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第7話 聖血の真実 〜勇者は種付けされる生き物です〜

 ――所有権の移転。


 その言葉の意味を理解するのに私のゲーマー脳は数秒のラグを要した。


 王女ソフィア・フォン・エルディア――この国の第一王女であり私が魔王討伐の旅に出る際、涙ながらに「必ず生きて帰ってきてください」とハンカチを振ってくれた清楚可憐な姫君。


 彼女が今、私の目の前で、まるで魔王よりもタチの悪いラスボスの如き微笑みを浮かべている。


「⋯⋯ちょ、ちょっと待って下さい。聖胤(せいいん)の儀? 子作り? ⋯⋯ソフィア様。話が飛躍しすぎてて、私の処理能力が追いつかないのですが⋯⋯」


 私は引きつった笑顔を張り付けたまま後ずさろうとした。だが背後はベッドのヘッドボードで逃げ場など最初からどこにもない。


 ソフィア様はふわりとドレスの裾を翻し、ベッドサイドに腰を下ろした。その優雅な所作は、これから親友とお茶会でも始めるかのような気軽さだ。だが、その碧眼の奥にあるのは絶対に獲物を逃がさない捕食者の光だった。


「あら、ご存知ありませんでしたか? 勇者学の授業で習いませんでした?」


「いやいやいや! 習ってないです! 勇者は魔王を倒すもの、としか!」


「ふふっ、それは表向きの教義ですね。王家には代々伝わる『真実』があるのです」


 ソフィア様は私の手を取り愛おしそうに自身の頬に寄せた。その手つきは、かつて私がプレイしたどのギャルゲーのヒロインよりも情熱的で、そして恐ろしいほど執着的だった。


「勇者の魔力、すなわち『神核』は遺伝します。故に王家は代々、魔王討伐後の勇者を王家に迎え入れ、その血を絶やさないように管理してきました」


「そ、それは知ってます! 歴代の勇者が王女様と結婚して、子どもをもうけたって話ですよね? でも私は女ですよ!?」


 私は必死に反論した。そうだ、そこが最大の矛盾点だ。


 前世の知識でもこの世界の歴史でも勇者は男で王女と結ばれるのがセオリーだ。女同士でどうやって子供を作るというのか。生物学的バグが発生している。


 しかし、ソフィア様は小首を傾げ、さも「何を当たり前のことを」と言わんばかりにきょとんとした。


「ええ、男の勇者様なら王家の女性に種を植え付けられますね。ですが、女の勇者様が現れた場合はどうするか⋯⋯簡単なことでしょう?」


 ソフィア様は、にっこりと完璧な笑顔で爆弾を投下した。


「王家秘伝の古代魔法『聖胤の儀』を用いれば、女同士でも魔力のパスを通じて受胎が可能です。つまり――」


 彼女は私の耳元に唇を寄せ、甘く囁く。


「今代の勇者ミナ様は私の可愛いお嫁さん兼、王家の世継ぎを産むための『母体』になるんですよ」


(はぁぁぁぁぁぁぁ!?)


 私の脳内で特大のツッコミが炸裂した。

 なんだその独自設定!? 原作ゲームにそんな記述一切なかったぞ!?


 百合妊娠? いやいやタグ詐欺もいいとこだろ! なんで王女じゃなくて勇者が妊娠するんだよ!? 設定資料集の隅っこにも書いてなかったぞ!


 運営(神)出てこい! 重要事項の説明がなされないぞ! 世界観設定どうなってんだ、ふざけんな!!


「つ、つまり⋯⋯私は⋯⋯」


「ええ。貴女はこれから王城の奥深くにある『白百合の離宮』にて私と共に暮らすのです。来る日も来る日も甘いお菓子を食べて、ふかふかのベッドで眠り、そして夜になれば私と愛し合い⋯⋯可愛い赤ちゃんをそのお腹に宿す。それが貴女に与えられた新しい『クエスト』ですよ」


 クエスト名:【王女による種付け耐久生活(期限なし)】。

 難易度:インフェルノ。

 報酬:尊厳の喪失と母性の獲得。


 私は脳内に勝手に浮かんできた緊急クエストを破り捨てる。


(うわあああ! 断る! 絶対に断る! 私は魔王を倒した英雄だぞ!? なんで引退後の生活が「孕み姫」なんだよ! 普通は悠々自適なスローライフだろ!)


