第1話 発見
この作品は、なるべく区切りの良いところで、1日に2~3話ずつ投降します。
本日は7:00、7:10、7:20に3話投稿。
明日からは7:00、12:00、(18:00)に投稿します。
「なんてこった」
ベクター(7歳)は思わぬ発見に戸惑っていた。
気づけば異世界転生していて、ここは中世ヨーロッパ風の世界。現在地は小さな田舎村で、両親は農民、農業も家事も手作業の世界で、機械と呼べるものは水車くらいだ。あまりにも文明水準が低く、人力に頼った世界である。
たった今、唐突に思い出した。転んで頭をぶつけた衝撃で。運んでいた桶はひっくり返って、全身ずぶ濡れの水浸しだ。
「どうしてこうなった……」
思い出すのは生まれる前、前世で日本人だった記憶である。炊飯器でご飯を炊いてIHヒーターで料理し、洗濯機で洗ったものを乾燥機で乾かし、自動車で通勤してパソコンで仕事する生活だった。
当たり前だと思っていたあれらが、実際にはとてもありがたいものだという事を、失った今になって初めて発見した。
「あらあら、大変。
早く帰って着替えないと、風邪を引いてしまうわね。
でも水は必要だから、もう1度川へ戻りましょう。さあベクちゃんも、これ持って」
母親に連れられて毎朝川へ出かけ、水が入った桶を持って自宅まで運ぶ。水道がないから必要なのだ。井戸があればもう少し近くで済んだだろうが、歩いて行ける距離に川があるのに、わざわざ井戸を掘ろうなんて考える村人はいなかった。掘るにしても手作業なのだから、さもありなん。
――なんたる絶望的な発見か。
純真無垢な本物の子供なら「母親といっしょに遊んでいる」程度の感覚だろうが、現代っ子の記憶をもつベクターには「重労働」そのもの。
誰かこれを「不便だ」と思っていないのか?
周りを見ると、恐ろしい事に、村人の誰にもそんな様子は見られない。みんな当たり前のような顔をして水桶を運んでいる。彼らは文明のありがたみを知らないからだと気づいて、ベクターはますます絶望を深めた。
「なんとかしなくては……こんな虐待レベルの児童労働、俺には耐えられん……」
文明の利器に囲まれて楽に過ごせる環境を知ってしまっている弊害。
周りのみんなは普通にやっているのだから、この世界の基準では「ベクターに根性が足りない」ということになる。だが一旦上げた生活水準を下げるのは非常に困難だ。多大な精神的苦痛を伴う。
1人静かに絶望するベクター。だが、そこでふと気づく。
――そういえば祖父は一人暮らしなのに、どうやって水くみをしているのだろうか?
それこそ歩いていける距離だ。さっそく祖父の家へ突撃して、尋ねてみる。
孫を歓迎し、ひとしきり可愛がったあとで、祖父はこともなげに教えてくれた。
「じいじを心配してくれたのか。ベク坊は優しいのう。
じゃがわしの事なら大丈夫じゃ。こうするんじゃよ」
祖父が呪文を唱えると、その指先からジョロジョロと水道のように水が出る。
魔法! これだ!
すぐさま教えてくれとせがんだ。
祖父は優しく受け入れ、さっそく水を出す魔法を教えてくれた。だが、どうもうまく使えない。
「むー……!」
水を出す魔法を使ってみても、祖父のように「水道のごとく」とは行かない。
少量しか出ず、まるで雨の日にバケツを外へ置いたような有り様だ。数時間も待てば桶にいっぱい溜まるだろうが、水くみに出かけたほうが早いのは明らか。そもそも数時間も魔法を維持するほど魔力がない。
「まあ、人によってこの属性が得意、この属性は苦手というものがあるでな。気にすることはない。
他の魔法も試してみようかの」
そう言って祖父はフォローしつつ他の魔法も教えてくれた。
火の魔法――結果、火花が出る程度。
風の魔法――結果、蝋燭の火も消せない微風。
土の魔法――結果、スプーン1杯にもならない少量の砂だけ。
光の魔法――結果、ホタル程度で周りを照らすにはまるで足りない。
闇の魔法――結果、眠らせるはずがあくびが出るだけ。
「全然できない……」
「まあ待て。まだ諦める時間じゃない。
小さくても効果が出るだけ大したものじゃ。わしだって最初からうまくは出来んかったからの。
さあ、それでは最後に無属性の魔法を試してみよう」
祖父がお手本に見せたのは、2人を包むように展開された半球状の結界だった。
使い方を教えられ、試してみると即座に同じものが出来た。
「精霊とかよく分からないけど、これはシャボン玉みたいで分かりやすくていいね」
「しゃぼん……だま……?」
洗剤が存在しない――油汚れは新鮮な雑草をタワシ代わりにして落とす。天然成分サポニンが洗剤と同じ効果を発揮する――のでシャボン玉も知らないが、祖父は首を傾げながらも、ベクターが魔法をうまく使えない理由を理解し始めていた。
魔法とは、あくまで「技術」だ。精霊に頼んで力を貸してもらう――犬や馬のトレーナーなどと同じように、精霊を制御する技術――それが魔法だ。
しかしベクターは精霊をうまくイメージできない。目に見えないのだから、きちんとイメージできるほうが少数派だが――ゆえに強力な魔法を使える人間は少ない――無属性の魔法だけは、精霊に頼らず術者自身の魔力で効果を発揮する。
「お……! 動く、動く……!」
「はぁ!? 嘘じゃろ!? 結界は動かないものじゃぞ!? 動いちゃったら結界ごと吹っ飛ばされて防御効果ないじゃないか!」
「え? ダメなの? これなら水くみに使えると思ったのに」
「ファッ!? ……た、確かに……? それに、結界で囲めば、魔法を維持する限り、転んだりしても水はこぼれない……いやいやいや、待て待て。そもそもなんで結界を動かせるんじゃ? 地面を基準に場所を指定して発動する魔法じゃぞ? おかしいじゃろ。動かせるとか、どうやって場所を指定しとるんじゃ?」
「え? 場所の指定なんて、指さして『ここ』ってやればいいじゃん」
「ファーッ!? わしの孫もしかして天才か!? なんでそれで術式が破綻せずに発動するんじゃ……理解できん……!」
頭を抱えて目を回し始めた祖父。
ベクターはこんな時だけ子供っぽく「放っておけばいいや」と家を出る。
向かった先は川。いつもの水くみ場所で、さっそく結界魔法を使ってみる。
球体の結界を水中で作り、そのまま結界を移動させれば、シャボン玉の中に水を入れたような形で水面から空中へと浮上する。
「……うん。いい……! これなら重さも感じないし、楽ちんだ」
あとは家まで運べるかどうか。
魔法を維持するというのは、それだけでけっこう難しい。自転車に乗るようなものだ。覚えたばかりでまだフラフラしているベクターには、もう少し練習が必要そうである。今すぐ実用に耐えられるかどうか実験がてら練習するのは悪くない。
「よし、行くか……!」
川に背を向け、歩き出そうとしたその瞬間だった。
ドボン!
何か、それなりの大きさのものが、水面に落ちた音がした。
「……?」
振り向くと、水中に猫ほどの大きさの何かが倒れていた。
よく見ると、それは――
「ドラゴンだ! かっこいい!」
だが拾ってみると傷だらけで、かなり出血している。
動物は人間よりタフだが、それでもちょっと危ないのではなかろうか。
「……爺ちゃんなら回復魔法を使えるかも!」
ベクターは小さなドラゴンを抱えて、祖父の家へ走った。
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