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第5話 嵐の前の静けさ 〜勝者の余裕と勘違いの極み〜

 小鳥の囀りさえ届かない魔王城の奥深く。豪奢な天蓋付きベッドの上で私は全身を苛む激しい倦怠感とともに目を覚ました。


 頭の奥がガンガンと痛み、骨の髄から鉛を流し込まれたように身体が重い。無理もない。昨晩、私は自身の生命力(HP)を極限まで削り落とし、強制的に魔力(MP)へと変換するという離れ業をやってのけたのだ。


 その反動によるペナルティは強烈で、ただ息をしているだけでも臓腑が軋むような不快感があった。


 それでも私の心はこれまでにないほど澄み渡っていた。


(ふふん⋯⋯体が重い? 上等じゃないか。これは栄光なる勝利の代償だ!)


 私の放った起死回生のSOS念話は、間違いなくルナの結界をすり抜けて王都へと飛んでいった。今頃は頼れる王女ソフィア様が事態を重く受け止め、王家直属の精鋭騎士団に「勇者救出」の命令を下している頃だろう。


 早ければ今日中、遅くとも明日にはこのふざけた軟禁生活から解放される。


「⋯⋯ミナ様? ああっ、お顔の色が真っ青ですわ!」


 私の僅かな身動きに気づいたのか、すぐ隣で添い寝していたエレナが弾かれたように身を起こした。彼女は私の額に冷や汗が滲んでいるのを見るや否や、悲鳴のような声を上げた。


「ルナ! ヴァネッサ! 起きてください、ミナ様のご様子がおかしいですわ!」


「⋯⋯えっ。ミナ、バイタル低下⋯⋯脈拍も乱れてる⋯⋯っ」


「なんだと!? 昨日はあんなに艶やかな肌をしていたというのに⋯⋯!」


 寝間着姿のルナとヴァネッサが慌ててベッドに飛び乗ってくる。ルナは虚空に魔力光のモニタを展開して私の生体データを食い入るように見つめ、ヴァネッサは私の頭をそっと自分の豊満な胸に抱き寄せた。


「ごめんなさい、ミナ様⋯⋯っ。私たちが昨晩、張り切りすぎたせいですわ。ミナ様の愛らしいお姿に歯止めが効かなくなって、夜通し可愛がりすぎてしまったから⋯⋯!」


 エレナが私の頬を両手で包み込み、ボロボロと涙をこぼし始める。


「⋯⋯うん。私の反省点。ミナの体が敏感すぎるからって何度も限界まで感じさせちゃった。負担が大きかった⋯⋯ごめんね、ミナ」


「ああ、私の理性の無さを呪うぞ! 初日だからと手加減するつもりだったのに、お前の柔らかな肌が私の手に吸い付いてくるようだったから⋯⋯すまない、ミナ。痛むところはないか?」


 三人のヤンデレたちは私の体調不良の原因が「自分たちの過剰な愛撫のせい」だと完全に勘違いし、激しい自己嫌悪に陥りながら甲斐甲斐しくケアを始めた。


 エレナが治癒魔法の光を帯びた手で私の胸元を優しく撫で、ルナが濡れタオルを空間魔法で取り出して私の汗を丁寧に拭い、ヴァネッサが私の冷えた手足を温めるようにさすってくれる。


 普段なら『ふざけるな、触るな変態ども!』と全力で拒絶(内心で)するところだが今日の私は一味違った。


(ふはははは! 勘違いするがいい、愚かなヤンデレどもめ! この体調不良は、お前たちを地獄に突き落とすための対価だ!)


 ルナの《空間乖離》によって手足は相変わらず1ミリも動かせず、首輪のせいで声も出せないが私の心の中では盛大なパレードが鳴り響いていた。


(お前たちとの監禁生活もあと十数時間の命。せいぜい今のうちに優しくしておくがいい、性犯罪者どもめ! 騎士団が来たら真っ先にこの首輪をお前たちに付け替えてやるからな!)


 間近に迫る解放と逆転劇への期待から私は三人の過剰なスキンシップに対しても、驚くほど寛容な態度を取ることができた。


 触れられるたびに、女としての肉体がビクンビクンとあられもない反応を返してしまうのは相変わらずだが、それすらも「どうせこれが最後だし」という余裕のフィルターを通せば、耐えられないものではなかった。


「ああっ、ミナ様⋯⋯。熱を出して苦しいはずなのに、私たちが触れるとこんなに素直に感じてくださるなんて⋯⋯!」


「⋯⋯ミナ、可愛い。体が震えてる。私たちの熱、伝わってる⋯⋯」


「安心しろミナ、今日は一日中、お前のそばを離れないからな。私たちが全身全霊でお前を癒やしてやろう」


(嘘つけ、何もなくたって一日べったりだろ! まあいいや、せいぜい癒やしてもらおうか。最後にいい夢見させてやるよ!)