 私は顔面蒼白になりながら必死に首を横に振った。


「い、嫌だ! 私は帰る! 助けてって言ったのに! 私は騎士団に保護されるためにSOSを出したんであって、新たな監禁生活にエントリーしたわけじゃないんです!」


 私の叫びを聞いてソフィア様は喉の奥でクスクスと笑った。

 それは愚かな子どもの無知を慈しむような、残酷な響きを含んでいた。


「ふふ⋯⋯『助けて』ですか。ええ、ちゃんと届きましたよ、貴女の魔力が込められた念話は」


「だったら⋯⋯!」


「ですが不思議に思いませんでしたか? ルナほどの天才魔導師が構築した結界に、なぜあんな都合の良い『穴』が開いていたのか」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 嫌な汗が背中を伝う。

 昨晩、私が見つけた結界の穴――王都へ向けて一直線に伸びていた魔力の抜け道。


 私はそれをルナの「詰めが甘いミス」だと思い込み、鬼の首を取ったような気分で利用した。


「えっ、まさか⋯⋯あれは⋯⋯」


「ええ。私が自らルナの結界に細工して、わざと開けさせておいたのです」


 ソフィア様は私の髪を指で梳きながら、うっとりとした表情で言った。


「勇者様の状況はずっと把握しておりました。貴女が自らの生命力を削り必死の思いで助けを求める⋯⋯その極限状態の魔力波こそ、心身が十分に追い詰められ誰かに依存したがっているという『合図』。いわば『美味しく熟しました、早く食べてください』という可愛らしい招待状(SOS)だったのですよ」


 ――思考が、真っ白に染まった。


 招待状? 私の決死のSOSが?

 生命力(HP)を削って、激痛に耐えて、冷や汗を流して放ったあの一撃が?

 あれは救難信号なんかじゃなかった。

 自ら首にリボンを巻いて「どうぞ召し上がれ」と差し出したのと同義だったのだ。


(そ、そんな馬鹿な⋯⋯)


 全てはソフィア様の思い通りだったというのか⋯⋯私は昨晩、どんな顔をして念話を送っていただろうか。「ざまぁみろヤンデレ共!」と勝ち誇りながら自ら屠殺場への扉を蹴破っていたのだ。


 なんというピエロ。なんという道化。

 私の「ゲーマー知識」も「裏技」も、すべてはこのラスボスの掌の上で転がされていたに過ぎなかった。


「あぁ⋯⋯なんて愛おしい。自ら檻に入ってくる小鳥のような⋯⋯」


 ソフィア様の熱っぽい視線が恥辱に震える私を貫く――穴があったら入りたいがその穴すらも、この女が仕掛けた罠なのだ。もう、逃げ場は物理的にも精神的にも存在しない。


 私はガタガタと震えながら未だ床に額を擦り付けている三人の元パーティーメンバーを見た。

 彼女たちはソフィア様の絶対的なオーラに当てられ、身動き一つできずにいる。


 だがその表情は「恐怖」だけではなかった。どこか主人の威光にひれ伏す従者のような、安堵にも似た色が混じっていた。


「⋯⋯さて。エレナ、ルナ、ヴァネッサ」


 ソフィア様が跪く三人に声をかけた。

 氷のような冷徹さは消え、今は優秀な部下を労うような口調だ。


「は、はいっ! 王女殿下!」


「貴方たちの行った『独断』は、本来なら極刑に値します。勇者は国の財産ですからね」


 三人の肩がビクリと跳ねる。


「ですが、その『愛』の深さとミナ様をここまで素晴らしい()()に仕上げた手腕は認めましょう。⋯⋯これからは私の元でミナ様の『お世話係』として働きなさい」


「⋯⋯え?」


「特に『聖胤の儀』は、膨大な魔力を扱います。ミナ様の身体をリラックスさせ、魔力を受け入れやすくするために、貴方たちの手慣れた愛撫が必要なのです。⋯⋯協力してくれますね?」


 その提案に三人の顔がパァァァッと輝いた。

 まるで地獄の底から蜘蛛の糸を垂らされた罪人のように、彼女たちは涙を流して歓喜した。


「あ、ありがとうございます! 殿下!」


「ミナのお世話⋯⋯これからも、していいのですね⋯⋯!」


「光栄です! 私たちの全てを懸けて、ミナを最高の母体に仕上げてみせます!」


 三人はソフィア様に向かって深々と頭を下げた後、ギラギラとした瞳で再び私を見た。

 その眼差しは以前よりもさらに強烈だった。


 なぜなら今までは「背徳的な監禁犯」だったのが、これからは「王女公認の飼育員」という最強のお墨付きを得たからだ。


(ちょ、ちょっと待て! なんで敵が増強されてるんだよ!?)


 私の味方は? 騎士団は?


