第7話「王都からの便りと、捨てた過去」
季節が冬から春へと移り変わろうとしていた頃、王都から一通の手紙が届いた。
差出人は、エルロッド公爵家。かつての私の実家だ。
受け取ったのはグリーグ様だったが、彼は複雑そうな顔で私にそれを渡した。
「読みたくないなら、燃やしてもいい」
「……いいえ、読みます。ケジメですから」
私は封を切った。
中身は、予想通りというべきか、身勝手極まりない内容だった。
要約するとこうだ。
『王都では今、原因不明の流行り病が蔓延し、多くの貴族が苦しんでいる。お前が持っていた薬学の知識が必要だ。すぐに戻ってこい。婚約破棄については再考してやってもいい』
文面からは、私に対する謝罪の言葉など微塵も感じられない。ただ、自分たちが困っているから便利な道具として戻ってこい、という傲慢さが透けて見える。
さらに追伸には、義弟ミハイルと王太子の仲が険悪になっていること、ミハイルの散財癖により公爵家が傾きかけていることなどが、責任転嫁するように書かれていた。
私は読み終えると、ため息一つこぼさず、手紙を暖炉の火に放り込んだ。
チリチリと燃え上がる紙片を、冷めた目で見つめる。
「戻る気は、あるか?」
グリーグ様が、押し殺したような声で尋ねた。
その声には、隠しきれない不安が滲んでいた。もし私が「王都へ戻る」と言えば、彼は王命に背いてでも私を止めるだろうか。それとも、私の幸せを願って送り出すだろうか。
私は彼の方を向き、迷いのない笑顔を見せた。
「まさか。あんな場所、頼まれたって戻りませんよ」
「しかし、向こうは公爵家だ。王太子の名も出している。強引な手段に出るかもしれん」
「その時は、グリーグ様が守ってくださいますよね?」
私が小首をかしげると、彼は一瞬呆気にとられ、次の瞬間、力強く頷いた。
「ああ。……絶対に渡さない。誰が来ようと、俺が追い返す」
その瞳には、将軍としての威厳と、一人の男としての決意が燃えていた。
「お前は、俺の……いや、このノースガルドの宝だ」
彼は思わず口走りそうになった言葉を飲み込んだようだが、私には伝わっていた。
私は彼の胸に飛び込んだ。
「私はもう、ジュリアン・エルロッドではありません。ただのジュリアンです。ここが、私の居場所ですから」
グリーグ様の腕が、強く私を抱きしめる。
王都の連中がどうなろうと知ったことではない。彼らは自分たちの撒いた種を刈り取ればいいのだ。
私には、守るべき人々がいる。愛すべき人がいる。
この辺境の地で、私は本当の幸せを見つけたのだから。
しかし、運命はそう簡単には私を放っておいてくれないようだった。
数日後、王都からの使者が、強引に城門を叩くことになる。
その中には、あろうことか、あの元婚約者である王太子の姿もあったのだ――。