 私は愉悦部員特有のニチャアとした笑み――対外的には慈愛に満ちた――を浮かべ、されるがままにベッドの上で彼女たちの愛を受け入れたのだった。


 ☆


 昼食の時間になるとHP減少のペナルティも治癒魔法のおかげでいくらかマシになり、私は天蓋付きベッドから、ふかふかのソファへと移動させられていた。


 定位置は当然のようにヴァネッサの膝の上である。私を背後から抱き抱える彼女の太い腕が、私の腰をがっちりとホールドしている。


「さぁミナ様、本日のメニューは私が腕によりをかけた特製の栄養満点スープですわ。お口を開けてくださいな」


 正面に座ったエレナが銀のスプーンに黄金色のスープを掬い、私の口元へと運んでくる。


(ん⋯⋯)


 私は抵抗することなく素直に口を少し開けた。

 コクリ、と温かいスープが喉を通る。魔王城の厨房に残っていた食材を使ったのか、それともエレナが持ち込んだのかは知らないが、相変わらず味は三ツ星レストラン顔負けの絶品だった。


「⋯⋯ミナ、えらい。上手に飲めてる」


 隣に座るルナが私の頭を撫でながら、もう一つのスプーンでポタージュを掬って私の口に差し出す。

 あーん、と無言のまま口を開ける。


 コクリ。


『ふふっ、美味しい美味しい。タダで美少女たちに給仕してもらえるなんて、王侯貴族も真っ青の贅沢だな! 味わえるうちに味わっておこうっと!』


 私が上機嫌でスープを飲み込んでいると、ふとした拍子に口の端から一滴のスープがこぼれ落ちた。


「あっ⋯⋯いけませんわ、ミナ様。お口の周りが汚れてしまいました」


 エレナが身を乗り出しハンカチを取り出すかと思いきや、そのまま私の口元に顔を近づけた。

 ちゅっ、と温かく湿った舌先が私の唇の端を舐め取った。


「⋯⋯んんっ。美味しいですわ♡」


 妖艶に微笑むエレナ。いつもなら(ひぃっ!?)と身をよじって全力で嫌悪感を示すところだが、私は余裕の笑みを崩さなかった。


(あーはいはい、百合百合しいですねー。そういうのもうお腹いっぱいです。どうせ後で騎士団にしょっ引かれるんだから、せいぜい今のうちに思い出作りでもしておきなさい)


 私が無抵抗のまま、むしろ「ふふん」と得意げな微笑みを浮かべているのを見て、三人の動きがピタリと止まった。


「⋯⋯ああっ!」


 突如、エレナが感極まったような声を上げ、両手で顔を覆った。


「見ましたか、ヴァネッサ、ルナ! ミナ様が⋯⋯ミナ様が私の口付けを嫌がりませんでしたわ! むしろ、あんなに優しく微笑んでくださって⋯⋯!」


「⋯⋯うん。見た。ミナ、抵抗しなかった。⋯⋯ついに、ミナが私たちを受け入れてくれた」


 ルナの瞳に見たこともないほど熱い光が宿る。


「おお⋯⋯そうか! 私たちの愛が、ついにこの気高い勇者の心に届いたんだな! ミナ、お前は本当に⋯⋯本当に愛おしい奴だ!!」


 ヴァネッサが背後から私をギュウウウッと力強く抱きしめ、首筋に何度もキスを落としてくる。


(えっ? いや、ちょっと待て。なんでお前らそんなに感動してんの?)


 私のささやかな余裕の態度はヤンデレ三人組の狂った思考回路によって

「ついに心を開いてくれた」「愛を受け入れてくれた」という特大の勘違いへと変換されていた。


「ミナ様⋯⋯私、嬉しゅうございます! ミナ様のこの素晴らしいお身体、私たちが責任を持って極上の状態に仕上げて差し上げますわ!」


「⋯⋯食後のフルコースマッサージ。開始する」


「ああ、任せろ! ミナの隅々まで私たちの愛を叩き込んでやる!」


 三人の目の色が完全に変わった。それはもはや獲物を前にした肉食獣のそれだった。


(いやいやいや! 違うから! そういう意味じゃないから! ちょ、お前ら何しっ――)


 私の抗議の念波など届くはずもなく、昼食の器は空間魔法で瞬時に片付けられ、私は一瞬で再び広いベッドの上へと放り投げられていた。そして四肢を固定されたままうつ伏せの姿勢にされる。


 ヤンデレ三人がかりの、地獄の(あるいは天国の)フルコースマッサージが幕を開けた。


「まずは背中から⋯⋯ふふっ、ミナ様の肩甲骨、天使の羽のように美しいですわ」


 エレナの手が私の背骨に沿って滑らかに這い上がり、肩から首筋にかけての筋肉を絶妙な力加減で揉みほぐす。


「⋯⋯下半身は私。太腿の裏側からお尻にかけて⋯⋯リンパを流す」


 ルナの冷んやりとした手が私の太腿からヒップラインにかけて、少し強めの圧をかけながら撫で上げる。


「腰の負担は私が取ってやろう。勇者として鍛え上げた筋肉も、こうしてほぐしてやれば赤子のように柔らかくなるからな」


 ヴァネッサの分厚く温かい手が私の腰回りをがっしりと掴み、親指でツボを正確に押し込んでくる。


(あっ⋯⋯んぅっ⋯⋯! はぁっ⋯⋯!)


