほどこけた頬と、カサカサの唇は、思わず憐憫(れんびん)を誘わずにいられなかったが、それでも、学園一と(うた)われた美少女は、その威厳を微かに残していた。


「……リシュ様?」


 そう呟いて、俺の顔を見るなり、マリエッタは、じわと涙で金眼を潤ます。


「ごめんなさいっ……、ごめんなさいっ……!! あたくし、なんてことを……っ」

「ああ。分かっているとも。だからこそ、私は、君に会いに来たんだ」

 

 俺は、そっと指でマリエッタの涙を拭ってやる。

 そして、俺は、不謹慎ながら歓喜した。


(シナリオが消えてる! 俺、今、普通にマリーと話してる!!)


 そう叫びだしたいくらいだったが、とりあえず、俺は、柔和で凛とした、王太子リシャールを立派に演じなければならない。


 マリエッタは、泣きながら小首を傾げる。


「……本当に?」

「本当だとも。私はまったく酷い男だ。あんな別れ方をしてしまって、ずっと、君のことが気掛かりだった」


「リシュ様は酷くありませんっ! だって、あれは、あたくしの自業自得だったんですものっ」

「マリー……」


 どこかいつもより言葉遣いが(つたな)い気がしたが、それ以上に、俺の目を惹いたのは、彼女が(まと)うオーラだった。


(憑き物がとれたように、邪気がない)


 果てなきブラックホールの如き禍々(まがまが)しさは露と消え、それは、柔らかい銀の光を思わせた。


「あたくし、どうしても、悔しくて、悲しくて、寂しさのあまり、胸が張り裂けてしまいそうでしたの。

幼き頃からずっと……。そう、あの日、……貴方様に初めてお会いした、あの瞬間(とき)から。あたくしは、ずっとずっと、お慕いしておりましたから。

ただ貴方様だけを――尊き麗しきサンクレールの光、無二なる王太子殿下、リシャール様だけのことを。

あの日、あたくしは、貴方様に一目で恋に落ちて、貴方様の妻になれる日が来るのを、一日千秋の想いで待ち侘びていた」


 尊き光、だなんて。ちょっと照れるし、俺みたいのが、なんか申し訳ないな。


「そうなんだ? 意外だな。私は、もっと、君に嫌われているかと思ったよ」


 俺は切ない顔で苦笑する。

 そうして、コツンと軽く、マリエッタと(ひたい)同士を突き合わせる。


 うっわー。これ恥ズイ。まじ、恥ズイ。

 恋愛モノの定番、「でこコッツン」って!


 いったい、誰が最初にやり始めたんだろ?

 でも、たぶん、()()リシャールなら、こういう場面で、アンジェル(ヒロイン)相手にこうしそうなんだよな。いや、今、相手、悪役令嬢(マリエッタ)だけど。


 マリエッタは、リシャール(おれ)を見て頬を染めながらも、悔しそうに顔をくしゃくしゃにする。


「そんなこと……っ。ただ、あたくしは恥ずかしかったのです。

貴方様が、たいそうお麗しく、神々しく、お素敵だったから」


「マリー」


「けれど、あたくしは素直になれなかった。

王太子殿下に見合う公爵令嬢として、浅ましい己を覆い隠して、つまらぬ大衆へ迎合するのは悪だと。貴方様も皆も、敢えて貶し、高圧的に、執念深く縛り付けた。

左様にして、皆に知らしめたかったのです。

貴方様に相応しいのは、このあたくしだけ。

貴方様は、あたくしのモノだと。

そうして、貴方様は、あの純真でお可愛らしい【星辰の乙女(アストロ・メイデン)】様をお選びになった。ですから、あたくしは、アンジェル様が、あたくしから貴方様を奪ったと逆恨みして、その途方もない絶望から逃れようとして…………っ」


 肩を震わせて、ヒックヒックと、子供のように泣きじゃくるマリエッタは、先程の怨嗟(えんさ)(こも)った表情などどこへやら、ただただ、憐れな少女になっていた。


 そっかそっか。やっぱりなあ。


 マサト(おれ)的には、マリエッタ(このコ)、絶対ツンデレだよなって、ずっと思ってたし。

 ギャップ萌えも加味したら、弱々しいマリーは、フツーにカワイイと思う。


 王太子(リシャール)がヒロインの【攻略対象者】じゃなきゃ、中盤までは、充分、幼馴染みアドバンテージあったのになァ……。


 って、つい、マサト(おれ)も同情しちゃったんだけど。

 でも、それは、第三者視点だから言えることで――。


「そうか。それは、とても苦しかったね。君は、思いのほか泣き虫だ。

だけれど、私は、ただ頑なな君しか見ていなかった。

それが、そもそもの間違いだったんだ」


 俺は、マリエッタの黒銅髪(ブルネット)を梳いて、そっと頭を撫でてやる。


 てか、シナリオのリシャールこそ、まじ、クソだったしな。


 だって、どこからどう見たって、平等(フェア)じゃない。

 婚約者(マリエッタ)がレスキュー求めてても、アンジェル、アンジェルって。

 

