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彼と私の想いちがい   作者: キャプ戸 理間
その一 悪魔達の絶望
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男と懺悔

 あそこに今、掃除屋いっとるんやろか。素朴に浮かび上がって来た疑問は妙な予感めいた気配を孕んで来る。さっき買って載せた大型のコウモリデブリの情報。トチ狂ったサイズの化け物。あんなもんに即座の対応できるような掃除屋グループには見当つかへんけども、誰かが相手をしているハズ。そんな気がする。気がするだけやけど。でも予感がある。こういう時に、こういうことをやってしまう奴。アレに単身挑むとなれば、とんでもない命知らず。別の呼び方を自殺志願者、自律神経失調、知的障害。どれにしてもそこまで珍しいことやない。こと掃除屋には。確実にいて、時たま暴れる。そういう半死人。

 長生きしたがる掃除屋は、半人前のうちに死ぬ。残る掃除屋はアホばかり。生きながら死に、死ぬことを生業に生きる。死と生の境目を跨いで昼寝をこく、悪運強かな愚か者。始末に負えん。

 調べを入れると、遠くからの映像からではあるけども、なにかがデブリとやり合ってるのが見えた。

 なにか、ぼんやりと口にして、うっすらじわじわと予感が形を帯び、ある知り合いの形になる。

 アイツかな、アイツやろなあ。

 何一つ喜ばしくは無いけども、あまりの愉快さに鼻息が漏れる。

 画面がだんだん彩度を帯びて、なにか、の像は鮮明になってゆく。

 醜い姿。醜い遠吠え。醜い戦い。

 塗り重ねた血が黒く輝くような、そんな異形。

「やりおったか…そうか…」

 飼い主ごと首輪を食い千切った、稀代の狂犬。

『名無し』と『助手』。忘れようともこびりつく、強烈な二人組。

 名前を失くしたふたりぐみ。

 壊れた人間、欠損そのもの。この上なくこの時代に馴染んだ、不完全たち。

 俺のお気に入り。

 この前、助手ちゃんに送りつけたものを思い出し、新しくあつらえた手元のトランクを撫ぜる。「attach」。真新しい刻印を指の腹に感じる。

「アレやっぱちょっと無責任やったかなぁ」

 仕込んだ発信機からの受信は無い。となればアレはおそらく初陣。

 渡したからにはあいつらは間違いなく使う。他の誰より有用に、器用に、自在に扱う。それは分かっとったけど、それでもこんな大物相手にもいきなり噛み付いていくとは。『名無し』はともかく、助手ちゃんにしては随分思い切りがいい。ひょっとして殺す気なんやろか。

 殺すきなんかもなあ。あの娘のことやから、きっと心中するんやろなあ。きっと心底嬉しそうに。根拠のないイメージがなんとも自然に腑に落ちた。そして彼女の望みが失敗に終わることを、俺はなんとなく予想を立てた。

 しばらくの間、黒い異形の痛快な戦いぶりに目を奪われる。肉がぶつかり血が弾ける。心が恐れと憧れに疼く。精神が赤子より幼く、野生へと退化してゆく。

 ええ勝負や。果たしてアイツは死ぬんやろか。

 今のこの世の中、友達付き合いなんて貴重やのに。死なへんかったら久々に顔を見に行こう。思えば助手ちゃん相手にメッセージだけのやり取りなんて水臭かったな。

 扉の向こうに、気配を感じる。不規則でか細い呼吸音。口から吐く息の音は、聞く者を不安にする。困窮の態度が直に流れ込んでくる。

「トオ、おるな。来い」

 あっさり正体を言い当てられた息遣いの主が、ぽつりと姿をあらわす。

 薄く一枚、布切れのような寝間着を羽織った少女が、一人ものも言わずに擦り寄ってくる。小さな手足。細く滑らかな身体。完璧と言っていい程の美しく幼い肉体は、ぴくぴくと戦慄いている。

 俺はトオを深く沈めるように抱きしめる。少女の柔らかい茶髪に顔を埋める。俺の若干汗ばんだ肌を拭き取るように、絹の肌が纏わりついてくる。小さくて、柔らかい。細く、脆く、鮮やかで、愛おしい。

「お前、勝手に自分でクスリ打ったやろ」

 小さく首が揺れる。縦向きか横向きか分からん。薬の減りで使ってるんは分かってるから関係ないけど。

 口を開けるよう促して、吐息を大きく吸い込む。

 途端に、慣れ親しんだケミカルな甘い香りがこっちの脳ミソにまで躍り込む。頰が赤くなり、少女は一層汗ばむ。その眼に浮かぶ大粒の雨粒から匂う、薬。中毒性のある媚薬。

「もうあれは打たんでもええて言うとったやろが」

 咎める口調ではあるものの、俺にその気は全く無い。

 トオはいつのまにか寝間着を脱いで、倒れこむように身体を押し付けてくる。

 俺のすることは叱りつける事でも、撫で転がしてあやしつける事でもない。一糸纏わぬ涙目の少女には、自分自信を差し出す。いつも通り。今まで通り。

 深まる夜は、幾重にもベールを重ねたような曖昧な輝きを帯びる。にわかに空間が湿り気を帯び、俺の性欲が強く深く蠢く。

 まあまあ大柄の俺が、華奢な幼女に覆いかぶさる様は、捕食のように見えることだろうと、いつもあたまをよぎる。

 意味を失った行為を、俺はなんとか醜く忌むべきものにしようと、いつも頭を巡らす。

 そして、目の前の肢体の前には無為であることを悟る。

 唇が艶めき、肌が密着する。

 ルーティンワーク。

 破壊以外の誠実さを俺はいつまでも持てへんままに、欲の種は撒き散らされる。箱庭から逃げ出せへんのは他ならぬこの俺。少女はいつか巣立っていく。俺はいつまでも俺自身の仕掛けた鎖をほどき続けていく。この娘もそろそろ薬を完全に絶てる頃合になってきた。送り出すあの一瞬だけ、意味があるならばその一瞬だけ。

 遠くに友人を思いながら、トオと一晩明かす。

 自由ならそれでいいわけでも無いと言うのは箱庭から友人を眺めて分かった事。あいつらには俺が羨むべき庭が無い。

『名無し』は一体何に変身するんやろか。

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