 声は出ないが甘ったるい吐息がシーツに吸い込まれていく。


(ちょ、マッサージ上手いな!? なにそのプロ並みの指圧! くそっ、悔しいけどめちゃくちゃ気持ちいい⋯⋯!)


 前世の記憶が「これ以上、喜ぶと危険だ!」と警鐘を鳴らすが、今の私の体はどこをどう見ても敏感な美少女だった。三人の魔力を帯びた指先が肌に触れるたび、ゾクゾクとした快感が脳髄を突き抜けていく。


(くっ⋯⋯ま、まぁいいわ! これは私を監禁したことに対する慰謝料の前払いと思って、存分に受け入れてやる! もっと肩の方頼むわ⋯⋯って、ひぃっ!?)


 不意にルナの指先が太腿の内側、極めて危険な領域を掠めた。


「⋯⋯ミナ、ここが一番凝ってる。ほら、ビクビクしてる」


(そこは凝ってるんじゃなくて感じてるんだよバカ! やめろ、変なところ揉むな!)


「あらあらミナ様ったら。前を向いたままでも、こんなに胸が張って⋯⋯ベッドに擦れて痛くありませんか? 私が下から支えて差し上げますわね」


 エレナが私の脇の下から手を差し入れ、シーツに押し付けられていた私の双丘を、手のひらで包み込むように下から揉み上げる。


(ひゃあっ!? ばっ、おま、エレナ! そこはダメぇっ!)


「腰が浮いているぞミナ。ほら、もっと力を抜いて私に身を委ねろ」


 ヴァネッサの手が腰からお尻へと移動し、容赦なく柔らかな肉を揉みしだく。


(あああああっ! 違う、これは違う! 慰謝料の範疇を超えてる! 私の理性が、男としての尊厳が溶けるぅぅぅっ!)


 私はベッドのシーツを顔で擦りながら必死に快感に耐え続けた。

 彼女たちの異常なまでの愛の重さと無駄に高すぎるマッサージ技術の前に、私の肉体は完全にメスとして調教されかけていた。


(耐えろ、私⋯⋯! これが終われば騎士団が来る! 助けが来るんだから⋯⋯っ!)


 私は涙目で、ひたすらに「その時」が来るのを待ち続けた。


 ☆


 そして、夕方――窓の外の景色が茜色に染まり、魔王城の冷たい石壁が夕陽を反射して赤く輝き始めた頃。


 ドゴゴゴゴゴ⋯⋯ッ!!


 突如として城の庭の方角から地鳴りのような音が響き渡った。

 多数の馬蹄の音、そして重厚な金属の鎧が擦れ合う、規則正しくも圧倒的な足音だ。

 私の全身を這い回っていた三人の手が、ピタリと止まった。


「⋯⋯!?」


 ルナが即座に虚空のモニタを展開し、目を見開く。


「⋯⋯結界に干渉反応。強烈な魔力。物理的な侵入者も多数。⋯⋯この城を包囲してる」


 その言葉に部屋の空気が一瞬にして凍りついた。

 先程までの甘くねっとりとしたピンク色の空気は消え失せ、冷たく鋭い殺気が場を支配する。


「敵襲か! 結界を無理やりこじ開けようとしているだと!?」


 ヴァネッサがベッドから飛び降り、壁に立てかけてあった大剣を掴み取った。その顔は愛しい者を脅かす敵に対する、獰猛な狂戦士のそれに変わっていた。


「誰だ、私たちの城に踏み込む命知らずは! ミナの安らぎを邪魔する奴は、私が全て叩き斬ってやる!」


「ミナ様は私が守ります! 誰にも、ミナ様の指一本触れさせませんわ!」


 エレナがベッドの上の私を庇うように覆い被さり、強力な防御魔法の光を全身から放つ。

 三人は完全に戦闘態勢に入っていた。未知の脅威に対し、愛する「所有物」を守るための絶対的な壁として立ちはだかる。


 その状況下で――ベッドの上で身動き一つ取れない私だけは、内心で狂喜乱舞していた。


(来た来た来たァーーーーッ!!)


 私は心の中で特大のガッツポーズを決めた。


(SOSが届いたんだ! 王女ソフィア様が最強の騎士団を率いて私を助けに来てくれたんだ!)


 地鳴りのような足音は、私にとっては勝利の行軍に他ならなかった。


(遅いよ! 待ちくたびれた! さぁ、早くその重厚なドアを蹴破って、私を助け出しなさい! そしてこの変態どもを全員縛り上げて、牢屋にぶち込んでやるのよーっ!!)


 私は目前に迫った完全なる大逆転劇を確信し、満面の笑みを浮かべた。

 ヤンデレたちの愛撫で火照りきった身体も、HP枯渇による倦怠感も、もはやどうでもよかった。私は自由を取り戻すのだ!

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