 か弱いヒロイン視点じゃ、確かに優しい男なのかもしんないけどさー。

 マリエッタは強いから一人で放っといても大丈夫! 的な?

 

 いやー、あれはいかんよ、マジで。

 仮にも婚約者なんだし。ちゃんとマリーにもフォローして、根回しするくらいじゃないと。そら、いくらでも(ねじ)けて()()なるわ。


「アンジェル様をお恨みしたところで、むしろ、貴方様の御心が、あたくしから離れてしまうばかりでしたのに……。狭量なあたくしは、アンジェル様に酷い嫌がらせをして、自ら身を引かせようとした。

ゆえに、ほとほと愛想つかされても、仕方がないくらい。それなのに、あたくし、…………」


 うんうん。まあ、それはそうだね。

 いくら嫉妬に狂っても、流石に、ヒロイン暗殺未遂と魔王復活はやりすぎだわ。

 一連の流れで完全に人死にも出てるし。


 お前ら、やっぱ、どっちもどっちだわ。

(ってか、うち一人は、ヒーロー(おれ)か!? うっわ。まじウザ! 我ながら引くわー)


 とにもかくにも、マリエッタがあまりに(しお)らしいので、

 俺の隣で、クロードも「えっ」と動揺している。


 俺は知らん顔して、スッと、マリエッタの涙をまた指で拭ってやって、

 ぽんぽんと、母親が子供をあやすように、その頼りない背を優しく叩いてやる。


「ああ。分かっているよ、マリー。君は、本当は、たいそう気高く心正しき女性だった」


 色々思うところはあるけど、やっぱ、女の子泣かせたままは心苦しいからな。


「それを私が壊してしまったんだ。私が、君という婚約者がありながら、かの伝説の聖女、【星辰の乙女(アストロ・メイデン)】アンジェル=サヴァティエ嬢に惹かれてしまったから。

ゆえに、謝るのは、私の方だ。

君が道を踏み外す前に、私は、君の孤独に気がついて、その哀しき心に寄り添うべきだった。婚約者である君のことを第一に考えて、もっと大切にしなければいけなかったんだ」


「いいえ! 悪いのは、すべて、あたくしです」


 目も頬も真赤にして、マリエッタは悲痛に叫ぶ。


「アンジェル様だけではありませんっ……。きっと、妬み(そね)みに支配された、あたくしは、貴方様にも、随分きつく当たって、たくさん御心を害し、たいそう困らせてしまったのでしょうね。

それなのに、貴方様は、あたくしを極刑にはなさらなかった。

そればかりか、こうして、わざわざ、あたくしに会いにいらっしゃった。

そうして、今、心よりの謝罪と、最後のお別れをおっしゃって下さいました。

まことに、もったいなき限りでございます」


 嗚咽(おえつ)を漏らしながらも(まぶた)を伏せて、しんみり言う悪役令嬢が、なんか悟りを開いた修道女に見えてしまう。ちょっと、あまりにも素直すぎて気持ち悪い感じがしないでもなかったが、その表情や瞳、言葉に嘘はなかった。


「いったい【世界の果て】が如何なる場所か、思い巡らすこと、なんとも難しくございますが。この余生、かの地で己の過ちを省みて、ただただ慎ましく、世の安寧を祈ろうと思います」


 マリエッタはそう言ってくれたものの――。


 えっと、ごめん。ミセリア・フィンテラは、ガチで結構ヤバそうな土地だけど?

 ホントにこのコ、大丈夫かな??


 てか、なんで、元ゲーム(オリジナル)の断罪イベント、ギロチンか、僻地(へきち)島流し、しかなかったんだろう?


