第6話 救世主(ラスボス)降臨 〜所有権の移転〜
ズズズズズ⋯⋯ッ!
魔王城の分厚い石壁を震わせるような重低音が、室内までビリビリと響き渡っていた。
ベッドの上で私を庇うように展開されたエレナの防御魔法の光が緊張で明滅している。
ヴァネッサは大剣を構えて扉を睨みつけ、ルナは虚空のモニタを操作しながら迎撃術式の構築を急いでいた。
「来るぞ⋯⋯! 結界の外部から信じられない密度の魔力が集中している!」
「くっ⋯⋯どんな化け物が来ようと、ミナ様は渡しませんわ!」
「⋯⋯私たちとミナの愛の巣、壊すやつは許さない」
緊迫した空気の中、ついにその時が訪れた。
ドォォォォン! と扉が派手に蹴破られる――かと思いきや。
カチャリ――そんな、拍子抜けするほど軽快な音が鳴った。
ルナがこの部屋に施していた、魔王軍の幹部クラスが束になっても破れないはずの物理・魔法複合ロック。それが、まるでマスターキーを差し込まれたかのように極めて精緻かつ暴力的な魔力干渉によって一瞬で『解錠』されたのだ。
ギィィ⋯⋯と重厚なマホガニー製の扉が静かに開く。
そこに立っていたのは荒くれ者の傭兵でも魔王の残党でもなかった。
「あらあら。ずいぶんと物騒なお出迎えですね」
鈴を転がすような、それでいて底知れぬ威厳を孕んだ甘い声。
月明かりのような美しい銀髪を揺らし、完璧な微笑みを湛えた絶世の美女が整然と並ぶ重武装の近衛騎士団を背後に従えて、優雅な足取りで部屋へと足を踏み入れた。
エルディア王国――第一王女。ソフィア・フォン・エルディア。
その姿を見た瞬間、ヴァネッサたちの表情が驚愕に凍りついた。
「ソフィア⋯⋯王女、殿下⋯⋯!? なぜ、こんな辺境の魔王城に⋯⋯!」
「質問を許した覚えはありませんよ、騎士ヴァネッサ」
ソフィア様がふわりと微笑んだまま白魚のような指先でパチンと指を鳴らした。
ただそれだけ、呪文の詠唱も魔術陣の展開も一切なし。
その瞬間、ルナが誇る『対勇者用絶対隔離結界』が、まるで薄氷をハンマーで叩き割られたかのように、パァン! と甲高い音を立てて木端微塵に砕け散った。
「なっ⋯⋯!? 私の、多重空間結界が、指鳴らし一つで⋯⋯!?」
天才魔導師であるルナが信じられないものを見たというように目を見開く。
それと同時に三人の身体を不可視の重圧が襲った。
「ガッ⋯⋯!? 体が⋯⋯重い⋯⋯っ!」
「あぁっ⋯⋯!?」
「⋯⋯うそ⋯⋯」
バキバキと膝の関節を鳴らしながらヴァネッサ、エレナ、ルナの三人が、まるで巨人に頭を上から押さえつけられたかのように、床に這いつくばる形で強制的に平伏させられた。王族のみに伝わる古代魔法――対象の意思に関係なく肉体を屈服させる、絶対的な強制服従魔法だ。
(す、すっげぇぇぇぇぇ!! さすがソフィア様だ!!)
私はベッドの上で感動のあまり震え上がっていた。
(ルナのあのアホみたいに硬い結界をデコピン感覚で粉砕!? しかもあの化け物みたいなヤンデレ三人を、一瞥しただけで土下座させた!? これよ、これが見たかったのよ!)
私の起死回生のSOSは見事に届き、最強の援軍を連れてきてくれたのだ。
(ふはははは! 見たか変態ども! これが権力! これが格の違いってやつよ! ざまぁみろ、私を勝手におもちゃにしてくれた報いだ! お前らの負け! 私の完全勝利だぁぁぁ!!)
心の中の私がサンバのリズムに乗って踊り狂う。
圧倒的な強者の余裕を漂わせながらソフィア様がカツ、カツとヒールの音を響かせて、私の寝ているベッドへと歩み寄ってきた。
「可哀想に⋯⋯。心細かったでしょう。とても怖かったですね、ミナ様」
慈愛に満ちた碧眼が私の無惨な姿――四肢を封じられ、全裸に薄絹のネグリジェ一枚だけを羽織らされ、犬のように首輪をつけられた状態――を捉える。
ソフィア様の白く滑らかな手が私の首輪にそっと触れた。
カチャリと小気味良い音がして私を呪縛していた魔法の首輪が外れ落ちる。それと同時にルナの空間固定魔法も霧散し、私の手足に久しぶりの感覚が戻ってきた。
「あ⋯⋯あ、あ⋯⋯!」
声帯が震える。手足が動く。
自由だ。私はついに狂人たちの檻から解放されたのだ!
「うわぁぁぁん! ソフィア様ぁっ!」
私は起き上がるなりソフィア様の豊かな胸に思い切りダイブした。
「怖かった! 怖かったですぅ! こいつらが私を監禁して、変なこといっぱいしてきてぇ!」
演技半分、本気半分である。
ソフィア様のドレスに顔を擦り付けながら私は子どものように声を上げて泣きじゃくった。実際に昨日から今日にかけてのセクハラと尊厳破壊のフルコースは、私の前世の男としてのプライドを完膚なきまでにへし折っていたのだ。
「よしよし、もう大丈夫ですよ、ミナ様。私が来ましたからね」
ソフィア様は嫌な顔一つせず私を優しく抱きしめ返し、赤子をあやすように背中をトントンと叩いてくれた。その手つきは驚くほど優しく、ほのかに甘い香りが私の鼻腔をくすぐる。
(よっしゃあ! 完璧なムーブ! 悲劇のヒロインアピール大成功! もう曇らせとかどうでもいいから早くこいつらを連行して!)