 ――もちろん後ろに控えている近衛騎士たちもソフィア様の配下だ。

 つまり、この部屋にいる全員が「私を孕ませ隊」のメンバーということになる。


 詰んだ。完全に詰んだ。


「では、手始めに⋯⋯」


 ソフィア様が再び私に向き直り手を掲げた。

 白く滑らかな手に王族特有の高純度の魔力がその指先に集束していくのが見える。


「少しだけ『感度』の確認をしましょうか。ルナたちの調教がどれほどのものか、私が直接確かめてあげます」


「ひっ、や、やめて⋯⋯こないで⋯⋯!」


 私はベッドの上で逃げようとしたがすぐにヴァネッサとエレナが左右から回り込み、私の腕を優しく、しかし絶対的な力で拘束した。


「ミナ様、暴れてはいけませんわ。殿下の御前ですよ」


「力を抜いてくれ。⋯⋯怖がらなくていい、気持ちいいだけだ」


 ルナも私の足を抑えながら太腿の内側を慣れた手つきで撫でる。


(裏切り者! さっきまで私のこと守るって言い張ってたじゃん! なんでラスボスの手先になってんの!?)


 ソフィア様が身動きの取れない私に覆いかぶさった。

 美しい銀髪がカーテンのように視界を遮り、私の世界を彼女一色に染め上げる。


「じっとしていてくださいね、私の可愛いミナ様」


 ソフィア様の顔が近づく。キスか? と思いきや彼女の唇は私の耳元へとスライドした。

 そして――

 

 フゥゥゥゥ⋯⋯ッ。

 彼女は魔力をたっぷりと含んだ吐息を私の敏感な耳の穴へと吹き込んだ。


「ひあぁっ!?♡」


 自分でも信じられないほど高い、情けない悲鳴が喉から飛び出した。

 ただ息を吹きかけられただけではない。


 王族の高貴な魔力が粘膜を通じて直接脳髄に流し込まれたのだ。

 それはまるで神経線に直接電流を流されたような、あるいは熱した蜜を血管に注入されたような、強烈すぎる快感の奔流だった。


 ビクン! ビクビクッ!!


 私の身体が意思とは無関係に大きく跳ね上がる。

 背骨が弓なりに反り、足の指先がギュッと丸まる。


(な、なにこれ!? 何されたの!?)


 ただの息だよね!?  なのになんでこんなに気持ちいい!?


「あらあら⋯⋯。ふふっ、すごい」


 私の激しい反応を見て、ソフィア様は恍惚とした表情を浮かべた。


「これはルナたちの報告以上ですね。魔力を少し流しただけで、こんなに可愛らしく震えて⋯⋯。からだが、魔力を受け入れる準備万端だと言っていますよ?」


 原因は明らかだった。

 昨日から続く三人のヤンデレによる過剰な愛撫とマッサージ、いやもっと前から丹念に仕込まれた快楽の種によって私の全身の神経は極限まで過敏になっていたのだ。


 そこに勇者にとって最も相性の良い「王家の魔力」が注がれた結果――私の体は見事に発芽し、通常時の数倍にも感度が跳ね上がっていた。


「あ、う⋯⋯っ、あが⋯⋯っ!」


 言葉にならない喘ぎが漏れる。

 頭の中がぐちゃぐちゃにかき回される。男としての理性? ゲーマーとしての矜持? そんなものは、この圧倒的な快楽の前では塵に等しかった。


「いい声ですわ、ミナ様。その調子なら⋯⋯すぐにでも赤ちゃんを授かれそうですね」


 ソフィア様の手が私の下腹部を愛おしそうに撫でる。

 その熱が服の上からでも子宮に届くような錯覚を覚える。


(む、むりだ。終わった⋯⋯)


 薄れゆく意識の中で私は絶望的な結論に達した。

 王家も、騎士団も、かつての仲間も。


 全員がグルだった。

 全員が私を「種付け」するために結託していた。


 誰か教えてくれ。


 この「詰みセーブデータ」は、どうやったら消去できるんだ⋯⋯?

 というか、なんで耳に息吹きかけられただけで腰抜けてんの私!?


 これじゃあ、本格的な儀式なんてされたら廃人になっちゃうじゃないか⋯⋯!


「さぁ、本番はこれからですよ。城に帰る前に少し予行演習をしておきましょうか」


「お手伝いします、ソフィア様!」


「ミナの足、もっと開かせる」


「ああ、なんて扇情的な姿だ⋯⋯」


 四人の美女が肉食獣のような瞳で私を囲む。

 私の意思は無視され、ただ愛され、種を植え付けられるだけの存在へと堕とされていく。

 勇者ミナの尊厳崩壊(曇り)は、ここからが本当の始まりだった。

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