 でも、卒業舞踏会(プロム)中は、王太子(おれ)、最初っからシナリオ通りの言動しか出来なかったんだよなあ……。


 俺は、少し顔が引き()りそうになったが、どうにか、王太子スマイルを必死で維持する。


「そうか。君は、本当に奥ゆかしい女性だね。犯してしまった罪は消えないけれど、そうやって永遠に償う心持ちでいることは、とても大切だと思う。

そうして、これが、たとえ、私達の()()()()()となったとしても。

私は、また、()()で君と会いたいと思う」


 リシャール(おれ)は、長い睫毛(まつげ)の瞼を伏せて、とかくマサト(おれ)としては一世一代の、

 少女漫画的には、キラッキラッの、背景に薔薇(バラ)の花どっさり背負(しょ)ってるくらい、稀代の色男ぶって、ひたすら、マリエッタに慈愛のまなざしを注いだ。


「ら、来世でも……?」


 マリエッタは、ドキッとして、俺の顔を見て、ポーッと見蕩れていた。

 ――が、まもなく、


「ああ。その時こそ、私達は、()()()()になれるはずだ!」


 と、俺がキリッとして言うと、

 たちまちガッカリしたように固まった。


 これに、俺の隣にいたクロードも、「王子……!!」と呆れたように頭を抱えた。

 マリエッタは、小さくうつむいて、しゅんと暗い顔になる。


 え。あれあれっ? 何!? なんなのっ。俺、何か間違えました??


 いや、だってさ、リシャール(おれ)、もう、アンジェル(ヒロイン)と結婚が決まっちゃってるし。

 いくら、最後のお別れだからって、ここで元婚約者(マリエッタ)口説くみたいになったら、かえってヤバいじゃん。だってだって、うちの国、一夫一婦制だし。だから、泣く泣く、オトモダチにとどめるしかない訳で。


 そう思って、俺がオロオロしていると、それに気づいたマリエッタは、きょとんと目を丸くした。パニクる俺と目が合うなり、フフッと頬を赤らめながら苦笑する。


「はい……、はい。リシュ様……!!」


 朗らかな笑顔でマリエッタは言ったが、同時に、ぽろぽろと涙が零れていた。そうして、うっく、ひっく、と涙が止まらなくなって、うつむいて両手で鼻から下を隠し、肩を震わせる。


 うわわ。なんだコレ。めっちゃカワイイじゃん。


 俺は珍しくドキリとした。


「マ、マリー……」


 俺が手を伸ばそうとすると、目だけで見上げるように、ちらと俺を見て、スッと一歩、身を引いた。


 わざと、俺に触れさせないようにしたんだ。


「でしたら、もう、これが潮時ですね」


 たおやかに佇まいを正し、マリエッタは、ぼろぼろの囚人服で膝折礼(カーテシー)をする。


「オルデュラン公爵令嬢、マリエッタ=ラグランジュ。殿下のお言葉を胸に、最期の(とき)を生きて参ります。

この命、果てるまで。かの遥かなる大地から、最愛なる貴方様がお造りになる国を案じております」


 それは、まさしく、公爵令嬢としてお手本といえるぐらいの、最高の笑顔だった。


A() dieu(デュー), Ma() chère(シェリ) patrie(パトリー) !

(=さようなら、愛しき祖国よ!)」


 一瞬、後光が差したように、胸を張るマリエッタは美しく、俺は目を見開いた。


(ああ。やっぱり、()()()()()、マリーだ)


 瞬間、学園入学から卒業に至るまで、悪夢のようだった毎日から、このほど目が醒めたように、俺は清々しい心地になる。


(俺の婚約者で幼馴染みだった、あの――。

高慢ちきだけど、その実、心優しく逞しい、【月】の守護持ちの、

誇り高き、オルデュラン公爵令嬢、マリエッタ=ラグランジュ)


 俺は、キュンと胸が苦しくなった。


 マリエッタは、リシャール(おれ)の心が自分に無いのを改めて受け入れ、俺に恥をかかせないよう、毅然と誇らしげに微笑んでくれたんだ。


 その魔女らしからぬ凛然とした姿に、クロードも、コロー子爵も、その他、周囲にいた兵士らも民も、唖然として、けれど、敬意を表するように拍手する。


 なんだか、すごく懐かしい。


 こういうマリーを見たの、王立ベレマニエ学院の初等科に通っていた頃以来かもしれない。

 このコ、本当はこんなに良い子なのに、死にも等しい流刑になっちまうんだ。

 そして、そんな残酷な裁きを下してしまったのは、この王太子(おれ)――。


 俺は、クッと下唇を噛んで、今にも手折れてしまいそうなくらい痩せこけたマリエッタを、静かに労わるように、ぎゅうっと抱き締めた。


「ありがとう。本当に、ありがとう! 私も、君のことを忘れない。

君のためにも、この先、私は善き王となって、この国土を守ると誓おう……!!」


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