私はソフィア様の胸に顔を埋めながら内心でゲスな笑いを浮かべていた。
(これで私は被害者として手厚く保護され、悠々自適な王宮ライフへ突入ってわけだ! 三度の飯とふかふかのベッド、ついでにチヤホヤされる特権付き! ざまぁみろヤンデレ共、冷たい地下牢の檻の中から、私の優雅な生活を指くわえて見てるんだな!)
私はソフィア様の腕の中から床に這いつくばっている三人に向けて、これ見よがしに「べーっ」と舌を出してやった。
悔しいか? 悲しいか? お前らの「愛の巣」とやらは権力と暴力の前にあっさりと崩れ去ったのだ。せいぜい地獄の底で反省するがいい。
ソフィア様は私を抱きしめたまま、冷徹な視線を床の三人へと投げ下ろした。
「⋯⋯まったくもう。勇者の管理を勝手に行うとは感心しませんよ」
氷のように冷たい声だった。
(そうだそうだ! もっと言ってやってくださいソフィア様! こいつら私の人権をなんだと思ってるんだって話ですよ! 私の同意もなしに勝手に脱がせて、あんなところやこんなところを執拗に洗ったり揉んだり――)
私が全力の援護射撃(脳内)をしていると、ソフィア様は小さくため息をつき、言葉を続けた。
「――報告もなしに『育成』を進めるなんて。ちゃんと『食べ頃』になったら私に献上しなさいと出発前に言っておいたでしょう?」
「⋯⋯へっ?」
私の思考がピタリと停止した。今、ソフィア様はなんと言った?
『育成』? 『食べ頃』? 『献上』?
いやいや、待ってくれ。会話の文脈がおかしい。私の聞き間違いだろうか。それとも王族特有の高度な比喩表現というやつか?
「⋯⋯も、申し訳ありません、ソフィア殿下」
強制服従魔法で床に額を擦り付けていたエレナが苦しげに、しかしどこか恍惚とした表情で口を開いた。
「殿下からの命とはいえ⋯⋯魔王討伐の旅の最中、あまりにミナ様が可愛らしく、美しく成長していくものですから。このまま私どもだけで独占して、愛で尽くしたくなり⋯⋯つい、魔が差してしまったのです」
「で、ですが、結果として『育成』は完璧です」
ルナが息も絶え絶えに、しかし誇らしげに報告する。
「殿下に献上するため、この数年間、夜営の度に薬学と魔法でミナの身体の『感度』を最高ランクに仕上げておきました。今では私たちが少し触れるだけで震えるほどに⋯⋯」
「栄養状態も毛並みも整えてあります! いつ殿下の御手つきがあっても、必ずや極上の悦びを提供できると、このヴァネッサが保証いたしましょう!」
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?)
私の脳の処理能力が完全に限界を超えた。
えっ? なに? どういうこと?
この三人は寝ている間にコソコソと私の身体を弄っていたのが確定したわけだが⋯⋯それが「独断」ではなく、最初から「ソフィア様の命令」だったとでも言うのか?
しかも私をソフィア様に「献上」するための「育成(調教)」だった?
「ふふっ。まぁ、結果が伴っているのなら多少の独断専行は不問にしましょうか」
ソフィア様は柔らかく微笑むと私を抱きしめていた手を離し、スッと私の顎に指を添えた。
そのまま私の顔を上へ向けさせる。
至近距離で合う完璧なまでの美貌――しかし、その碧眼に宿っているのは国民の希望たる勇者に向ける敬意などではなかった。
それは高級な果物の熟れ具合を確かめるような。
あるいは品評会に出された血統書付きの牝馬の肉付きを値踏みするような。
極めてねっとりとした熱を帯びた「品定め」の視線だった。
「あらあら。本当に素晴らしい仕上がりですね」
ソフィア様の視線が私の顔から成長途上ながらも形良く整えられた胸元、そして薄絹越しに透ける腰のラインへと滑り落ちていく――その視線が撫でるだけで、三人に散々開発された私の身体が条件反射のようにビクンッと震えてしまった。
「ひやっ⋯⋯」
「⋯⋯可愛い声。肌の艶も魔力の巡りも申し分ありません。なにより、この従順に開発された身体の反応⋯⋯。ええ、これなら間違いなく――『素晴らしい赤ちゃん』が産めそうです」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はい?」
あ、か、ちゃ、ん?
私が? 女同士で? っていうか、産む? この私が、腹を痛めて?
前世は男性だったこの私が!?
「そ、ソフィア様⋯⋯? あの、今、なんて⋯⋯?」
私は引きつった笑みを浮かべながら震える声で尋ねた。何かの冗談だと言ってほしかった。
しかしソフィア様は私に顔を近づけ、私の耳元で極上のハチミツのように甘く、そして決定的な絶望を囁いたのだ。
「ご苦労様でした、ミナ様。いえ⋯⋯歴代最高傑作の『孕み姫』。これより貴女の所有権は私、ソフィア・フォン・エルディアに移ります。さぁ、王宮へ帰りましょう。私との『聖胤の儀』という終わらない子作りの時間が待っていますよ」
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?)
私の絶叫(心の叫び)が魔王城の天井を突き抜けた。
助けに来てくれた正義の味方だと思っていた王女様は私を「女同士の繁殖用ペット」として身籠らせようとしている、最強最悪のラスボスだった。
ヤンデレ三人組による監禁生活など、これから始まる地獄に比べればただのチュートリアルに過ぎなかったのだ。




